第4話 インビジブルナイツ

 アストリアの街の奥に、その闘技場は燦然と存在していた。この無限の天空の先に存在する確かな”栄光”が約束される地。闘技場「コロシアム」。

 既に100組近いパーティーがその栄誉ある闘技場への選手登録をしている。彼らの顔は野心に満ちていた。血気盛んとでも表現してもいいだろう。

 彼らも闘技場への受付を開始しようとする中、怒りの声が辺りに響く。


「何故だ!?俺達は前回のコロシアムでは準優勝の経歴があるんだぞ!なのに!また予選リーグから開始かよ!?」

「準優勝の経歴があろうとも全ての選手は、予選リーグから開始ですと説明しているでしょう!?」

「この『竜の首コロシアム』では毎年優勝しても、次の年からはまた予選リーグから開始がルールです。ルールを守れないならば選手登録はできません」

「野郎!」


 相当頭に血が昇っているのだろう。いきなり鋼の剣を鞘から引き抜いた戦士。場が騒然とした。


「おい、あれは相当、頭に血が昇っているぞ。やばいんじゃないか?」

「敵を殺す目ですよね。あれって」


 レム達パーティーも、その場に選手登録に来たので居合わせていた。彼らは固唾を飲み様子を窺う。すると止めに入るある戦士たちがいた。


「見苦しい振る舞いはやめたまえ」

「何だ、てめえは?」

「俺が何者かなんてどうでもいい。ここには他にも選手登録に来た誇り高い戦士たちがいる。彼らの邪魔をするのはいかがなものか。さっさと立ち去れ」

「偉そうな口を吐きやがって…!ぶっ殺してやる!」


 鋼の剣が容赦なく振り下ろされた!だが、甲高い金属の音が響き、聴覚に優れたレムの耳がキーンと耳鳴りをさせてしまった。

 思わず左耳を抑えるレム。顔も少し歪めてしまった。そんな彼にアネットが気を配る。


「…!うっ」

「大丈夫?レム?」

「…ああ。大丈夫。剣がぶつかり合って耳鳴りを起こしてしまっただけだ」


 鋼の剣を振り下ろした戦士は、そんな馬鹿なという表情を浮かべている。剣を受け止めた戦士の表情は変化はない。

 その剣士は瞬速の太刀捌きで、戦士の鎧だけを破壊して愕然とさせた。その剣の速さは並みの剣士ではないのは明白だった。


「ひええ~っ!」

「貴様のような奴に誇り高きコロシアムで戦う資格などない!失せろ!」


 準優勝の経歴と自分で触れ込んだ戦士は、尻に帆をかけてあっさりと逃げ出してしまったのであった。

 他の周囲の戦士たちは、厄介者を追い払った剣士に礼の言葉をかける。

 他の戦士たちも、横暴な戦士に嫌気がさしていたからだ。すぐに周囲に人が集まってきた。


「凄いですね。あなたの剣の冴えは」

「いや。そうでもないさ」

「ありがとうございます。あの戦士にはほとほと困り果てていました」

「それよりも早い所、私も選手登録を済ませないと」


 その剣士は実はレム達パーティーのすぐ前の順番の剣士だった。

 

「竜の首コロシアムにようこそ。どのクラスにご登録でしょうか?」

「シングルクラスにエントリーしたいのですが…」

「こちらに名前のご記入をお願いいたします」


 竜の首コロシアムではハゲワシの羽根ペンと永久に消えないと評判の黒龍の血で作られたインクを使い用紙に名前を記入する。

 古来よりハゲワシの羽根ペンは生命を賭ける象徴として、黒龍の血で作られたインクは、その聖なる戦から逃げることはできないという暗黙の了解を意味するものである。

 

「マーティ・ルーベル選手、登録を確認いたしました。御武運をお祈りいたします」


 剣士マーティ・ルーベルは後に並んだ彼らに会釈をして、登録会場から姿を消した。

 

「次の方、どうぞ」


 彼らの選手登録が始まった。


「竜の首コロシアムにようこそ。どのクラスにご登録でしょうか?」

「シングルクラス、ダブルス、それからパーティークラスにも」

「それでしたなら、こちらの書類にシングルクラスに参加する全ての選手の名前をご記入ください。ダブルスクラスには事前登録で誰と誰が組むかを名前のご記入を。パーティークラスには選手全員の名前とパーティーネームをご記入ください」

「ご記入が長くなりそうでしたら、あちらのテーブルでご記入をよろしくお願いいたします」

「あっちのテーブルで記入をしよう」


 テーブルを囲むパーティーはそれぞれに手渡された紙をシングルクラスに参加する面々に渡す。

 ダブルスに参加するためには事前に誰と組むかを書かないといけない。そしてパーティークラスではパーティーネームを付けること。

 

