第26話 騎士の美学

 闘技場コロシアムでは遠雷のような歓声がしばらくの間、鳴り響いている。

 その頃、選手控室ではインビジブルナイツでは最後の出番であるテオが、アイテムポーチや武器の確認をしている。

 今回の3次予選ではテオは雨のむら雲という風の属性を帯びる日本刀を装備してきた。黒鉄で作られた鞘には青い帯の装飾が巻かれておりその刃の色は暗緑色の鋭利な刃。

 通称”草薙くさなぎの剣”と呼ばれている名刀と云われている。この刀を打った鍛冶は切り刻んだ対象の叫び声を残酷に聞く為に刀を打つという変わり者でその過程で”雨のむら雲”が誕生したと言われる。

 最後にミオンが装備している妖精のピアスを填めれば準備完了だ。


「凄い歓声ね」

「ミオンさん、今、填めている妖精のピアスを貸してください」

「あ、そうだったね。テオも使うんだった。よいしょ」


 右耳に填めていた妖精のピアスを外してテオに手渡した。試合前に装飾品アクセサリーを変えるのは時間ぎりぎりまで許されている。

 それにミオンも既に本選出場決定をしているので装飾品アクセサリーを外しても違反にはならない。

 妖精のピアスを手渡されたテオは、左耳にそれを填めた。男性の場合も、女性の場合も、ピアスを填める時は注意した方がいい。

 男性の場合は片耳の左側のみに填めると”勇気と誇りの象徴”だが、右耳は”ゲイ”の印である。女性の場合は片方の右耳に填めると”一人前の女性”の印だが、左耳だけに填めると”レズ”の印になるのだ。

 身支度が終わる頃に係員がテオを呼びにきた。


「テオ・ラドクリフ選手。闘技場入り口までお越しください」


 テオが呼ばれた頃にレンドールが戻ってきた。戦いをこなした後なので、少し銀髪が乱れている。だが、青い瞳は勝利の快感で活気に満ちていた。

 

「凄いわね。レム。今回の闘いはビックリしたわ。あたし」

「意外と楽勝だった?」

「そうでもないさ。あのクロスカウンターは結構、ひやひやものの剣技でね。油断すると自分もダメージを受けるから背水の陣で臨んだよ」

「”鏡花きょうかの構え”の発展型ですよね。あれって?」

「まあ、そんなものだな。呼ばれたのだろう?早くいかないと係員がしびれを切らすぞ」

「はい!行ってきます!」


 闘技場コロシアムに続く廊下で、テオは一度、深く息を吸い、そして吐いた。そして光の先に続く闘技場へ瞳を向け、ゆっくりとした歩調で向かっていった。

 騎士ナイトテオが入場すると、観客がざわめきだした。来た。今度は武闘家にも劣らない技のデパートの騎士ナイトだ。

 テオは乾いた砂の風を感じる。太陽が一番高い位置に昇った正午、レフェリーの鬨の声と共に試合が始まった。

 地竜ちりゅうアースドラゴンが檻から放たれた。同時に試合が始まった。


「試合開始!」


 同時にテオが大地を蹴り、一気に間合いを詰めた。そして稲妻のような速さで抜刀する。そしてまずは十八番技を出した。


雷鳴閃らいめいせん!」


 雷撃エネルギーを纏った袈裟切りを食らわすテオ。地竜アースドラゴンの角を狙って一気に切り裂いた。

 地竜アースドラゴンが首を上げて、隕石の雨を降らそうと、コメットの魔法を放った!


