第6話 初めての力試し
天空の大陸巡りを始めたインビジブルナイツはやがて飛空艇ラグナロクで無限の大空にその翼を広げた。見渡す限り続く青空。白い雲海。時々横切る定期飛空艇や貨物を積んだ大型飛空艇などが往来している光景がレンドールの目に映った。
飛空艇ラグナロクは後部からジェットエンジンのように燃料を燃やして、エンジンノズルから青白い炎を噴いている。そのスピードは現代社会で表現するなら小型飛行機と同じスピードで飛んでいる。
ナビシートのテオの手には妖精の地図がある。その地図は正確に彼らが現在飛んでいる地域を知らせてくれていた。おかげで方向音痴のレンドールも目的地へ向けて問題なく飛行出来ている。
飛空艇ラグナロクは飛んでいる間は全くといっていい程、騒音という騒音がない。ただ甲高い飛行機独特のキーンという音が聴こえるだけだった。飛空艇ラグナロクは今は巡航形態を取り翼を広げている状態だ。
窓ガラスで覆われた四人分のシートの場所からは見渡す限りの青空が広がっている。時折、飛空艇が横切ると、その客席に座る者達が物珍しそうに彼らを見た。
”あの飛空艇は何だ?”という感じで客席の窓から見る人間たちに彼らは手を振ってみせる。客席の人間たちもそれに喜び、向こうからも手を振ってくれた。
彼らはペルナス地方という天空の大陸の中央に位置する大陸に向かっている。実はこの世界、空の下には一切の大陸は存在しない。もしくは、空の下にも大地が広がっているとは考えていないのである。
それもそのはずだ。誰も、特に天空の大陸に生まれた時から住んでいる者には、無限の大空が自分達の大地であり、そこが全ての世界だった。知らないことを知るはずがないのが人間という存在だ。
そして、彼らもまた空の下にはさして興味も抱かない。そこには”何も存在しない”という考えが根底にあるから、興味も抱かないのである。
この世界には我々の世界のように、テレビがあるわけでもない。ラジオもあるわけではない。ましてやインターネットもあるわけではない。
なので空の下に誰かが住んでいても、それを知るすべもないのが、天空の大陸に住むものたちの現状だ。だが、それを不便に思っていないのも彼らだ。
彼らは代わりに”魔法”という技術を会得した。それは今の科学技術にも迫る勢いがあるものだといえるだろう。
やがて彼らの目の前に浮島の大陸が見えてくる。
「浮島の大陸が見えるぞ。現在地は?」
「妖精の地図ではこの辺りはペルナス地方ですね。目の前の大陸がペルナス地方でしょう」
「上陸する場所を探す。意外と早く到着したかな」
「まだ出発して一時間くらいしか経ってないものね」
「早く上陸しましょう!」
「はいはい。焦るな、焦るな。今、上陸する所を探しているから」
この工房の社長令嬢はちょっとせっかちなところがあるんだよな。考えるよりも先に真っ先に飛んでいくタイプの典型である。
まあその分、行動力はずば抜けているからムードメーカーとして必要な人物である。ちなみに腕力もパーティーでは一番あるのも彼女である。
ペルナス地方の街、ペルナスには食材が二つある。ペルナスという名前の茄子とペルナッパという名前のほうれん草の仲間みたいな野菜である。
ペルナス地方は特産品の野菜を育てて輸出することで栄える農業の国だ。また常に特産品の開発にも余念がない国で、野菜も無農薬野菜なので健康にも良いという評判だ。
浮遊大陸の端に飛空艇を停めた彼らはペルナスの街へと入った。
見渡す限りの鮮やかな緑色の草原。街中には羊が放し飼いされている。実に牧歌的なのどかな街だった。
「ここがペルナスの街。アストリアとは違ってのどかね~」
「それに空気も美味しいですよ」
「おや?この辺では見かけない人達だね。ペルナスにようこそ。こんなのどかな街にお客さんなんて珍しいね」
「こんにちは」
話しかけてきた住民の両手には何やら野菜が入った袋が握られている。袋の中を見ると葉野菜が見えた。
「もしかして、袋の中の野菜はペルナス地方の特産品が入っているのですか?」
「ああ、これ?そうだよ。この街の特産品のペルナスとペルナッパとぺルオニオンが入っているよ。もしかしてお客さんも特産品が目当てかい?」
「ええ。まあ」
「それじゃあ、この街の農場長の所に行ってみなよ。話次第で食材として分けてくれるかも知れないよ」
