19話 過小評価


「彼女さん普通にアイスティー頼んでんだけど…どうするよこれ…」


「どうって、もう見届けるしかないでしょ」


 デート中に自分だけ水単品は、流石にまずい。


 俺たちはそれとなく二人の会話に耳を傾ける。


「ん?どした、響奈ひびな。アイスティー飲まないのか?」


「ううん、なんでもない……」


 彼女さんめっちゃ顔がひきつっとる。


 だめだ…あれはもう東名高速に落ちてる軍手を見る目だ。


 友莉はというといぶかしむような目で口角を上げながら。


「菊原のやつ正体表したね」


「今は、二人を見とかないと、だよね」


 なんでこいつら双子はこんなにも好奇心に満ち満ちているんだ…。


 友人の身である俺は胃が痛くてしかたがないというのに…


 今はただこの修羅場を見届けるしかないらしい。



 ◇◇◇



 あれから30分近く経ち、菊原カップルは伝票を持ってレジに向かおうとしていた。


「やっとお開きか…」


「ぽいね。まぁ収穫もあったし、あたしたちもいこっか」


 水を目にした時はどうなるかと思ったが、とりあえずは事なきを得たらしい。


 危うく水がトラウマになりかけた、いやでも卑屈な俺の体の70%は水だからトラウマになっても大差ねぇわ。


 とりあえず早いとこ俺たちも店から…



「425円か……………………じゃあ213円払うよ俺」



 今確かにレジの方から聞こえたよな


 菊原の声が


「これは…」


「またちょっとまずいかも…」


「うん…」


 間違いなかった。


 レジ前で菊原が彼女と一円単位で割り勘をしようとしていた。


 もう彼女さんの顔色をうかがうのも怖い。


 いや待つんだ。


 菊原は水しか頼んでいない。


 つまりは彼女のアイスティー代を半分持ってあげようという紳士の気遣いなのだ。



 でもさ、そこじゃないんだよ菊原…



 425円なら出してあげてくれ頼むから!!


 もうワンコインで収まる値段とは思えない三点リーダーの数なんだよ!!


 それも213円という割り切れない分の一円を自分に上乗せしてるのが健気すぎて俺もう泣きそうだよ!!


 200字以内で述べなさいっていうレポートで200字ちょうどになって薄氷を踏む思いになり、読点とか接続詞を消して193字に修正する大学生並みの健気さだよ!!


 これはもう菊原の優しさと不器用さが如実に表れている行為といえるだろう。


 会計を終えて外に出た菊原カップルを窓越しに観察する。


 彼女さんは何か菊原と話し合っているようだが、それもすぐに終わりその場を後にした。


 そして人が往来する中で一人項垂うなだれる菊原。


「彼女さんとの現状も鑑みて、425円の男気を見せるべきだったなーあれは」


 それはそれとしてカップルが喧嘩別れするのはメシウマだーい!!


 ニヤニヤしていると、どうしてか目の前にいる友莉もニヤニヤとこっちに視線を送っていた。


「へー、浅岡でも男気とかそんなんわかるんだー」


「そりゃ女の子連れてんだから、それぐらい当たりまえだろ。それを菊原ときたらバカなことしてんなー。あっはっはっはっは!」


「じゃあ見せてもらいましょうか、1875円の男気」



「――――――――」



 前言を撤回しよう


 菊原、お前は何も間違ってなんかいない


 ◇◇◇


 俺たちは、というか俺が会計を終えて喫茶店を後にする。


「お疲れ…菊原」


「おう…沙星か。気のせいかお前の方がよっぽど疲れてるように見えるな…」


「差し支えなければなんだが、彼女さんになんて言われたか教えてくんねぇか」


「あぁ…その…時間を頂戴的なことをだな…」


 虚ろな目をしながら、池のこいみたいに口をパクパクさせて菊原は答える。


 しかしだ、結果として菊原の人間性が低いわけではなかった。


 問題とはつまり、ただこいつの鈍感さがまねいた事故のようなもの…のはずだ。


「でもまぁ得られたものはあった。明日また部室にこれそうか?」


「あ、あぁ。そのために今日はお助け部の皆に付き合ってもらったんだ。いくよ…」


 あからさまに菊原の生気は失われている。


「無理は、しなくていいからな。そこで改善案を話し合おう」


「そうだな。今日はありがとう…んじゃまた明日」


「あぁ…また」


 俺たちは菊原の悲壮感漂う背中を見送る。


「遊び半分だったけど、思ったより事は深刻みたいっすね…」


「うん、ちょっと反省かも…」


「俺も正直舐めてたわ…」


 これには三人仲良く胃もたれ。


 菊原、恐ろしい男だ。

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