2話 間違った


「待たせたな多花栗たかりつ


「いえー私も今来たとこなんで」


 目をこすりながら、多花栗という女は答える。


「なにしてる浅岡、早く入れ」


 坂本先生の催促する声にはっとして、俺はのそのそと教室に足を踏み入れる。


 その女子生徒は、白シャツの上から黒のジャンパーを羽織っている。


 チャックはみぞおち辺りまでしか閉められていないため、肩まで羽織られておらず、完全に着崩されている格好だ。


 端麗な顔に肩まである深い黒の髪。少し鋭い目つきからは男顔負けのクールな雰囲気が醸し出されている。


 この顔立ちからは考えられないほど、悪目立ちしそうな服装のはずなのだが、俺にはとても似合っているように見えた。


「浅岡、今日からお前にはこの人助けを主な活動とする部活に入部してもらう」


 目の前の女の子のインパクトをもろに受けたことで、たった今脳内処理が追いつく。


「そそうでしたっ!どして学校で慈善活動なんてしにゃならんのですかい!?」


「愉快な人っすねー」


 おかげさまでなっ!!!


「察しが悪いな浅岡は。さっき食券の話をしたばっかやぞ」


「……んじゃわかりやすく具体的にお願いします」


 俺がいかにも不服そうな声で説明を求めると、坂本先生はこくりと頷いて。


「いいだろう。このお助け部で成果を上げることで、お前たちには食券が配られる」


「…それだけですか?」


「それだけや。これは生活に難がある生徒にだけ、顧問の私からこの部に推薦するシステムになっとる、バイトが原則禁止になったからな。その代替措置として、お助け部が設立されたわけやな」


 その部員であろう多花栗が気だるそうに、俺に向けて右手をあげながら。


「ってなわけだから。よろしく、えっと……おは朝だっけ?」


 あぁそうだよ出会って間もないのに仲良く出来なさそう速報が今入ったとこだよ。


 まぁ…もう話すこともないだろうし、どうだっていい。


 俺は坂本先生に向けて頭を下げる。


「俺の家のことを思って推薦してくれたのは、感謝します。けどすみません、人助けは…この部には入れないですす」


 そうだ


 人助けとかいう、何の意味も見いだせない活動なんて御免だ。


 バイトだって秘密裏に続ければ問題ねぇだろ。


「そうか…まぁこれはあくまで推薦やからな。浅岡が嫌だと言うのなら、こちらは止める理由もない」


「はい。失礼します」


 そう言い残し、多花栗にも軽く会釈をして教室を後にする。


 そのまま廊下を歩いていると、後ろから坂本先生が声を大にして言ってきた。


「推薦してからの締め切りは明日までやからな!!」


「…だから入りませんって」


 誰にも届くことのない言葉を俺は一人つぶやく。




「やっぱ、こうなったか…」


「そんなに人助けが嫌なんですかね?あんまり悪い人には思えないですけど」


「そういうわけではないんだよ。絶対に」


「まぁ…なんか悪いことしちゃいましたかね。例の暴行事件、あたしが起こしたわけだし。あと先生、あの人について一つ聞きたいことがあるんですけど…」

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