「とりあえず、まずはシングルクラスは個々の名前を書けばいいとして、ダブルスは誰と誰が組むかを決めないとならないのか」

「どうする?」

「パーティーの適正から判断すると、武闘家のミオンちゃんと騎士ナイトのテオ君は別行動した方がよさそうね」

「そうよね。幸い、ガンナーのアネットと魔法騎士マジックナイトのレムは癒しの魔法を使えるし」

「回復魔法の使い手と物理職の組み合わせなら間違いはないな。それで行こう」

「後はこのパーティーの名称を決めなきゃね」

「ファイターズだと安直過ぎるわね」

「なんか、そのままだな」

「ここには乙女がいるし…誇り高い一角獣の名前を取って、”ユニコーンナイツ”というのはどうでしょう?」

「ユニコーンナイツ?」

「一角獣の騎士たち…か。直訳して」

「他に何も浮かばないなあ…。でもどこかの国にそんな名前の騎士団なかったっけ?」

「うーん。いざ名前を付けるとなると大変ねえ」


 頭を悩ませるパーティーの面々。自分達のパーティーにそもそも名前というものはない。ただ何となくいつもこの四人でパーティーをいつも組んでいた。

 趣味の工房で意気投合したレンドールとテオにはそれぞれに女性のパートナーを連れていた。レンドールはアネットといつも一緒だったし、ハイスクールも同じだった。

 テオには武闘家のミオンがいたが、工房の社長令嬢だったのだが、彼女はそもそも活発な性格で、いわゆるお嬢様ではない。武闘家として街の工房を守る為にモンスター退治を積極的にこなしていた人物なのだ。

 彼らがいた工房は武具開発もしていた。時に魔法の力を宿した特別な武具を作る際に必要な魔力をレンドールは持っていたので、工房の親方は彼にいつもその作業をお願いしていたのだ。

 レンドールは実はそういう武器開発は得意とする技術者だった。

 親方から高い評価を貰う魔力と技術は本物。時に錬金術師めいたこともやってのける彼は、必要なアイテムを手持ちの素材で加工する技術を会得している。

 レンドールの相棒アネットが使う銃も、ただの拳銃ではない。

 アネットは二丁拳銃の使い手だが、左側の銃は魔法銃と呼ばれる拳銃だった。これはレンドールの造った試作品だ。魔晶石という魔力を宿した鉱石を弾丸にすることでこの拳銃は無限に弾が撃てるという仕組みだった。

 戦いが終わった後に魔晶石を取り換えることでメンテナンスをすることが出来る。

 趣味が高じて彼らは飛空艇まで作り出した。その試験運航をしている途中で、ものはついでに闘技大会に出ようとしてアストリアにやってきたのである。

 

「ねえ?私達って結構、目に見えない物を形にして作ってきているよね?」

「言われてみれば」

「じゃあさ…”インビジブルナイツ”ってどう?」

「不可視の騎士たち…か。それでいこうか。他にそういう名前を付けているのはあまりいないだろう」


 そうして、彼らは自分達のパーティーに、”インビジブルナイツ”と名付けた。

 後の話になるが、彼らは”不可視を見る者”や”闘技場の亡霊”などとあだ名がつけられるが、彼らはまだそれを知らない。


 記入すべき書類に、ハゲワシの羽根ペンで書き込み、そしてまた受付にそれを提出しに戻る、インビジブルナイツ。

 受付嬢はそれぞれの書類を確認すると、赤い判子を押して、柔らかく微笑を浮かべて手続きが終了したことを告げる。

 

「お疲れ様でした。必要な書類はこれで以上となります。皆さまがたの御武運をお祈りしております」

「予選リーグは一週間後となります。それまではご自由にお過ごしください」

「一週間後か。それまではどうしていようか?」

「ただ、ボケーとしているのもつまらないわね~」

「他の参加者とかはどうしているのが多いのですか?」


 アネットが受付嬢の二人に質問をしてみた。受付嬢は彼女らが知る範囲でどういう行動をしているかを話してくれた。

 青色のメイド服を着るジュリーはこう受け答えした。


「他の皆さんはたいてい武器の調達にいったり、防具を調えたりしていますね」


 赤色のメイド服を着るもう一人の受付嬢、キャシーはこう付け加えて答えてくれた。


「後、食材を探してくるというのも有効ですよ。この段階でも結構、皆さん、特に商人のかたは闘技大会に注目している場合が多いですし」

「食材探しか。どうせならそれをしよう。食べられる食材を調達すれば楽になるんじゃないか?」

「ですね。それじゃあ、いきましょうか?」


 インビジブルナイツの面々は闘技場の受付から去った。

 彼らが去った後、ジュリーとキャシーは彼らの噂をする。書類を整理しながら。


「何か、あの”インビジブルナイツ”って人達、いい線行ったりして」

「珍しいパーティー構成よね~。確かに」


 ジュリーが彼らが提出した書類を見つけて、それを読みながらキャシーと話す。


「魔法騎士、騎士、武闘家、ガンナーのパーティー…か」

「前衛職二人に後衛職二人のパーティーかあ…。確かにあんまりないかも」


 キャシーが書類を覗き込んで話す。両方の手はきちんと他の書類を束ねて整理している。

 

「どこまで行くかわからないけど見守るくらいはしてあげよっか」

「珍しいわね。あなたがそんなこと言うなんて」

「何だかあの人達、結構、上にいきそうな気がする。そんな気がするの」

「インビジブルナイツ…か」


 ジュリーはパーティークラスの参加誓約書を見て、そこにかかれたパーティー名の部分に目を向けて、呟いていた。

 綺麗な空色の瞳は、朗らかに建物から去る彼らを優しく見守っていたのであった。

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