4話 客観的コンプレックス【1】

 あの頃って何を考えてた…


 ヒーローごっこ?中二病?


 いや、違う


 そうだ、ただ父親が怖かったんだ。


 だから俺や楓のような思いをしてるやつらが見ていられなくて


 だから誰にも傷ついて欲しくないって俺…

 

 思い出すだけでも、大声で笑いたくなるくらい本当に身勝手な話だ


 三年前、まだ中学二年の頃



 ――――――――――



「すみません。お願いします」


 暑い夏の日の放課後。


 ド忘れしていた今日までの宿題をやっとの思いで終わらせ、それを一階の職員室にいる担当の先生に渡す。


 一時間近く居残りをしていたから、校内に人の姿は全く見えなかった。


 今日はスーパーの特売日だ、早いとこ寄って家に帰ろう。


 足早に近くの渡り廊下から外に出ると、廃校舎の方から微かな話し声が耳に入った。


「いいから早く来いっ!!」


「いやだから、俺っ…!」


 視線を向けると、一人の委縮した様子の学生がガラの悪そうな学生三人に囲まれて、廃校舎の中へと入っていくのが少し遠くから見えた。


 ここの中学は、地元では治安が悪いので有名だ。


 だが実際にヤンキーと呼べるようなやつは学年にも10人前後とかだろう。だから日常的に争いごとが起こるような学校ではないのだが。


 これはまずそう、だよな…


 俺は廃校舎まで、駆け足で向かった。 


 中に入ると、廊下の奥から嗚咽を吐くような声が響く。


 疑心が確信に変わり、声がする二階の男子トイレの中に立ち入る。


 案の定だ。


 いかにもガラの悪そうな北斗の拳からやってきたであろうヒャッハー三人と壁に追いやられた一人の男の子がいた。


 どの顔も見たことがある、おそらく同級生だ。


「ごめんなさい…、ごめんなさい」


 中心で虐められているそいつは、三角座りで両手で頭を押さえながら、ただただその一言を口に出している。


 恐怖はもちろんあった。


 けど俺はそいつを庇おうと躍起やっきになって火中に飛び込む。


「あぁ、んだこいつ!」


 突然の俺の乱入にヒャッハー三人は困惑するも、俺を巻き込みながら虐めが再開した。


 だが俺も非力な方だ。故に、この状況にあらがう方法はただ一つ。


「走れ…がっはっ…走れ…マキバオぉぉぉえっっ!!!本命あなぅぅぅぅあっっっ…!」


 殴られ蹴られようとも走れマキバオーを大声で歌うことだけだ。


 誰かに届け俺のマキバオー。


「おい、そろそろやめないとやばいって」


 そう言うといじめっ子三人はトイレを後にする。


「はぁ…ちょい、大丈夫かお前」


「ほ、ほんとにありがとう。うん、大丈夫。俺、杉原。杉原智也すぎはらともや


「俺は浅岡沙星あさおかさとし。例には及ばねぇよ少年」


「同期…なんだけど。ははっ」


 杉原とかいうやつは笑った。


 あぁ、助かってよかった


 心の底からそう思った。



 その日から俺と杉原は、放課後には一緒に過ごすようになった。無論、これ以上杉原がいじめにあわないためにだ。


 どうしてイジメにあっていたのかは知らないし、気を遣って聞くこともできなかったが、その甲斐あって例の三人に目を付けられることはなくなった。


 そんな日がしばらく続いた12月の帰宅途中。

 

「んじゃな。杉原」


「うん。また」


 いつもの交差点で俺と杉原は別れる。


 寒い、寒すぎる。だがこんな日のこたつがまた格別。


 帰ってからの楽しみに自然に足が速くなる。


「なんだ…?」


 どこからか笑い声が聞こえた。


 ここらは人通りも少ない。


 俺は少し気になって、声がした方へ足を進める。


 たしかこっちって…


 その笑い声はちょっとした遊具があるだけの閑散とした公園からしたものだった。


 そこで目にした。


 妹のかえでが、同級生であろう三人組の男子に囲まれているのを。


「んだよ、このだっせぇやつ!ははっ」


 その内の一人は、倒れこんでいる楓の髪を掴みながら、いつもつけているピンクの髪留めを無理やり引き外そうとしていた。


 少し離れたここからでも楓の悲痛な顔が見てとれる。


 俺は全速力で楓のもとへ駆け寄った。


「楓っ!!!」


「おにぃ…」


「おぉぉいなんかくるぞ!逃げろっ!!」


 三人は楽しそうに高笑いしながら公園から走って出ていく。


 本当に遊び感覚で虐めていたのだろう。


「どこか痛まないか?!助けを呼ばないとダメだろ!」


 考えがまとまらない、とりあえず出血はなさそうだから今は…


「ごめんなさい、声を上げるのって怖くて…でも大丈夫、なんともないよ」


「んなわけっ…!」


楓は砂で薄汚れた笑顔を浮かべながら。


「ほんとに大丈夫だから…ね。ありがとう、おにぃ」


 その表情を見て、ぐっと言葉を飲み込む。


 俺は足元に落ちていたピンクの髪留めを手に取り、楓の髪にそっとつけた。


「ん。また…ありがとう」


 よく見ると、楓の足首は少し赤く腫れていた。


 ここで痛むか聞いても、きっと楓のことだ。


「ほら、楓」


 俺は屈んだまま楓に背を向ける。


「どうしたの、おにぃ…?」


「おんぶだよ。疲れたろ」


「でも、もう11だし恥ずかしいよ」


「誰も見てねぇから。ほらっ」


 楓はゆっくりとした動きで俺の背中に乗りかかる。


「重くても…言わなくていいからね…?」


「軽すぎるぐらいだっつの。もっと食べないとだな楓は」


「おにぃも痩せ型…肺気胸はいききょうになるよ…?」


「ほっとけ。ほんとどこでそんなことばっか覚えてくるんだよ」


「へへ…そう…?」


「ほめてねーよ」


 はにかむように笑う楓。


 楓の汚れた顔や服装が人目につかないよう、人通りの少ない道を通って家まで足を運ぶ。


 とりあえず、これからどうするか考えないとだな…


 しばらくすると、楓は背中で寝息を立てていた。


 その顔は決して安らかなものではなく、完全に疲弊しきっているように見える。


 なんでこうも痛々しいことばっか起きるんだ。

 

 寒さもいよいよの季節の中で、何かが変わっていくような予感だけがあった。

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