35話 人情的


 今日はよく学校の中を行き来する日だ。最後に最果てのお助け部まで行くことになるとは。


 俺は部室の前に立って、一呼吸ついてからゆっくりとドアを開ける。


「…んなわけないっつーの」


 いつものように、向かって右側の席に腰を下ろして、周りを見渡してみる。


 本当に静かだ。 


 いつもだべっているようなメンツではなかったはずなんだけどな。


 思いにふけっていると、すぐに階段を上がる音が聞こえてきて、部室のドアはガラガラと音を立てて開かれる。


「待たせたな、浅岡」


 坂本先生は手前に並ぶ席の真ん中に座るのかとおもいきや、俺の正面の席に座った。


 女性とは思えないほどの圧迫感を前に、俺は一つ隣の席に移動する…勇気も出てこなかった。


「んじゃ、さっさと本題に入るとするか」


 本題、というとさっきの「どうして他の生徒を推薦しないのか」についてだろう。


「はい、お願いします」


 言うと、坂本先生は思い悩むようにして眉をひそめる。


 めったにあることじゃない、鉄人である坂本先生が人前で考え込むなんて。


「悪い、まず本題に入る前提のとこから話させてくれ。まず、私はお助け部の推薦候補者全員と話を済ましててな…」


 はえーよいろいろと


「ちょちょちょっと待ってください!つまり、先生は今までにお助け部の推薦候補者と一度、話をしているってことですか?!」


「ただのオウム返しやけど。そういうことやな」


「それはおかしいです!だって俺、先生とそんな話し合いしたことありませんって!」


「いやある。二年になってすぐ、クラスで個人面談したやろ」


「そりゃ坂本先生は僕のクラスの担任ですから…。いや、まさか、違うクラスのやつは個別に呼び出して…」


 坂本先生はくつくつと笑いながら頷く。


 なんでいちいち回りくどい言い回しするかなこの人。


「そう、浅岡とは個人面談の際に、お助け部の推薦候補者ということも兼ねて話し合ったつもりや。推薦候補者は全員、奨学金を受給している生徒で、その中から三人までって学校側に決められててな。お前ら含めて計10人くらいやったか」


「それが全校生徒の内の奨学金受給者の数ですか、思ったより少ないというか…」


「まぁ公立高校の学費は比較的安くつくからな。あとこの数は全校生徒じゃなくて二年だけや」


「どうして二年だけなんですか?」


「そこが本題の肝でな。私が推薦においての判断を任されてる、ってことを改めて知った上で聞いてくれ」


 こくりと頷くと、先生はいつもの落ち着いた態度でその訳について語り出す。


「まずこの学校の入部は強制。一年にも各々、志望してる部活があるやろうに人助けをするだけの部活にいきなり来ーへんかってのはあまりに急な話や。入って間もないのに上の連中と絡む機会のあるお助け部はハードルが高すぎる。次に三年は受験が控えとる。つけ加えて言うと、お助け部で頑張り続けても大学に推薦入学とかあるわけでもないからな」


「つまり、二年に絞ることになったのはほぼ消去法?」


「そうなるな。それに三人までしか無理なら、全員が同学年の方が部員にとっても居心地ええやろ。そんで、さっき言った通り二年の内、奨学金を受けてるのがその10人やったわけやな」


「なるほど。えっと、なんでその中から俺たちを…」


「っていうのが建前、というより表上の理由や」


 坂本先生はそう言って、椅子に深くもたれかかった。


「え?」


「二年に絞った理由は他でもない。浅岡、お前や」


「俺?」


 俺を指さす坂本先生に同調するように、自分で自分を指さす。


「お前だけが部活に入ってないから。最初に言うたはずやぞ」


「あっ」


 初めてお助け部に足を運ぶ前、教室で坂本先生に確かに言われた。


「二年にもなってまだ部活に入ってない浅岡沙星と、その担当教員である私の体裁を保つためには、浅岡を慈善活動を主としたお助け部に入部させる必要があってん。まぁ一度断られるとは思わんかったけどな…。そのためのさっき話した表上の理由。もちろんあれは事実でもあるから、そういう意味でも都合が良かったわけや」


 ちゃんと厄介者じゃん俺、そりゃ間に入った言葉に殺気も籠りますわ。


 そりゃ断られるなんて思わねぇよな、こんな食券と援助金も受給できる待遇の部活。


 俺をお助け部に強制的に入部させる、なんて荒業もできたはずだ。


 それでも最後まで俺に入部の判断を委ねたのは、坂本先生なりの優しさなのだろう。


「色々とご迷惑をおかけしました…。でもえっと、あの時は怖くて言えませんでしたけど。僕って幽霊部員とはいえ、一応パソコン部に所属してましたよね…?」


「聞かされてなかったんか?お前があまりにも部に参加せーへんから、向こう側が退部手続きしてん」


 悲しすぎるやろ


 さしずめ地縛霊だったのを成仏させられたってところか。


「そんじゃあ本題に入るけど、ここまでは大丈夫やな?」


「えぇ、大丈夫ですぅ…けど…そのためだけに表上の理由?を考える必要が本当にあったんですか」


 なんかもうその真相がとてつもなく恥ずかしいんです。


 すると、坂本先生は呆れるように短くため息をつきながら。


「やからこそやろうが…。推薦候補者から部員を決めるのは私とは言え、学校側に通す際にそれは道理にかなってないとあかん。二年に絞ったのは浅岡一人が部活に入ってなかったからです、って理由だけで通るわけないやろ」


