34話 現実逃避行
今日も今日とて自転車を懸命に走らせて、不破ノ宮高校に到着。
いつもより朝も早いため中央出口に他の学生の姿はなかった。
あるはずの喧噪がなく、ただ静けさが広がっている。
この違和感は嫌いじゃない。
くつを履き替え、2年2組の教室まで向かいながらもう一度よく考える。
友莉も彩芽も、おそらく部室に来ることはないだろう。
だから直接、あいつらが在籍するクラスに
言いたいことはある、でも何から話せばいいのかは未だに思いつかなかった。
自分の席に着いてしばらく待っていると、お目当ての
菊原が席に着くと、俺もその元へと足を動かす。
「早いな菊原。また課題でも出しに行ってたのか?」
「おぉ
「とんでもない偏見だな…てかなんで
「いやそのくらい新鮮でさ。んでどうしたんだ?」
「あぁ、お前がお助け部に来た時に
オールラウンダー菊原のことだ、おそらく誰がどこのクラスにいるかぐらいならわかるだろう。双子の存在もこいつは知ってたわけだしな。
「…えっと、沙星…?」
「なんだよ、そんな人を憐れむような目で…」
「いや…そうだな。まず多花栗友莉なら、いつも俺が友達と一緒に昼飯を食べるのにお世話になってるクラスで見かけるから、多分6組だ」
この学校は全学年共通で8組編成。
二年の1~4組は四階。5~8組は三階だ。
帰る際に見たこともなかったし、ここより下の階の6組だったか。
「そうか、ありがとう。どうだ、彩芽もわかりそうか?」
「えっとだな…」
「なんだよもったいぶって、人見知りが酷くて特別支援学級なんてことないだろうな」
ちょっとした冗談を言っても菊原のひきつった顔は変わらない。
えそうなの…?
そして菊原はゆっくりと口を開く。
「沙星。多花栗彩芽は…この2年2組だぞ…」
「なるほどな、そんなこともあるのか。ありがとう、じゃ席戻るわ」
「いやもっと驚けよ沙星!!もっと人の名前意識して覚えるとか…いやもうそんなレベルじゃないぞこれっ!!」
菊原は、一人納得している俺の肩をもって前後に揺らす。
そういえば…彩芽は俺のことが気がかりで、入部前に一芝居うったんだったよな。
どこで俺みたいな日陰者を認知したのかと思ってはいたけど、同じクラスだったとは。
こりゃ真面目に反省だな、灯台下暗しだ。
ぐるっと教室を見渡してみる。
授業開始時刻までは10分以上ある、教室には俺たち含めて8人しかいなかった。
「まだ、彩芽のやつは来てないみたいだな」
「そういえば確かに。珍しいな、いつもは早いのに」
「そうなのか?」
「あぁ。こうやって朝練終わって教室に来た時にはいたと思うけど」
「なるほどな…わかった、ありがとう菊原」
「なにすんのか知らないけど、頑張れよ沙星」
◇◇◇
結局、彩芽が学校に来ることはなく、一日の授業は終わりを迎える。
昼休みに6組を訪ねてはみたが、友莉は教室にはいなかった。
でも同じクラスのやつが友莉は今日来ているとは言っていたから、たまたま席を外していたのだろう。
ホームルームが終わり、すぐに鞄をもって教室から出ようとした時。
「おい、浅岡」
坂本先生は教卓の前で、こっちにくるよう手招きをしている。
「すみません!後で職員室行きます!!」
そう言い残して、俺は再び駆け足で友莉のいる6組へと向かった。
あいつには聞かないといけないことが色々ある。
なんで三年前にあの場所にいたのか、なんで彩芽が来てないのか。
なにより俺はまだ…
「いたっ…!」
どこのクラスもすでにホームルームは終わっていて、廊下は生徒で溢れている。
その中に見えた中央階段の方へ歩いていく、見間違えるはずもない黒のジャンパーを半端に羽織った背中。
昨日会ったばかりなのに、どうしてかその背中は懐かしいように思える。
「おいっ!友莉!!」
雑踏の中、声を大にして友莉に語りかける。
すると友莉は振り向かないまま、その場で立ち止まった。
俺もその少し後ろで足を止めて。
「あ、あのな友莉…俺…」
瞬間、友莉は走り出した。
「はぇ?!ちょちょ待てお前っ!!」
幾人もの生徒を軽やかに躱しながら、中央階段をとんでもない速さで下っていく。
俺は「すみません」と言いながら生徒をかき分けて、必死になってその背中を追った。
そして、なんとかロッカーのある中央出口に辿り着くも、友莉の姿はもう見当たらなかった。
あの速さだ、靴も履き替えて今はもう駐輪場に着いていることだろう。
既に息も絶え絶えの俺が、ここから追いつけるはずもない。
「くっそ…職員室だったな…」
自分に言い聞かせるようにして、坂本先生への言葉を果たしに向かう。
物理的に逃げられるのは、心身共にダメージがくるな…
◇◇◇
「待たせたな浅岡。その様子やと、友莉でも追いかけてたんか」
「えぇ、まぁ…」
職員室前で息を整えていると、資料やらなんやらを抱えた坂本先生が現れる。
口ぶりからして、坂本先生はすでにお助け部がどのような状態にあるか知っているようだった。
「車を追いかけられたときに実感はしてたけど、運動部に所属してたわけでもないのにあれは半端ないな。そら骨も折れるわ」
「いやもうまじで参りますよ。それで先生、どうしたんですか」
言いながら、息を整えて姿勢を正す。
「そうやったな。友莉から昨日の放課後、相談があってん」
「そう、ですか」
あいつ、あのまま職員室に行ったのか。
「友莉は彩芽と一緒に、お助け部を抜けると言っていた。それと…」
「俺の今後…ですよね」
「あぁそうや。浅岡とそれについて話し合ったのか聞いても、あいつはだんまりやったわ」
坂本先生はいつものように淡々とした口調で続ける。
「浅岡、お助け部は一人でも続けること自体は可能や。けどそれは荷が重いやろう。やから特別措置として、私の方から浅岡がバイトできるよう上に頼み込んでみることは出来る。学校側もお助け部の存在はもちろん認可しとるし、家庭が貧困な生徒を見捨てるほど薄情でもない。多分この案は通るやろう」
言い終えると、俺に切れるような鋭い視線を向ける。
「やから選んでくれ浅岡。このまま一人、お助け部で活動するか。それとも、お助け部をやめて前と同じようにバイトを続けるか」
俺はそれに答えるより前に、静かに先生に尋ねた。
「お助け部に他の生徒を推薦しないのは、どうしてですか」
以前から気になっていたことではあった。
だが、単に俺と某双子の三人だけが貧困な家庭環境だということもあり得たし、食券や援助金といった待遇をほいほいと他の生徒に受けさせることができないため、選ばれた少数精鋭でお助け部を執り行うという方針にしているのだと思っていた。
しかし最後の選択肢として、俺一人がお助け部で、というのは流石におかしな話だ。
今後、金銭的な支援が必要な生徒が他にも出てくるかもしれないし、既にいるのなら繰り上げでそいつらを次のお助け部の部員として坂本先生が推薦すればいい。
…これはただの勘だけど。
そこに、俺の知りたい答えがあるような気がする。
すると坂本先生は参ったような顔を浮かべて、ため息交じりに言った。
「資料、職員室に置いてくるから。先に部室で待ってろ」
そんな長引くようなことなのか、それとも口外できないような内容なのだろうか。
「…わかりました」
俺は言われた通り、坂本先生より先に部室まで向かうことにした。
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