「そうするよ」
のどかな街の奥には農場が確かにあった。ペルナスとペルナッパ、その他にも玉ねぎやニンジンも育てているらしい。トマトの実もたわわに実っている。
「これは…さすが農業の国。これは期待してもいいかも知れませんね」
「農場長はどこにいるのかしら?」
「すいません」
「何でしょうか?」
「ここの農場長さん、知りませんか?」
アネットがすぐ近くで収穫作業をしている女性に訊いた。大きな麦わら帽子を被っている。服装は農業従事者らしくオーバーホールを着ている。
「農場長ならあのテントの辺りにいると思いますよ」
と、農場の奥にあるテントを指さした。彼らはその方向を見る。確かに何人かそこにいた。
「ありがとう。向かってみるよ」
すると…彼らが来るのを予期していたかのようなタイミングで一騒動が起きた。慌てて走ってくる住民が彼らの横を通り過ぎていった。かなり切迫した状況だろうか?目に見えて慌てている。
「た…大変だー!アクアンゲイブにとんでもない奴が住みついたぞー!」
「一体どうした?そんなに慌てて」
「農場長!大変なんです!アクアンゲイブに怪鳥が住みついてしまったんです!それもとんでもない騒音をまき散らして!」
「それで?」
「妙な鳴き声をしたら、いきなり大勢のモンスターを呼び出したんですよ!」
「例えば、どんなモンスターを呼んでいた?」
「熊でしょ、トロルでしょ、ゴブリンナイトに、ヘルハウンドまで!」
「おい。あそこは湧き水の洞窟だぞ。ヘルハウンドは炎の狼だろう?いる訳ない」
「知りませんよ!とにかく妙な鳥が変な鳴き声を発したらそいつらが湧いてきたんです」
「アクアンゲイブはこの街の水源だから放っておくわけにもいかない。誰かに討伐を頼むか」
傍からその話を耳にした彼ら。確かにこれは大変かもしれない。力試しを兼ねて名乗り出ようかと彼らはその話をする農場長に話しかける。
「あのー?」
「?」
「今の話、丁度、耳にして僕らが倒しにいきましょうか?」
「聞いていたのか?あんた達、この街の人じゃないね。もしかして、世間で話題になっている闘技大会に出る選手か、何かをしているのか?」
「アストリアのコロシアムで予選リーグにこれから出るんだ。その為の食材探しの最中で」
「なるほど。コロシアムにこれからデビューする新人か。それじゃあ、こんなのはどうだい?」
「?」
「今さっき話した、妙な鳴き声の鳥を討伐してくれたら、お礼にペルナスとペルナッパ、後、試作品のぺルオニオンを食材として提供してもいいよ」
「その話、乗ったわ!」
真っ先にミオンが返事した。そこにレンドールが突っ込んだ。
「おい。勝手に話を進めない。まだ敵が何者なのかわからないんだぞ。とりあえず現場に行って判断をするのが賢明だ」
「まあ、そうだろうな。お嬢ちゃん、勢いだけではどうにもならない時があるから落ち着いた方がいい」
「アクアンゲイブはこの街から出て東の方向にある洞窟ですよ」
「無理だと思ったらいったん退くのもありだぜ。死んだらコロシアムも何もないからね」
「行くだけ行ってみましょう?」
「相手を観察して無理そうならいったん退いて、やれそうなら討伐してくればいいんじゃないですか?」
「それが賢明だろうな」
彼らはペルナスの街から出て、すぐ東の洞窟アクアンゲイブに向かう。彼らにとっては初めての洞窟探索である。
洞窟に入ると、薄暗い空間が広がる。湧き水の洞窟というだけあって地下水がどこからともなく湧いている。水滴が落ちる音が響いている。
灰色の岩壁が特徴的な岩窟だった。中の静けさが不気味なほどに際立つ。奥から確かに妙な鳴き声が聞こえた。
すると…彼らの目の前に様々なモンスターが立ちはだかる。
「妙な鳴き声と共にモンスター共が湧いて出てきた。情報の通りだ」
「どうにかなる相手ね。突破する?レム?」
「行こう」
「そうこなくっちゃ!いくわよ!」
ミオンが先陣を切って突撃していく。しんがりにはレンドールが付いて、彼らはモンスターの群れを倒しにかかる。
彼らはアクアンゲイブの最深部を目指して進んだ。洞窟の奥へ進む程、強いモンスターが立ちはだかる。
まるで歌声のような妙な鳴き声が大きくなってきている。目的の魔物は近い。すると炎の狼たちが立ちふさがった。六匹はいる。
炎の狼たちはいっせいに火炎を吐いた!
