23話 野暮


「それじゃあ、あたしが今日一日何考えてたのか、だけ」


 俺は友莉と同じように駅の方を眺めながら、黙って耳を傾けることにした。


「今日もさ。朝起きて、菓子パン食べて、歯を磨いて、シャワー浴びて、着替えて、家を出るとこまでは出来た。今までみたいに」


 そこから友莉は俯きがちに続けた。


「けど駅に近づけば近づくほど、罪の意識がどんどん大きくなって…考えちゃだめだって言い聞かせるようにモールの中に入って、花屋の前まで来てた」


 こいつが今どんな顔をしているのかは全くわからない。


 知りたいと思うのに、知らないほうがきっと楽だという気持ちだけが。


「そしたらもう、足が一歩も動かなくなって。周りには嫌になるほど人がいるはずなのに、聞こえてくるのは、すすり泣く声だけ」


 すると友莉はゆっくりと呼吸するように顔を上げ、はぐらかすように、冗談めかすように言う。


「んでそしたらびっくり。浅岡の姿が目に入ってきてさ、そこからは知っての通りってわけ。きっと初めてだった…この日に、楽しいことだけ考えれた時間が」


 …お人好しが過ぎる、こいつは。


「そりゃ何よりだな」


「いいん?何も聞かなくて。だいぶ意味わかんないこと言ったと思うけど」


「言いたいことに付き合うってだけの約束だからな。それに他人事ひとごととか心底どうでもいい」


「あっそ、意外な優しさだ」


「聞いてたか人の話、貸しだからそうしただけだっての」


「はいはい」


「ほんとにわかってんのかよ。菊原たちもこの駅に戻ってくるかもわかんねぇし、そろそろ行こうぜ」


 広場にある時計を見ながら、膝に手を当てぐっと立ち上がる。


「あたしもうちょいここに残るわ。まだアップルジュースも飲み終えてないし」


 友莉は俺に顔を向けると、静かに微笑んだ。



 あぁ、知ってる。



 自分のエゴだと思い聞かせて、何もかもを飲み込んでいる顔だ。


 バカみたいに優しいやつが相手のことを思うときにする、そんな顔だ。


 お前は言いたいことなんか何一つ言えてないんじゃないのか。


 いい、のか


 こいつを一人にしても


 …違うだろ、俺がいてもどうなるわけじゃない。


 その思い上がりは人を不幸にするだけだ。


「そうか…んじゃ気をつけてな」


「うん。浅岡も帰りに職質受けないよう気を付けなよ」


「うるせぇ。じゃあな」


「あっ言い忘れてた!」


「今度はなんだよ、まだ言い足りな…」



「ありがとう。浅岡」



「…なんのことだよ」


「なんてゆーか、色々」


「あぁ、そうかよ」


「うん、またね」


 再び帰路に足を向ける。


 足取りはいつもと変わらない。


 なのに何かから逃げるような気持ちだけがある。


「なんで今日、花屋の前に立ってたんだ」


 いつもなら踏み込んでしまわないようにって、絶対に口にしない言葉。


 気づけば、面と向かってあいつに言ってしまっていた。


 言いたいことだけ聞きたい、なんて言った時は、久々にあいつが笑ったのを見たな。


 あの時以来か


 …違う、これは優しさなんかじゃない


 また感情一つで足を突っ込んで、何もかも取り返しのつかないことになるかもしれない


 他人でいたい


 知りたいなんて思いたくない


 頼りたいなんて思われたくない



 俺はただ、本当のことを聞くのが怖かったんだ

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