40話 主観的ボトルネック【4】


 はっきりとした白い日の光が、カーテンの隙間から部屋に差し込む。


 いつもと同じ時間に寝たはずなのに、まぶたが重たい。


 昨日はお父さんの病院の屋上で色々あって、少し疲れちゃったのかも。


 今日は日曜日だし、もう少し寝ていたいところだけど。


「おきよう…」


 ベッドに張り付いた体を引っぺがすように、ぐっと体を起こす。


 この眠気で二度寝したら、きっと起きるのが昼過ぎとかになっちゃって、夜に眠れなくなりそう。


 そのまま重い足を引きずるようにして廊下に出る。


 すると皐月さつきさんは慌ただしそうに廊下を行ったり来たりしていた。


「あっ、おはよう彩芽あやめちゃん」


「おはよう、皐月さん。今日は何か用事?」


友莉ゆりちゃんが部活の水筒忘れちゃったみたいで。今から学校まで届けに行くところなの」


 そういえば友莉姉、日曜日は午前練習だったっけ。


「よかったら、私が届けに行こうか?その様子だと今日は他にも用事あるんじゃない?」


「えぇ、そうなんだけど…じゃあ悪いんだけど、お願いしてもいい?彩芽ちゃん」


「うん」とうなずいて、皐月さんから水筒を受け取る。


 皐月さんはそのまま家を出て、私も身支度を終えるとすぐに学校へ向かった。


 練習開始時間からはそんなに経っていないはず。


 本格的に練習が始まるまでには、届けることができそう。


 そのまましばらく走り続けて、校門前まで到着。


 人一人分くらい開いている門を抜けて歩いていると、校舎のあちこちから色んな音が聴こえてきた。


 野球部のかけ声やボールを打つ音。校舎の中からは吹奏楽部がトランペットを吹いているのがわかる。


 自分も放課後は家庭科室にいるわけだから、これは初めての感覚じゃないけど、こんなに明るい太陽の下だとどこか新鮮に思える。


 体育館の入り口まで来ておそるおそる中をのぞき込むと、奥の方で友莉姉がバドミントン部の皆と休憩に入っているのが見えた。


 アップが終わってすぐっぽいし、このまま渡しに行きたいけど…


 今、体育館内はバドミントン部とバスケ部のハーフコートで練習している。


 手前側を陣取っているバスケ部を横切るのは…正直かなりハードル高い。


 バスケ部が休憩に入るまで待つのもいいけど、その時にはバドミントン部は練習に入るだろうし…


「えっと、何かご用ですか…?」


 入り口前であたふたしていると、後ろから女の人の声がかかる。


 この人…ラケットカバー背負ってるし、友莉姉と同じバドミントン部の部員のはず。


「あ、はい。実はバドミントン部の多花栗友莉たかりつゆりって人にこの水筒わたしたくて。あのすみません、よかったら…」


「あぁっ!もしかして、友莉先輩の妹さんですか?!」


 頼もうとしたところで、その女の子は目を輝かせながら、ぐいっと顔を近づけてきた。


「はい、そうですけど…」


 それにしてもキレイな銀色の髪、どこかの国のハーフとかなのかな。


「うんうん顔つきがまんまですもん!双子がいるとは聞いてたけど、まさかここまでとは…」


 一人納得するように、女の子は頭を縦に振っている。


「えっと、友莉姉が先輩ってどういうことなの?私たちまだ一年だし…」


「私まだ小学六年なんですど、平日はジュニアクラブに通っててですね。土日はここに混ざって中学の皆さんと練習させてもらってるんです」


「そうだったんだ。友莉姉はやっぱり上手だったりするの?」


「そりゃもーすごいですよー友莉先輩。中学に入ってから始めたばかりなのに、もう抜かれそうですし。バドミントンはもういいかなーとも思ってましたけど、あの人がいるならまだ続けられそうです」


「もういいかなーっていうのは、バドミントンやめようとしてたの…?」


 触れていい話題なのかとも迷ったけど、どこか違和感を覚えるような表情が気になり尋ねてみる。


「はい。スポーツよりもゲームしてる方が楽しいなーとか私、思ってたんですけど。友莉先輩、強いしなんか面白いからもう少し続けようかなと」


 なんというか、物好きそうな子だ…


 これ以上掘り下げるのも気が引けるし、本題に戻そう。


「そう…なんだ。えっと、さっきの続きなんだけど。この水筒、友莉姉に渡してもらってもいい?」


「えぇ、任せてください。でもいいんですか?まだ休憩時間ありますし、ご自身で渡すついでに何かおしゃべりとか。多分部員のみなさんも、お二人がお話してるとこ興味ありますし!」


「…ううん、ごめん。あくまで部外者だし、お願いしちゃだめかな」


「あぁいえ、私の方こそ、変なこと言っちゃってすみません。えっと、お名前だけ聞いてもいいですか。自分、鈴木恵理花すずきえりかって言います」


「私、多花栗彩芽。それじゃあお願い、エリカちゃん」


「はい!またお話ししましょうね。彩芽先輩」


 エリカちゃんは受け取った水筒を片手に、小走りでバドミントン部の皆の元へ向かっていく。


 どこかマイペースっぽいけど、まだ小学生なのにしっかりした子だ。


 友莉姉がこっちに気づく前に、早くここから離れないと。


 自分も小走りで校舎を出てからは、安心したようにゆっくりと歩き始める。



 友莉姉はすごい、本当に。


 まだ入学して半年しか経ってないのに、男女問わずみんなの人気者だし。


 バドミントンをやめる気でいたエリカちゃんの心を動かすくらいの影響力も持ってる。


 私だって、そんな友莉姉の背中をずっと追いかけてきた。


 …だからこそ、わかる。


 きっとバドミントン部の皆は、多花栗友莉と多花栗彩芽が話していることに興味があるんじゃない。


 人気者の友莉姉が、双子の妹と話している姿に興味があるだけ。


 なんで友莉姉は変わっちゃったんだろうって思ってた。


 でもそうじゃない。


 変わるのは当たり前のことで、いつまでも変わらない私が変わり者だ。


 私自身の変化といったら、昨日お父さんに話した友莉姉に対する今の気持ちくらい。



 ただ 友莉姉がうらやましい



 人気者だってことじゃなくて、友莉姉にしかないものがあるってことが。


 中学に入るまではずっと一緒だったのに、今の友莉姉には私にないものをたくさん持っている。


 きっとそれは、変わったからこそ手に入れたものなんだ。


 私だけがいつまでも変われない原因。


 それは多分、小学生までの日常を捨てきれずにいるから。


 お父さんと友莉姉の三人でずっと楽しく笑っていられたらって、そんな夢物語をずっと描いているから。


 きっと私は今も昔も、二人に甘えているんだ。


 どうすれば私も、変われるんだろう。


 あ、そうだ…


 しばらくの間、お父さんのいる病院に行くのをやめてみよう。


 そうすれば、私も友莉姉みたいに変われるかもしれないっ…


 げんじょういじ…?って言うんだっけ、こういうの。


 このままじゃだめだよね。


 それがいい、絶対に、うん。


 そう決めて走り出してみても、気持ちの悪さは増していくばかり。


 それもきっと今だけ、今だけのはず。


 今日はどこか、寄り道して帰ってみよう。

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