41話 主観的ボトルネック【5】


 明日からは中学二年の冬休み。今日中に持って帰れるものは全部持って帰らないと。


 教材をかばんの中に詰めて、くつをき替えに一階まで足を運ぶ。


 あっ、家庭科部で使っていた裁縫道具も持って帰らないと。


 冬休みに集まることもないから、持って帰るなら今日しかない。


 下駄箱の近くまで来たけどきびすを返して、同じ一階にある家庭科室に向かった。


 家庭科室のドアを開けて恐る恐る中を確認してみても、誰もいないし電気も点いていない。


 足を踏み入れると、家庭科室に自分の足音だけがコツコツと響き渡る。


 家庭科室は今日一日使われていなかったのか、中はとても冷え込んでいる。


 裁縫道具も回収して今度こそ帰ろうとしたところで、聞いたことのある声が窓越しにごもって中に流れこむ。


 窓の外を見てみると、体育館まで続く渡り廊下を、友達と笑い合いながら歩く友莉姉の姿が目に入った。


 その中には、私がまだ全然話したことのないクラスメイトの女の子も混じっている。


 …この感覚だけは、何回繰り返しても慣れない。


 おかしな 本当におかしな感覚


 生まれた時から、ずっと同じ屋根の下で過ごしてきた双子の姉なのに。


 運動ができて、食べるのが好きで、負けず嫌いで、頼りがいがあって、誰よりも優しい友莉姉のはずなのに。



「知らない人みたい」



 口に出してみても、それに答えてくれる人も、頷いてくれる人も、私にはいなかった。


 どうしてかさっきよりも、手の先がジンジンと冷たく感じる。



 ◇◇◇



 家に帰ってからは、お弁当箱を洗って、掃除機をかけて、洗濯機を回して、お風呂を沸かした。


 皐月さん、今日はお仕事で帰りが遅くなるって言ってたよね。


 誰もいない閑散としたリビングで一人、黙々と洗濯物をたたんでは、衣類別に上に積み重ねる。


 冬だから6時を過ぎたら外はもう真っ暗、洗濯物の乾きも少し悪い。


 衣擦きぬずれの音に自分の呼吸音、その二つだけが延々とこだまするように耳につく。


 洗濯物もたたみ終わって、ぐっと立ち上がると同時に、家の鍵を開ける音が聴こえてきた。


「ただいまー」


 友莉姉は鞄とバドミントンのラケットを自室に置くと、ぐったりとした様子でリビングに立ち入る。


「友莉姉おかえり」


「うん、疲れだぁー今日もぉー」


 言いながら、友莉姉はどっとダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。


「そうだ聞いてよ彩芽。今日、部活で打ち合ってる最中にね。あたしがこう、ラケットをブンッて振ったらシャトルが消えちゃってさ。どこに消えたのかと思ったら、ガットの間に挟まってて。そしたらその拍子ひょうしにガット切れちゃってさー」


「そうなんだ。そんなことあるんだねバドミントンって」


「あたしも初めてで超びっくり。だから明日、スポーツ店まで買いに行かなくちゃだよ~」


 友莉姉はそう言って、ぐったりと机の上に体を伸ばす。


 少し落ち込んでる様子ではあるけど、私の目には友莉姉の顔はとても充実しているように映った。


「ねぇ彩芽。明日は部活ないし、一緒に駅近くのモールの中にあるスポーツ店いこうよ。んで彩芽の好きな裁縫とか料理のグッズも見て回らない…?…で、そのまま…お父さんのお見舞い、とかも…」


 友莉姉はさっきまで饒舌じょうぜつに話していたかと思うと、どこか沈んだ表情になり歯切れが悪くなる。


「ううん、私は大丈夫。友莉姉一人で行ってあげて」


「そっか…うん、わかった。んじゃあほら、晩ごはん一緒に食べようよ。皐月さんが今日、帰りが遅くなるからって作り置きしててくれたよね。えっと、ご飯も炊いてーっと…」


「…ごめん。友莉姉は先に食べてて、私まだお腹すいてなくて。あとご飯なら炊いといたから」


 そう言い残して、一人自室に戻ろうとしたところで。



「待ってよ彩芽っ…!」


 友莉姉の張り上げた声がリビングの中で短く反響したと思ったら、世界の音が一気に消失する。


「…彩芽も知ってると思うけど。あたし、小さいときから人の気持ちとか察するの苦手でさ」


 …なに それ


「無神経で、彩芽みたいに気が利かないし、器用でもない…。あたしいっつも、そんな彩芽がすごいなって思いながら過ごしてきたよ」


 あぁ


「だからっ…ううん、だからは変だね。やっぱり、いくら彩芽のことでも言ってくれなきゃわかんないよ」


 もうっ


「どうしてお父さんのお見舞いに来なくなっちゃったの…?お父さんと何かあったの?もしそうなら、あたしの方からなんとかお父さんに言ってみるから、それでっ!」



 ほんっとうにっ…!!



「…て、だ…」


「え…?」


「勝手だよ…!友莉姉は」


「彩…芽…?」


「私の気持ちとかお父さんと何があったとかそんなのどうだっていいでしょっ…?!どうして私なんかに踏み込もうとするの?!自分が無神経だって、気が利かないんだって本当に思ってるなら、これ以上関わろうとしないでっ!!私はっ、もうお父さんがっ」


「どうして…そんな悲しそうな顔するの…?」


「っ…!もうほっといてっ」


 呆然と立ち尽くす友莉姉を置き去りに、今度こそリビングを後にする。


 自室に入り、押し寄せる無力感に身を預けるようにして、ドアを背にもたれかかった。


 悲しそうな顔してたのは、友莉姉の方じゃん…


 お父さんのお見舞いに行かなくなった約一年もの間、友莉姉は私をお見舞いに誘うことはあっても、私の心内こころうちを知ろうとしたことなんて一度もなかった。


 …本当は気づいてる。


 友莉姉は、痺れを切らして私にそんなこと聞いたわけじゃない。


 気づいてる…気づいてるけど、気づきたくなんてないっ…!


 勝手なのは私の方だ。


 勝手にお見舞いに行くのをやめて、勝手に友莉姉に嫉妬して、勝手に怒鳴るようなことして


 勝手に…友莉姉の思いを踏みにじった。

 

 ほんとなんなんだろう 私って…


「世界中のみんなが、私のことを嫌いになればいいのに」


 今の、声にでてたかな

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心の内弁慶な俺と人助け部室 りょーすけ @kangaetyu

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