「隕石の雨か!」

「そうだったよ。旦那の試合では隕石は降らなかったけど、それは旦那が沈黙魔法を唱えたからなんだ。あの騎士はどうやって回避するんだ?」

「なら僕はこれで!セーフティガード!」


 テオが裂帛の気合いで、手のひらを上げて、気力であらゆる攻撃を遮断するバリアを張った。それは薄い皮膜のようなバリアだった。


「あれで隕石の雨を防ごうっていうのか?!」

「直撃するぞ!」


 一気に隕石の雨が降った。その場はしばらくの間、隕石の雨が怒濤に降り注ぐ。

 思わず観客は自分の腕や手で自分の目にほこりが入らないように守った。隕石の雨が轟音を立てて降り注ぐ。


「すげえ。これがコメットの威力かよ。まんま隕石だな」

「まさか、騎士ナイトの兄ちゃん、やられたんじゃないよな?!」


 騎士テオはその隕石の雨をまともに食らったが、セーフティガードのおかげで無傷だった。

 テオが少し笑みを浮かべた。その程度ですか?という感じの笑みだ。


「余裕って感じだな。騎士ナイトの兄ちゃん」


「それが奥の手ですか。底は見えた感じだな。一気にやらせてもらう!」


 テオが雨のむら雲の刃を地面に擦りつけて着火させた。着火させつつ一気に間合いを詰めた。そして鋭い斬撃と共に炎の洗礼を浴びせる。


回天炎舞かいてんえんぶ!」


 身体を一回転しながら炎の円舞をする。それはまるで剣のダンスだった。松明を持ちながら踊るファイアーダンスをする軽業師のように、テオが身体を独楽のように回転させながら何回も地竜アースドラゴンを切り刻んでいく。

 まるで供養の炎を奉納する舞のように見える。凄まじい炎の舞を叩き込まれ、アースドラゴンが一気に倒されてしまった。

 地竜アースドラゴンは紅蓮の炎に焼かれ、まだその身体は燃え盛っている。

 

「アースドラゴンの丸焼きかよ。毎回思うけど騎士の技のバリエーションは多いよな~」

「次は合成生物ドルムキマイラだな」


 係員は今だ燃え盛る地竜アースドラゴンを気にしつつ、次の対戦相手、合成生物ドルムキマイラを檻から放つ。

 合成生物ドルムキマイラがまた空中に避難して、二つの首から、炎と氷のブレスを一気に吐いた。猛吹雪と灼熱の劫火が襲い掛かる。

 テオが直撃する前に驚くべき跳躍でそれをかわした。まるで空中戦を挑むかのように高く跳躍する。

 観客は目を丸くして驚きの声を上げた。


「何だ、あれ~!?すげえ、ジャンプだ!」

「あの騎士ナイトの兄ちゃん、あんなに高く跳べるのか?!」

「ドルムキマイラの上まで跳んだ!どうするつもりだ?」


「上ががら空きだよ!脳天唐竹割り!」


 そのまま唐竹割りを繰り出した。ドルムキマイラが地面に叩きつけられた。地面があまりの衝撃でひび割れている。

 そのままテオが地面に降りると、ドルムキマイラの首を裂くために逆風斬りを繰り出す。


烈風撃れっぷうげき!」


 合成生物ドルムキマイラのドラゴンの首を刎ねられた。ドス青い血がほとばしる。

 流れるようにテオの華麗な剣技が続く。


「とどめだ!烈風斬れっぷうざん!」


 烈風斬は風の刃である雨のむら雲で出せる技で、刀の風の刃をカマイタチのように飛ばす剣技系では飛び道具的な技だ。烈風斬を受けて合成生物ドルムキマイラはものの見事にバラバラに切り刻まれた。


「うわ~。あのドルムキマイラが手も足も出さないで、騎士ナイトの兄ちゃんにやられたよ」

「なんだかんだで地獄の番犬ケルベロス戦だぞ!」

「いったれ!にいちゃーん!」

「やっちまえ!兄ちゃん!」

「ぶっ殺せ~!」


 地獄の番犬ケルベロス戦を前に観客たちのボルテージが上がり出す。

 テオもようやく盛り上がって来たなと思った。

 

「盛り上がってきましたね。そう、これだよ!これを待っていた!」


 係員が地獄の番犬ケルベロスを檻から解き放った。地獄の番犬ケルベロスがうなるように牙を剥きだしにして前脚で地面をひっかいた。

 テオは技の出し惜しみは避けたいので、日本刀を装備している状態でなないと使用できない技をここで出した。

 雨のむら雲の風の刃とテオの刀のみに仕込まれた発火能力を組み合わせた秘剣である。


「とっておきを見せてやる。雨のむら雲の全発火能力を解放!」


 テオが左手に持った黒鉄の鞘で鍔元から切っ先までの発火能力を一気に解放した。摩擦熱で火花が散った後、紅蓮の猛火が雨のむら雲の刃を包み込んだ。

 観客たちは目を丸くして驚きの声をまた上げた。恐ろしい熱が観客席まで伝わる。

 試合を観戦していたレンドール、ミオン、アネットも、驚きの声を上げた。


「何なの!?あの炎の剣?!」

「テオ君の本気の技だね。バーミリオンセルって技だろう」

「バーミリオンセル?」

「遥か昔にいた邪竜のブレスを炎に燃やすことはできないかを理由に開発された技。あの紅蓮の猛火は風の属性も秘めている。雨のむら雲を装備しているテオ君ならではの必殺技だね」

