第24話 自分の美学

 人気がいない場所へアネットを伴って連れていったレンドールは、一体、彼女が何で腹を立てているのか気になり、話を聞いてみることにした。


「どうしたんだ?アネット。君らしくもない」

「……悔しいのよ、自分が憎しみに駆られてあのモンスターを殺したのが……。納得できない勝ち方……我ながら情けないわ」

「君には美学があるものな。ただモンスターと戦って勝つだけじゃなくて、スマートに勝ちを収めないと気が済まないんだよな?」

「あの闘いは自分の美学に背いた闘いだったわ。後悔が後から湧いてね」

「なあ…アネット。なら、答えはもう出ているんじゃないかな?」

「次の闘いは徹底的に自分の美学に基づいて闘うことでしか、その後悔は晴らすことはできないよ」

「レム…」


 レンドールはアネットに振り向き、そして自信を持つように力強く囁いた。

 

「俺も俺の美学を貫いて、この”シングルデビュー”を飾る。俺に今、出来ることはそれだけだ」

「……。その闘い、観ていい?そうすれば私も自分を許せると思うの。いいかしら…?」

「ああ。さあ、戻ろう?ミオン君の闘いも始まる頃だぞ」

「ええ」


 その頃、闘技場コロシアムへ向かったミオンは、燦々と照りつける太陽の下、青空が見える闘技場コロシアムへと足を踏みこんで、乾いた砂の風を感じていた。

 地竜ちりゅうアースドラゴンが檻から放たれ、レフェリーの鬨の声と共に試合が始まった。


「試合開始!」


「はあーーっ!」


 ミオンが気合の雄たけびと共に、地竜アースドラゴンに突撃を敢行した!爪は風の刃のシルフィードに変えて、装飾品アクセサリーにはあの妖精のピアスを填めてきた。

 凄まじいダッシュ力で一気に間合いを詰めたミオンは、この間の試合で見せたあの変幻自在のジャブ、”飛燕”で早速攻撃を加えていく。

 シルフィードという爪は風属性を帯びる爪で、妖精のピアスの効果、風属性2倍ダメージをフルに活用出来る爪だ。飛燕のワンツーでも相当なダメージを与えることが出来る。

 アースドラゴンの頭を狙って、飛燕のワンツーを浴びせるミオン。

 だんだんとスピードが上がる彼女の熱気に、戦慄で冷めた興奮が戻ってきた。


「ぶちかませー!」

「やったれ!ミオン!ぶっ殺せー!」

「しばき倒してやれや~!」


 黄土色の地竜はここで、スターフォールを唱えた。吠えるように首を上げて魔力を解放する。

 まもなく大量の隕石が降ってきた。しかも地竜アースドラゴンはこのタイミングで連続して、スターフォールの上の魔法コメットも唱えた。

 隕石の雨が連続してミオンに襲い掛かる!


「マジ?!」

「ミオンさん!」


 その闘いを観戦していたテオが思わず彼女の名前を呼んだ。

 

「ええい!」


 ミオンは驚くべき身体能力でその隕石の雨を軽業師のように回避する。バク転したり、ムーンサルトしたり、観る者を魅了させてしまうような華麗な回避で隕石の雨を避けた。

 その身体能力に観客たちは度肝を抜くばかりだ。


「何て武闘家だ。あの隕石の雨を全部回避するなんて!」

「並の武闘家じゃねー」


 隕石の雨を回避した後、ミオンが間髪入れずに猛然とラッシュを開始した!

 繰り出す拳をマシンガンジャブに切り替え、さっきのお返しとばかりに拳の連打を浴びせた!

 地竜アースドラゴンが一気に血まみれになる。ミオンが試合を押し切ろうと、連続技を浴びせた。


「サマーソルト!」


 アースドラゴンの頭にサマーソルトキックを叩き込む。ふらついた所で


「スマッシュアッパー!」

「出たー!武闘家ミオンの必殺アッパー!」

「とどめだ!」


 ミオンが左の拳に闘気を集めて、最強の技を叩き込む。


「ファイナルヘブン!」


 真っ白な閃光が地竜アースドラゴンに注がれる。同時に血まみれになるアースドラゴンの命も無情に刈り取られた。


 すぐさま2回戦に突入する。

 合成生物ドルムキマイラが檻から放たれた。同時に炎のブレスで彼女に不意打ちをする。


「不意打ちなんて、上等じゃないの!」


 合成生物ドルムキマイラが上空で待機したまま降りてこない。そのまま冷気のブレス、雷のブレスなどで一方的な試合に持ちこむ。

 絶対的に間合いが足りない武闘家は、だんだん怒りが湧いてきた。

 卑怯な合成生物め。なら、無理矢理、こちらの間合いに来てもらうわ!