「くっ!」
「やりますね」
「なら、これで!」
レンドールが氷の呪文を唱えた。炎の狼が苦手とする氷の呪文でうろたえる。そこにミオンが一気に突入して、手に装備したメタルナックルで次々と炎の狼の骨を折り、息の根を止める。
後ろを取られそうになるとテオがミオンの背中を守るように剣で切り伏せた。
そうしてアクアンゲイブ最深部にたどり着くと、歌声のような鳴き声の正体が、そこにいた。
鮮やか過ぎるオレンジ色と黄緑色の羽根を持つ極彩色の怪鳥、トランペットのような鳴き声という意味を持つトランペッコという名前の大きな鳥である。
だが、その鳴き声がなかなか強烈な大きさだった。思わず彼らは余りの騒音に耳を塞ぐ。
「なにこれ~!耳が壊れる~!」
「ここまでくるとただの騒音ですよ!」
「鬱陶しいわね…!」
「アネット!」
「なーに!?」
余りの騒音なので名前を呼び合うのも怒鳴り合いのようになってしまう。レンドールがそこでアネットに狙撃をするように怒鳴る。
「ここから奴のくちばしを狙撃できるか!?くちばしさえ壊せばあるいは何とかなるかも知れない!」
「やりたいけどね!耳が壊れそうなのよ!」
「とっておきのアイテムがある!使え!」
「耳栓!?どうやって作ったの!?」
「伊達に錬金術師みたいだと言われてないさ!手持ちのアイテムで作った!早く装着して狙撃しろ!」
「わかったわ!」
応急耳栓を装着したアネットは驚く。あれほど耳をつんざくような騒音が全く聴こえない。これなら集中して狙撃できる。右側の拳銃に弾を装填すると、極彩色の鳥のくちばしを狙い、一気に撃ち抜いた!
トランペッコが余りの痛みで悶える。その瞬間にくちばしを破壊された。
「騒音が止んだわ!」
「ミオンさん!」
「今のうちに倒す!」
そして、それぞれの必殺技を一気に叩き込んだ!
「ぶったぎりソバット!」ミオンの豪快な回し蹴りが炸裂する。ちなみに彼女の蹴りは大木をも叩き割るという。
「雷鳴閃!」テオの雷鳴のごとき袈裟斬りが極彩色の鳥の翼を切り裂く。
「
「はあっ…はあっ…な、何とか…倒したか…」
「さすが、アネットさん!やったね!」
「これのおかげよ」
アネットは両方の耳の中に入れた耳栓を外して、皆に見せた。簡易的とはいえしっかりとした作りにパーティーのメンバーは驚くと同時に、あるならあると言って欲しいみたいな文句を言う。
だが、レンドールはこう返した。
「仕方ないだろう?一人分しか作ることが出来なかったんだ。なら、アネットに渡して奴のくちばしを破壊した方が早いと思ったんだよ」
「そういうことね。倒せたんだからいいじゃないの」
「そう言われるとぐうの音も出ないわ、あたし」
当のレンドールは何か戦利品がないか辺りを調べている。その様子にテオは彼は照れているんだと思った。
「照れているんですか?レムさん」
「恥ずかしいじゃないか。まるで、俺がアネットだけ特別扱いしているみたいに見えて…」
「……今回はアネットさんのおかげですよ。あのトランペッコのくちばしを破壊できたのはあの状況ではアネットさんしかいなかったですし」
「だな……さあ、戦利品、戦利品!利用できるものは何でも使わないと」
戦利品漁りを始める彼にテオは優しい笑顔になる。
(後はレムさんの咄嗟の判断のおかげですね)
こうして、アクアンゲイブの怪鳥退治を終えた彼ら。
証拠としてその鳥の羽根を持ち帰り、農場長に見せると、彼は感心した。
「まさかあの化け物を退治する奴がいるなんて。あんた達、やるじゃないか!約束だ。ペルナスとペルナッパ、ぺルオニオンを食材として提供するよ。どこの酒場に送ればいい?」
「アストリアのディープスカイって酒場のコックに送ってください。そこが専属なんです」
「ディープスカイね。わかったよ。あんた達の活躍は噂としてきちんと流しておくよ。そうすればアストリアの商人がスポンサーとしてついてくれるはずだぜ」
「ありがとう、恩に来ます」
「頑張れよ!」
こうして、最初の食材探しは無事終わり、彼らは次の食材を求め、更なる天空の大陸巡りを開始した。
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