「でも、雨のむら雲なら他の剣士も使うことが出来るのでしょ?あの技は何故、テオ君独自なの?」

「テオ君の刀には実は恐ろしく細かいのこぎりのような刃になっているんだ。そこに発火性の高い油を塗りこみ、摩擦熱で刃は燃えるように設計されている。その油は元々は炎を操る竜の血で作られているそうだな」

「炎を操る竜?レッドワイバーンとかの素材でも使っているのかな」

「恐らく採取が難しい火竜の体液を素材にしていると思うね」


 テオの雨のむら雲から紅蓮の猛火が嵐のように燃え盛る。風の力が火を煽っているので尚更燃え盛る。

 そのままテオが紅蓮の剣を構えたまま、一気に突撃して、一撃で仕留めに向かった。


「この一撃にすべてを賭ける!バーミリオンセル!」


 地獄の番犬ケルベロスも三つの首から猛吹雪のブレスを吐いた。だが、紅蓮の猛火がそれを溶かして中心の狼の首に刃が刺さった。

 その傷口に紅蓮の猛火が入りこむ。地獄の番犬ケルベロスが一気に紅蓮の炎に包まれた。苦しみ悶える地獄の番犬。紅蓮の猛火は地獄の番犬を燃やし尽くすまで消えない。

 悲痛な狼の鳴き声と共に炎は容赦なくすべてを燃やす。血も、肉も、内臓も、魂すらも。

 観客たちもその紅蓮の炎に魅せられたように地獄の番犬が燃え尽きるのを見惚れてしまった。

 そして、猛火が地獄へと還る頃には、地獄の番犬は跡形もなく燃え尽きていたのであった……。

 確認する死体がないので、レフェリーは高らかに宣言した。


「勝者!テオ・ラドクリフ選手!3次予選を突破!グランドマスターズ本選出場決定とする!」


 その瞬間…。さざ波のように観客の歓声が響いた。


「やったーっ!!本選出場決定!4番目はあの騎士の兄ちゃんだー!」

「すげえ試合だったな」

「やっぱり騎士の兄ちゃんの試合は安定しているな。オッズは4倍だ」

「テーオ!テーオ!」


 観客たちが皆でテオコールをしていた。

 テオは照れながら観客たちに手を振っている。その顔は地獄の番犬ケルベロスを一撃で倒したという確かな手ごたえを感じているのだろう。

 爽やかな笑顔が、そこにあった。

 インビジブルナイツの面々もお互いに頷いて、そして選手控室へと戻っていった。


「これで、俺達全員、グランドマスターズ本選出場決定となった訳だな。すっきりしたな!」

「何か楽勝って感じ~?」

「そうでもないんじゃない?」


 皆でとりあえずテオが戻ってくるのを待つ。テオが選手控室へと戻ってきた。額には汗が少し流れている。

 

「やりました!」

「テオ君の闘いも良かったわよ?」

「やったね。テオ」

「お見事、テオ君」


 これでインビジブルナイツはグランドマスターズ本選出場決定となった。彼らは運営に呼ばれる。そして3次予選を突破した景品として、賞金6000ギルダと、装飾品アクセサリーを貰った。

 手に入れた装飾品アクセサリーは、パワーリング、銀のチョーカー、ロゼッタの指輪、サンゴの指輪、の4種類であった。

 彼らは景品と賞金を獲得したので、後の試合を見物せずに、そのまま闘技場コロシアムを後にした。

 次の闘いは、グランドマスターズ本選の第1関門。ダブルスデビューとパーティーデビューが待っていた。試合開始は明後日から。

 彼らはまずは疲れを癒す為に美食街へと向かっていった。闘技場コロシアムからは歓声が絶え間なく響いていた。

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