第5話 食材探し

 こうして無事、闘技大会にエントリーを果たした彼らは、一度、アストリアの酒場ディープスカイへと向かう。

 予選リーグは、約一週間後に開催されるという。それまでの間に何かするべきであると思った彼らは、他に相談する相手もいないので、リヴァスの下に向かったのであった。

 ディープスカイの扉が開けられた。扉の上に飾ってある呼び鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ!四名様ですか?」

「はい。すいません。リヴァスさん、いますか?」

「リヴァスに御用がおありですか?」

「ちょっと相談事があってきました」

「では、こちらのカウンター席にどうぞ」


 ディープスカイの店内は今はランチタイムなのか、賑わいを見せている。歓楽の都であるアストリアでは真昼間から酒を飲むことは珍しいことではない。

 今はどの酒場も客の書き入れ時だ。ディープスカイの他に競合する酒場は大きな酒場で三つある。

 肉系料理を得意とするビストロ・アストリア。魚介類料理を得意とする白波亭。野菜系料理を得意とする浮雲亭。

 この三つの酒場がディープスカイと並んで、アストリアを代表する大きな酒場だった。その他にも小さなレストランなら10軒はあるだろう。

 インビジブルナイツの皆はディープスカイのコックから専属で料理を作らせてほしいと約束をした。噂で聞いたところ、リヴァスというコックは料理の天才で新しい食材が手に入るとオリジナルの料理を簡単に生みだしてしまうらしい。

 元々はどこかのレストランで修行をしていたが、アストリアを気に入ったのか、ディープスカイという酒場兼レストランを開業したという。

 店内は朗らかな笑い声と他愛のない世間話に花を咲かせる一般客が大勢入っている。闘技大会の噂は遠くの地方にも流れる程影響を及ぼす。天空都市の楽園の名前は伊達ではない。

 彼らもランチを摂ることにした。本日のお品書きに目を通す。

 ディープスカイは肉料理も魚介類料理も野菜料理も美味なので、ここでランチを摂る人は多い。

 