 ミオンが深く腰を入れると、驚異的な跳躍で、上空に待機する合成生物ドルムキマイラに襲い掛かる。

 ドルムキマイラの更に上に跳躍したミオンは蹴りで、無理矢理地面に叩き落とす。

 落下と同時にミオンは左の拳にありったけの闘気を集め、いきなり必殺技を叩き込む。


「ファイナルヘブン!」


 白い閃光がまた闘技場コロシアムを照らす。ファイナルヘブンを食らった合成生物ドルムキマイラはしばらくの間、動けないでいた。甚大なダメージで身体を動かせないのだ。

 するとミオンが今度は鞭のように撓るパンチを浴びせ始める。構えはヒットマンスタイルと呼ばれる左側のガードを下げた構えだ。

 

「あれは、フリッカージャブ!」

「フリッカー?」

「あのジャブはまるで鞭のようによく撓るジャブで、外傷を追わせるに最適なパンチなんだ」

「あの武闘家は肩が柔らかいんだ。だからフリッカーも、飛燕も、パワーのいるスマッシュも撃てるんだな」


 合成生物ドルムキマイラがみるみるうちに深い外傷を負っていく。シルフィードはナイフが仕込まれた爪。フリッカージャブはまさにシルフィードを活用するのに最適なパンチだった。

 ドルムキマイラが青い血液を出して血にまみれ始めた。

 だが、ミオンはやめない。あそこまで弄ばれて我慢できるものか。残酷に、地獄を味合わせないと気が済まないわよ。

 ミオンの褐色の瞳には明らかな殺気が宿っていた。

 観客たちが青ざめ始める。あれほどのパンチを人間が浴びれば、即座に廃人だ。その恐怖はずっと刷り込まれて永遠に苦しみのたうち回る。

 ドルムキマイラからドバドバと青い血がほとばしるように出血している。そして、最後は風の刃のフリッカージャブで身体ごと引き裂かれたドルムキマイラだった。


「残るは地獄の番犬ケルベロスね」


 地獄の番犬ケルベロスが檻から放たれた。

 血に飢えた狼の牙が剥けられる。しかし、その前にミオンの先制攻撃が来た。

 先程から見せる驚異的なダッシュで間合いを詰めて、マシンガンジャブを撃ちこんだ。

 今日のミオンは殺気がやばい。パンチの風切り音がいつも以上に鋭い。まるで血に飢えた狼とはミオンのことを表しているように聞こえる。

 地獄の番犬ケルベロスも黙っていない。軽やかに身体を動かし、マシンガンジャブを回避する。

 一度、地獄の番犬が間合いを取ると、三つの口から冷気のブレスを吐いた。

 三つの首から吐かれる冷気ブレスは、冷気の魔法コキュートスにも匹敵する威力だ。喰らえばただでは済まない。

 またもう一撃、三つの首から冷気ブレスが吐かれた。

 

「ちいっ!」


 ミオンは瞬間でいなして、ダッシュで間合いを詰めると、一気に試合を決めに向かった。


「スマッシュアッパー!」

「よっしゃあ!かましたれー!」


 スマッシュアッパーが綺麗に決まった!三つの首の地獄の番犬の一つの首が折れた。

 ミオンが更に左側の拳でスマッシュアッパーを繰り出す。今度は地獄の番犬の右側の首がバキッと鈍く折れる音が聴こえた。

 観客たちが一斉に声を上げて、とどめの一撃を、食らわせた!


「とどめだ!ファイナルヘブン!」


 ミオンの右側の拳に全闘気が集中して、真っ白な閃光と共に中心の地獄の番犬の頭に叩き込まれた。

 地獄の番犬ケルベロスはそこで力なくバッタリと倒れて即死した。レフェリーが駆け寄り、地獄の番犬ケルベロスの身体を調べる。

 そして事切れているのを確認したレフェリーは高らかに宣言する。


「勝者!ミオン・アーヴィング選手!3次予選を突破!グランドマスターズ本選出場決定とする!」


 その場の観客席は湧きあがらんばかりの歓声が響いた。


「やったー!本選出場決定だ!2番手は武闘家の姉ちゃんだ!」

「やり~!武闘家に賭けて正解だぜ!オッズは6倍か!美味しい試合だぜ~!」


 観客席はミオンコールで埋め尽くされた。勇猛果敢な武闘家にファンがついたのか、この頃から、頻繁に彼女の名前を連呼する名物が生まれたという。

 ミオンは観客席に手を振り、大歓声の中、闘技場から去った。

 まだ観客席からはミオンコールがされている。


「ミオンさん!さっきの試合、しびれました!」

「どうだった?我ながら納得の試合ね!」

「本当に君はスゴイな。後から出番の俺達がプレッシャーだよ」

「ミオンさんの試合を見たら、すっきりしたわ。私」

「次は誰かな?」


 その内、係員がレンドールを呼びに来た。


「レンドール・ボーフォード選手!闘技場入り口までお越しください」


 次は、俺の出番か。レンドールは軽く前に下ろしていた銀髪を後ろに下ろして身支度をして闘技場へと足を向けた。


 自らの証と美学を貫く為に戦うのは、ミオンやアネットだけじゃない。自分もその一人なんだ。

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