3話 一人だけで

 「…もう朝」


 お決まりで目を覚ましていたはずの6時45分のアラームより一つ遅い、6時50分のアラームで目を覚ます。


 カーテンを開けると、外は分厚い雲で覆われていた。


 いつもより外が暗い、通りで目覚めが悪いわけだ。


「一雨降りそうだよな、これ」


 学校までは自転車通学だ。忘れないよう、かっぱが入ったバッグを玄関に用意しておく。


 リビングに入ると、いつものように台所の前に立つ妹、かえでの姿があった。


「おー、いつにもまして寝癖がひどいねーおにぃ」


「寝癖がつかない男子高校生なんかいねーんだよ。もう朝ご飯できてるか?」


 人の髪を見てケラケラと笑っている楓を横目に、ダイニングテーブルの前に座りこむと、朝ご飯が卓上に運び込まれる。


「ほい、できてますよ」


「ども、んじゃいただきます」


 今日も楓の作る飯はうまい。


 俺も頑張って料理の練習はしたが、楓の上達スピードが半端じゃなかった。


 他の家事も手伝いはしてるが、主なことはやってもらっている。


 今思えば、昔から楓にはもらってばっかだな、俺。


「いつもごめんな」


「どうしたの?」


「あぁいや、今更ながら色々としてもらってばっかだよなー…ってさ」


 はぐらかすように、自分でもわかるくらい下手くそな愛想笑いを浮かべる。


「別に謝ることなんかないと思うけど…。変なの」


 様子のおかしい兄を見かねたのか楓はふふっと笑った。


 あれから、楓は変わった。


 いつも内気で引っ込み思案の人見知りだったのに、今は言いたいことははっきり言うし社交的にもなった。


 それもご近所から可愛がられすぎて俺が気まずくなるレベルだ。


 まぁおばさんたちから「おかえり」とかいう究極クエスチョンがとんでこないのは精神的に楽だからいいんだけど。


 あれ言われたときが一番脳が活性化するわ。


 ぼーっと考え事ををしながら黙々もくもくと箸を進める。


「ごちそうさまでした。んじゃもう出るわ」


「いつもより早いね。なにかあるの?」


「行きで雨降るのも嫌だから今の内にな」


 言いながら歯磨きをしに洗面台へ向かう。


「ん?でも今日は…まぁいいや。帰りに食器用洗剤買ってきてもらっていい?お徳用のやつ」


「うぃーす。っと、起きたのかヨミチ」


 洗面台に立つと、飼い猫のヨミチが足元にすり寄ってきた。


 キジトラでお腹の部分が白いもふもふなにゃんこだ。


 三年前に引っ越してすぐ、夜にダンボールの中でにゃんにゃこ鳴いていた子猫を母が拾ってきた。


 こいつ俺にはあんまなつかないくせに、腹が減ったときだけすり寄ってきやがる。


「はいはい、あげーからねーほら」


 俺も楓もヨミチに甘えられるとすぐに餌をあげてしまうので、年々と太っているような…


 歯ブラシを洗面台に戻して、制服のズボンについた猫の毛をとるため念入りにコロコロをする。


 そして、リビングから出ようとドアノブに手をかけて。


 そういや、そうだった。


 学校でバイトが禁止になった件、まだ言えてない。


 やっぱり早めに言った方が、いい…に決まってるよな。


「どうしたの?ドアの前で固まっちゃって」


「なぁ、楓」


「ん?」


「俺さ…その…」


 どういえばいい


「バイトを、だなっ…」


「あーもう大丈夫だよ!」


「へ…?なにが?」


「私はおにぃがどうなっても大丈夫だし。おにぃもきっと大丈夫だよ」


「はっ…まじでわけわかんねぇ」


「いいの。いってらっしゃい」


「…あぁ、いってきます」


 俺ひとりが、今もずっとあそこにいる。


 足先に残る感覚と、泣いている楓


 友達だったあいつの一言


 わかってる


 それでも


 俺だけがずっと苦しめばいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る