「何を食べようかな~。やっぱりパスタ料理かな~。レムさんは?」

「煮込み料理、ないかな。あまりランチに重たいものは食べたくないんだ」

「ミオンさんは何にしますか?」

「ねえ?この天空パエリアって美味しそうじゃない?」

「魚介類のスープ付きですね。それにしようかな、僕は」

「定番だけどさ、ビーフシチューでいいや。ライスとスープをつけて。お前はどうする?」

「パスタペペロンチーノでいいわ。スープ付きで」

「後、あたしは苺とラズベリーのキッシュも」

「美味しそうね。私も頼もうかしら」


 何個か見繕った彼らはそれらの料理をウエイトレスを呼んで頼んだ。女性陣はデザート付き。男性陣はメインディッシュに主食にライスというスタイルだ。

 すると、忙しい合間を縫ってリヴァスが彼らの座るカウンター席に来た。カウンター越しに話しかける。


「おおっ!さっきの人達だね!どうだった?選手登録は無事に終了したかい?」

「ああ。ばっちりだよ」

「それでリヴァスさんに相談したいことがありまして」

「今の時間は忙しいから、ピークを過ぎる頃…そうだな、午後3時頃にゆっくり相談に乗ってやるよ」

「午後3時か。そう言えばまだ宿も取ってないあ。ランチを食べたら宿の手配もしないとね」

「泊まる所がないと不便だし」

「話は決まったようだね。それじゃあ」


 リヴァスは確認をすると、また厨房に戻って、自慢の腕を振るっていた。厨房の方角から美味な匂いが漂い、彼らの食欲を煽っている。

 約20分後に全員分の料理が運ばれてきた。それに舌鼓を打つ。


「美味しい!」

「コクが深くて野菜も肉もトロトロに柔らかい、旨いね」

「天空パエリアもいい感じですね」

「オリーブオイルがちょうどいい塩梅で全然脂っこく感じないわね。そのくせ、唐辛子の辛さとニンニクの焦がし具合も絶妙ね」


 小一時間程のランチを摂った彼らは、宿探しを始める。宿はすぐに取れた。アストリアは歓楽の都だけあって宿屋もかなりの数があるので心配無用である。

 そして午後3時頃。彼らはディープスカイへと向かう。中に入ると落ち着いた様子でコックのリヴァスがカウンター越しに迎えてくれた。


「いらっしゃい。待っていたよ」


 彼らはカウンター席に座る。ここまでくるともはや彼らの指定席みたいなものである。


「で、相談事って何だい?」

「予選リーグが1週間後に開催されるんだけど、その間に例の”食材”ってやつを手に入れようかって思って、リヴァスさんは”食材”で思い当たることありませんか?」

「食材探しか。この街では……ミスカ地方のニンニクとか、ペルナス地方のペルナスとペルナッパとかは噂で聞いたよ。後はイノシシの肉をさばいたものが出回っているらしいね。あんた達、飛空艇は持っているかい?」

「ええ。自前の飛空艇で来ました」

「何なら、飛空艇でこの天空の大陸巡りをして来たらどうだい?もしかしたら、色々な地方で闘技大会の噂が広まっているから食材も手に入るかも知れないぜ」

「いっそのことそうしない?」

「飛空艇ラグナロクの試運転にも使えそうですね」


 ミオンとテオは行く気満々の様子だ。アネットは何気なくレンドールに顔を向ける。当のレンドールは何やら渋い顔をしている。

 

「レム。どうしたの?渋い顔をして」

「天空の大陸巡りか…。大丈夫かな…ほら、俺、方向音痴だからさ」

「飛空艇ラグナロクの操縦桿を握っていたけど、そう言えば、方向音痴だったよね」

「我ながら恥ずかしいったら仕方ない。武具の製作なら得意なんだがね」

「じゃあ…一人で残る?ここに」

「何でそうなるんだ?……行くよ。……今度、時間あったら天空の大陸を読みこむナビゲーションシステムでも載せようかな……飛空艇ラグナロクに」

「本選が始まるとそんな時間ないと思いますよ」テオは思い切り突っ込む。

「合間に設計図でも作っておくか」レンドールはそのツッコミにボケるように間の抜けた感じで答えた。

「行ってくるんだな?」


 リヴァスの確認が来て、レンドールは重い腰を上げるような気分で、食材探しをするために天空の大陸巡りを渋々参加することに決めた。


「とりあえず、行くだけ行ってみようと思います。思いがけない収穫があるかもしれない」

「食材を手に入れることが出来たら俺の所へ持ってきてくれ。新しい料理を考えてやるよ」

「了解です。まずはペルナス地方に向かってみよう」

「どうせならこの地図を持っていくといい。妖精の地図という古いものだが、自分が現在どのあたりにいるかを正確に教えてくれる優れものらしい」

「ありがとうございます。ペルナス地方ってどこら辺ですか」

「この辺りじゃないかな」


 レンドールは妖精の地図を広げて、リヴァスに目的地の位置を確認している。ペルナス地方は天空の大陸の丁度中心にある大陸らしい。

 彼らのいるアストリア大陸は北東に位置している。アストリア大陸にはグリーンハイトという街もあることがわかった。

 彼らは駐機所に停めてある飛空艇ラグナロクに乗りこむ。操縦席にレンドールが座り、ナビシートにテオが座り妖精の地図を手にしている。

 後部座席にミオン、アネットが座り、そうして彼らの”食材探し”が始まった。


「テオ君。ナビは頼んだ。ここから見えるのは青い空だけだ。目印になりそうなものがありそうなら、なるべく、わかりやすく説明してくれ。今のところ、これの操縦が出来るのは俺とテオ君の二人だけだし」

「わかりました、レムさん」

「出発するぞ。後部座席の女性諸君」

「はい?」

「何よ?」

「はしゃぐのはわかるけど、もう少し、落ち着きましょう」

「言ったわね~!この方向音痴~!女たらし~!無駄にいい男~!年齢詐称~!」


 これでも彼女ミオンは工房の親方の娘、社長令嬢である。自分の気にしている欠点をズケズケ言われる感覚は、レンドールからすれば心にナイフが刺さる感覚だが、それなりの年上として我慢した。

 

(後で覚えていろよ。お前たちの度肝を抜かせてやるからな)


「出発する」


 こうして、今度こそ、彼らの食材探しの旅が始まった。

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