「すみませんでしたご最もですッ!本題である、他の生徒を推薦しない理由についてお願いします」


「あぁここからは早い。実はお前たち三人以外の推薦候補者にも、お助け部の勧誘は持ちかけたんやけど断られてな」


「えっ?!あの待遇を?!」


 というか坂本先生の目にかなった生徒にだけ、お助け部の話を持ちかけているのだと勝手に思っていた。


「実はその待遇の件を伏せた上で、他の推薦候補者とは話をした。打算ありきが悪いわけやないけど、本当の意味で人を思って助けてやれるような人材が望ましいのは確かや。でも向こうは既に部活に入っとるし、報酬もなしにわざわざ慈善活動しようとは思わんわな。さっきの『推薦候補者を二年に絞った本当の理由が浅岡』ってのはお互いの体裁を保つ他にも、こうなることを見越して、一人は確実に入部させられると考えたからや」


 俺だけには入部前に、お助け部の待遇のことを話したのも、断られるとは思っていなかったからか。


「他の学年にもお助け部入部の件をもちかけないのは、既に学校側に表上の理由として、二年に絞ったことを通してしまったからですか?」


「やっと冴えてきたな。そう、そこをかけあったとしても学校側の判断によってどう転ぶかはわからん。最悪、断られた二年の推薦候補者に食券とかの待遇があることも含めてもう一度話をするっていう選択肢もあるけど、正直これはあまりにも卑しい。断られた勧誘をもう一度持ち掛けるとか、マルチ商法でも違法扱いや」


 そして、坂本先生は威儀を正すようにして一つ咳きこむと。


「やから推薦しない、というより今のところ推薦できないという言い方が正しい。詰まるところ浅岡には、お助け部を一人で続けることになってもいいという覚悟で決めてくれって言いたかってん」


「はー…そういう…」


 坂本先生は色々と考えてくれてたんだな。


 にしても、よくもこう立て板に水で一から事細かに説明できるもんだ。


 もう情報量が多すぎて頭が痛くなってきた。


「以上で話は終わりやけど。なんか質問はあるか?」


「あっ、そういえばなんですけど。友莉は、彩芽がお助け部に入部することを知らされてなかったですよね、彩芽は知ってたのに。あれは先生なりのサプライズだったんですか?」


「私をなんやと思っとんねん。最後に話し合った彩芽にはそのことを言うただけや。友莉にあえて言わんかったわけやないけど、まさか身内でお助け部のことを共有してなかったとは思わんやろ」


「それはそうですね…。質問は以上です、ありがとうございました。わざわざ時間を作ってくださって」


「それならよかった。それじゃあ私は職員室に戻る。校内で友莉と追いかけっこはほどほどにしとけよ。どっちにするかって件は明日までによく考えといてくれ」


 毎度の如く淡々と語り終えると、坂本先生は席を立った。


 その答えはもう自分の中で決まっているから、今は友莉と彩芽の現状も含めてもう一度考え直すか。


 気持ちを改めて、坂本先生に続くように自分も席を立とうとした時。


 本当に、瞬間的だったと思う。



 頭によぎった何かが俺の動きを止めた。



「…ちょっと…待ってください」


 何か見落としている、そんな違和感


 今までの長い会話の中にはそう思わせる部分があった


 友莉との追いかけっこ…


 あの時、坂本先生は


「なんや、用なら早くしてくれ」


「この学校の文化部って、パソコン部しかないですよね」


「それがどうした」


「それっておかしいです」


「あのなぁ、言いたいことがあるなら…」



「なら、友莉が運動部に所属してたわけでもないのにって発言、どういうことですか」



「―――――」


「一年の時パソコン部に入っていましたけど、友莉の姿は一度だって見たことはありませんでした」


 坂本先生は「俺と友莉と彩芽の三人以外にも、お助け部の勧誘をしたけど断られた」と話していた。学年で俺意外の全員が部活に入っているとも。


 これは言い方を変えれば「友莉と彩芽だけが、お助け部に転部した」ってことだ


 正確には、他にも文化部は存在している


 だがそれらはきちんと形を成した部活とは言えず、鈴木が入部しているボードゲーム部のような愛好会に近いものだ


 つまり友莉と彩芽が正式に以前入部していたと言える文化部はパソコン部だけ


 俺も幽霊部員だったとはいえ、ほんの二カ月くらい前までは半月に一回くらいは顔を出していた


 でもその間、俺は友莉と彩芽を全く目にしたことがない


 ここに『運動部に所属してたわけでもない』という言葉を照らし合わせてみると、坂本先生が嘘をついているのは明らかだ


 何より、現にあの坂本先生が言葉に詰まっているのだから、何か隠し事があるのは間違いない


 …なぜ坂本先生は、友莉がお助け部以前に部活に入っていたと嘘をついたのか


 そこを言及されるとまずいから、じゃ…ない


 もしそうなら同じように嘘を重ねればいい


 本当に隠したかったのは


 二年に絞った理由でも、生徒を推薦しない理由でもない


 もっと核心的


 俺たち三人を部員に推薦した理由そのもの


 だとしたら、どこからどこまでが嘘だ


 …まさか


 ここに来て話していたこと、全部…?


 部活に入っていたという嘘は、その全部の嘘のためのピースの一つ


 ただのつじつま合わせ


 いや、でも、そんなことって…



「…よーやってくれるわほんま」



 坂本先生は再び、俺の目の前の席に腰を下ろす。

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