5話 客観的コンプレックス【2】



 帰ってからかえでにいろいろ話を聞いた。


 三人の内、今日髪をひっぱっていた男の子が中心として虐めていて、後の二人は誰かに見られたりしていないか周りを見張っていること。


 一週間近く前から虐められるようになって、日に日にエスカレートしているということ。


 イジメの場所は人気ひとけのない学内や公園など、場所を転々としていること。


 家族に心配をかけたくないから今まで黙っていたこと。


 不幸中の幸いだった。


 あの公園が俺の帰り道になければ、これからもイジメが続いて取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


 虐められていた理由は無口で可愛げがなく、友達もいないからだという。


 つまりは色々と都合が良かったのだろう。


 虐めても声一つあげない。友達もいないため、このことに気づく人も学校にはいない。


 あいつらが楓をおもちゃとしか考えていないことが十分にわかる。


 話を聞くだけでも苛立つ。


 でもそれ以上に自分が情けなくて仕方がない。


 杉原と談笑しながら帰ったり、教室に残って友達と話している間にも楓はずっと辛い思いをしていたんだから。


 三日前にも楓が服や顔が泥まみれで帰ってきたことがあった。楓は昨日雨が降ったから友達と泥遊びをしたのだと、満面の笑みを見せた。


 ご近所の人と顔を合わせるのを嫌がるくらい内気な子だ。


 俺はめいっぱい外で遊べるくらい、仲の良い友達ができたのだと嬉しかった。


 気づけたはずだろ。


 自分の察しの悪さや短慮たんりょな思考が気色悪い。


 悔い改めるべきだ、なにもかも。


 きっとその日からだ。


 相手の思考や言動を深読みして、邪推じゃすいするようになったのは。妄想癖もうそうへきもその副産物に過ぎない。


 そして楓は、イジメのことは両親に言わないでとお願いしてきた。


 一般的な家庭の兄なら、一切迷うことなく両親に相談することだろう。


 だが俺は最初から親には言うまいと決めていた。


 俺の両親は共働きだ。


 母は家に月に数回しか帰らないため、目をかけてやるよう頼むことは出来ない。話しても心配をかけるだけだ。


 後は父だが、頼りにならないのは明白だった。


 父は今まで俺たち兄妹を気にかけたり、愛情を注いだりなんてことは一度としてなかった。


 毎日夜遅くには帰ってくるが、いつも酒やタバコ、香水の匂いがしていた。俗な趣味をしていることは明らかだった。


 そうだ。俺にしか、なんとかできない。


 ◇◇◇


 まともに眠れないまま次の日を迎える。


 今日も本当によく冷える。


 楓を小学校の近くまで送ってから、俺も自分の中学へと向かった。


 俺はその行き道、楓の小学校に電話して昼休みや放課後は気を配ってくれないかと連絡した。


 杉原にも今日からしばらくの間、放課後は妹を迎えに行くから一緒に帰れないと伝える。


 授業中も楓のことが心配で、先生の言葉は耳には入らなかった。


 イジメを看過する大人なんて世の中にいくらでもいる、念は押したけどどこまで期待できるか…


 そして、俺は一日の終わりのチャイムが鳴ると直ぐに教室を出て小学校へ向かった。


 もちろん担任には事情を話して、しばらくの間終わりのホームルームは出席できないと伝えてある。


 上着は走りにくいから学校に置いてきた。


 走ると冷たい風が全身を殴りつけてきて、肺は凍るように痛い。


 楓はこの寒さの中で…


 とにかく急ごう。


 ペースを上げる。真っすぐ前を見据えてただひたすらに風を切っていく。


「待ってろよ、楓」



◇◇◇



 走り続けて15分。


「っっずうぁぁはぁ…ざうぁはぁぁ…」


 やっど着いだ…!


 やめてっ!下校中の小学生にそんな心配そうな目で見られたら、お兄ちゃん軽く死にたくなるから。


 いやこれ不審者を見る目だ。


 とりあえず待ち合わせの校門近くまで来たが、楓の姿は見当たらない。


 下校時刻を過ぎて10分。


 まさか…もうすでに


「わっ!」


「キェァッ!!!」


「へへ、そんな声出せるんだおにぃ。そんなにびっくりだったの?」


「へ、ふっ…こんな子供だましで驚くわけないだろ」


「おにぃずっと腰に手をあてて前かがみになってたから、簡単に後ろとれちゃった」


 バトル漫画によくいる幼い故に純真無垢のまま快楽殺人を遂行する殺し屋の少女みたいなこと言うなこいつ。


「ったく…早く帰るぞ」


「うん!」


 言うと楓は嬉しそうな表情を浮かべて、俺の隣に並んだ。誰かと一緒だからか、安心している様子だ。


 どこか新鮮でくすぐったい気持ちを覚えながらも、そのまま二人で家まで歩き出す。


 今はこうやって楓の送り迎えをしてやれるが、やっぱり根本的に問題を解決しないことには…


 「ありがとう…おにぃ」


 楓は前を向きながら、ぽつりとそうつぶやいた。


 横髪で隠れて、どんな顔をしているかはわからない。


 俺は言葉を返せずに、ただ楓と一緒に歩き続けた。

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