10話 一人だけが
部室に入ってきたその子は、俯くようにして未だに言葉を発しようとしない。
再び部屋に時計の音が静かに鳴り響く。
髪の長さは多花栗と同じ肩にかかるくらいまである。
流された前髪は右目をおおっており、こちらからは左目しかまともに確認できない。
そのおっとりとした左目からはおっとりとしたオーラを感じさせる、不思議でつかみどころの無いおっとりとした印象があった。
俺以上に、覇気が感じられない…
つーかどっかで…
多花栗も固まりながら食い入るように、その子の顔をじっと見つめていた。
「と、とりあえず、こちらにどうぞ」
ここでお見合いしてても埒が明かない。
俺は手を差し向けて、手前側に並ぶ椅子に座るよう促す。
すると、その女子高生はぎこちない足取りで右側の、多花栗の目の前にある席に座った。
あんれ真ん中に座ってもらう予定だったんだけど、左側にいる俺の立つ瀬はいづこぉ…?
「なんで…」
多花栗はどこか呆然とした様子で、喉から絞り出すようにようにそう言った。
俺はあえてそれに触れずに、とりあえず友好の自己紹介から入る。
「えっと俺は
「私…
名乗ったはいいものの、彩芽とやらはこちらと目を合わせようともしなかった。
「して、ご用件は…?」
俺がおそるおそる伺うと。
「……失くし物」
「そう…か。んでなにをだ?」
「自転車の鍵を、失くしちゃって…」
「なるほど…。えっと、失くしたことに気が付いた時間は、放課後、駐輪場に向かったときか?」
尚も強張っているような彩芽だが、俺の確認にこくりと小さく頷く。
「教室の中と教室までの行き道も、鍵が落ちてないか確認してみたけど、どこにもなくて…」
「落とし物ボックスも確認したか?」
「え?う、うん。ちゃんと確認した。でも実はまだ、駐輪場の方はちゃんとくまなく探せてなくて…」
「まぁうちの高校は敷地面積も広い分、どこのブロックの駐輪場も広いしな。一人で探すのは骨が折れるか」
人海戦術ね、お助け部を頼るのも納得だ。
にしても…なるほど。
これは、あれだな。ほんとに、人助け…だな。
…まぁ、なんにしても今はとりあえず
「やるっきゃないか…」
内心、人助けに抵抗感を抱いている自分を奮い立たせるように、小さく呟く。
つっても、探すことしかできないわけだけど。
「オーケー彩芽。自転車を止めた場所まで案内してくれ」
「うん、わかった」
俺と彩芽が席を立つと、遅れて多花栗も席を立った。
それはもう、渋々と重い腰を上げる様子で…
にしてもさっきの多花栗の反応…
懸念を残しながらも、俺は彩芽に続いて教室をあとにした。
◇◇◇
三人で縦に並んだまま階段を下り、
ここはグラウンドの脇にある駐輪場で、裏門から一番に近い。
自転車同士の間隔は少し空いていて、きちんと列を成していなかった。
放課後に入っても自転車が少ししか減っていないのは、うちの高校が入部を強制しているからなのだろう。
「この自転車…」
すると彩芽は私物である白の自転車に指をさす。
自転車は手前側、裏門に近い場所に止められていた。
この自転車の周辺に鍵を落としたのであれば、もちろんその鍵も裏門近くに落ちているはず。
「んじゃまぁ、ここらで捜索開始だな」
「誰かが気づかずに蹴っ飛ばしてるかもだし、とりま手分けして探そっか」
多花栗には威圧的で誰も寄せ付けないイメージがあるからか、こうやって人助けしてんのがシュールなんだよな。
まぁ人のこと言えないんだろうけど。
「ほら、あんたも早く探す」
「わぁってるよ」
「いやおは朝もだけど彩芽に言ったの」
「うん、こっちの方探してみるね」
あー彩芽ね。
って…ん…?
なんだこの違和感、いつものおは朝発言も別の意味で気になるがその後だ。
多花栗のやつ彩芽に強く出過ぎているような…
いやこいつは割り切るタイプにも思えるし考え過ぎか。
ってちげぇだろまたその後、彩芽の言動!!
多花栗の強気な物言いに動じないどころかすんなり受け入れてそのまま実行に移すまでの一糸乱れぬ
どっちとも肝がすわってんなーおい。
二人の胆力に感心しつつ、俺も裏門周辺に落ちていないか探し始めた。
◇◇◇
自転車の鍵を捜索し始めてから約30分経過。
三人でくまなく探しても全く見当たらないし、もう無理くさいなこれ…
悲観的な考えに同調するように彩芽が近づいてきて。
「…もう大丈夫。ごめんなさい、手伝わせちゃって」
「いや、気にしないでくれ。最後に一階の落とし物コーナーに向かうか」
「うん…」
俺たちは
右手に見えるグラウンドの向こうからは夕焼けが差し込み、オレンジ色に染まるコンクリートに黒い影を作っている。
俺は先頭を歩きながら少しだけ目線を左に向ける。
後ろにいる二人の姿までは見えず、二つの影だけを捉えることができた。
その二つの影は三人がそれぞれどのていど間隔をあけて歩いているのかを十分に教えてくれる。
一番後ろを歩く影は、俺とその後ろを歩く影より差があることは明らかだった。
まぁ、そりゃ、そうだよな。
きっと彩芽は私物が見つからなかったことではなく、他人に手間をかけさせてしまたことに負い目を感じているのだろう。
結局、落とし物コーナーにも自転車の鍵は見当たらなかった。
「えっと…」
どこか気まずそうに声をあげる彩芽。
「いや、いいんだ。悪ぃな…見つけてやれなくて」
数秒ほど静寂が流れた。
俺はその空気を切りたくて、荷物を取りに部室へと足の向きを変えたその時。
「おぉ、ちゃんとやっとるな」
職員室から出てきた坂本先生がこちらにやってくる。
「お勤めご苦労様です…」
ほんとタイミングが良いのか悪いのか。
「なんやご挨拶やな。とりあえず揃ったようやし部室行くぞ」
「なんかあるんですか?」
漠然と質問を返すと…
「それは着いてから話そか」
なんかデジャヴだな。
そして、坂本先生はいつかの並外れた速さで、部室のある四階へ向かう。
歩きでもこの速さは校内で合法化しちゃだめだろ。
っていうか、何か引っ掛かること言ってなかったっけあの人。
色々と思考を巡らせている間にも、坂本先生は足音を立てながら階段を上っていく。
大きくため息をついてから、憂慮もかねて二人に声をかけた。
「だってよ、行くか」
「うん」
彩芽だけがその言葉に反応を示す。
さっきから口を開かない多花栗を横目に、俺は再び足の向きを変えた。
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