心の内弁慶な俺と人助け部室

りょーすけ

1話 浅岡沙星は心の内弁慶


 前の席の山根やまねが消しゴムを落とした。


 その消しゴムはコロコロと転がって、隣の席の岸本きしもとの足元まで行きつく。


 それに気づいた岸本は座ったまま体を横に倒すと、消しゴムを拾いあげ「はい」と言って山根に渡した。


 その親切な行為に山根は「ありがとう」、と微笑交じりに礼を言う。


 春の温かい斜陽を浴びながらふと思った。


 ここでもし、岸本が転がってきた消しゴムに気づいた上で、拾わなければどうなっていたのか。


 そうなっていれば山根含め周囲のクラスメイトは「いやガン見しといて、拾わねーのかよ」と心の中でツッコミを入れることだろう。


 しかしどうだろう。


 事の発端として、悪いのは消しゴムを落とした山根自身だ。


 たとえ意図的に拾わなかったのだとしても、岸本を責めるのはあまりに傲慢ごうまんであるように感じる。


 でも実際にこういった状況にあれば誰だって相手に不満を抱く。


 つまり相手が消しゴムを拾わなければ心中で非難するくせに、拾えば「こいついいやつじゃん」と好印象を抱く人間が大半なのである。


 人々は無自覚の内で優しさを強要していたのだ。


 そして、ここから導き出される答えは一つ。


 それは「親切は当たり前」だということだ。


 そう、


 人助けなんて全く何の意味もねーのであ~る。


 〖今この瞬間、デスゲームが教室で始まったら〗みたいな妄想してる方がまだマシだ。


 まず多くのクラスメイトが脱落しながらも、ラストゲームまで山根と岸本が生き残ったとするだろ


 ここまで裏で協力し合ってきた山根と岸本が互いを好きになっていて

 

 でも山根に今までにないピンチが訪れて


 そこを岸本が身を犠牲に山根を救うことで光の泡となって消滅して


 山根の足元にあの時、拾ってもらった消しゴムがコロコロと転がってきて


 どうしようちょっと面白くなってきた…



 くだらないことを考えているとチャイムが鳴り、六限の授業が終わりを迎える。


 続きは明日考えよっと。


 いつもの長い一日も学級委員長の挨拶と共に閉幕。


 あくびをしながら座りっぱなしで凝り固まった体をぐっと上に伸ばす。


 そしていつもの帰宅RTA更新目指して、とっとと教室を出ようとした時。


「おい、浅岡」


「げっ…」


 思わずベタな声がもれてしまった。


「まだ用も言ってないってのに、察しが良くて助かるわ」


 不敵な笑みを浮かべながら手招きするこの女性。


 日本史の教師であり、この二年二組の担当、坂本 愛奈さかもとあいな先生だ。


 スラッとしていて、正に華奢きゃしゃという言葉が似合う女性だ。容姿だけは。


「何が言いたいかはもう分かっとるよな…?」


猫のように鋭い目をこちらに向けてくる。


「はい、いえ、すみませんよくわかりません」


「入部の件に決まっとるやろ」


 お手元のAIのような反応に坂本先生は呆れ、こめかみを押さえる。


「浅岡だけやぞ、二年にもなって部活に入ってないやつは。今の今まで即帰宅かましてたんやからもうええやろ」


「まあ、そうかもなんですけど…」


 だめだ、この眼光とバリバリの関西弁が恐ろしすぎて目を合わせられないし言い訳の言葉も浮かんでこない。


 ここ私立不破ノ宮ふわのみや高等学校では部活は強制参加。


 俺は入学してすぐに唯一の文化部であるパソコン部に入ると、1ヶ月目でさぼり始め、半年経つ頃には幽霊部員と化した。


 たまにしか部活に顔をださないくせに堂々としてたもんだから一部からはOBだと思われていたらしい。


 つーかパソコン部のOBって何者なんだよ!


 部員のやつら絶対に「この人、大学で友達いねぇんだな」とか鼻で笑ってただろ。


 それはさておき、この状況をどうにか看破しなければいけない。


 いや待て、そもそもなんでアラサーの独身女性一人に怯えなきゃなんねぇんだよ。


 やれやれっと

 

 ひとまず今はくぁwせdrftgyふじこlp


「あ、あれですよあれ。今日は親友と肩を組みながら彼女と真っ青な海に行って、文化祭に向けてバンド仲間と練習する予定なんです」


「青春のワールドレコードでも目指しとんのか自分は。ならその親友と彼女とバンド仲間に断りを入れ次第、早くついてこい」


 そうきっぱり言い切ると、坂本先生は生徒からのさよならの挨拶に応えながら教室を後にする。


「あの要件だけでも…」


 聞いてから帰るんで…


 そんな俺のささやかな願いは虚しくも先生に届くことはなく、放課後の喧噪の中に溶けるように消えていく。


 人気ひとけのないところでシメられないよな俺…?



 ◇◇◇



「ついたぞ」


「…っずはぁ…はぁ…なんでC棟四階の、教室なんかに…?」


 息を切らして、項垂うなだれながら坂本先生に質問を投げかける。


「とりあえずその荒い呼吸を整えたらどうや」


 すげぇなこの人、県内の高等学校における敷地面積トップ5に入る不破ノ宮だぞ。


 それをA棟二階の中央にある教室からこのC棟四階の最果てにある教室まで、ズンズン歩いたのに息一つもらしてねぇ。


 100メートル全力疾走して脱水症状になる俺が貧弱すぎるってのもあるか…


 とりあえず息が整うまで、どうしてこんな辺鄙へんぴな場所まで連れてこられたのかよく考えてみよう。


 俺の入部の件と関係しているのはまず間違いないはず。


 でも、ほぼ全ての部室はB棟に密集している。


 そしてここC棟の三、四階は担当教科ごとに先生が集まる教室しかないはずだ。


 あーだめだわかんねぇ、それとも本当にここでシメられ…


「一応の確認なんやが、浅岡」


「はいっっ…!!」


「浅岡って、生活費が足らんとかでバイトしてたよな」


「え…?は、はい。でも今年から本学ではバイトは禁止とかになって…」


 先生の言う通り、俺の家は生活難にある。今は母と妹と小さなアパートで暮らしており、母は仕事で忙しくあまり家に帰らない。


 そのため毎月、母の給料からいくらか受け取ってはいるけど、満足に生活するには少し足りない。


 その不足分を埋めるためバイトをしていた。のだが…


 内の学生がバイト中に暴行事件を起こしたとかで、バイトは原則禁止となってしまった。


 というか坂本先生、気を回して誰もいないところで家の事情について訊いたのか…?


「そこでや。浅岡は私たち職員が食券を使って、ここの学食を利用してるのは知っとんな」


 坂本先生は今から立ち入るであろう教室のドアを一点に見つめながら問いかけてくる。


「えぇ、知ってますよ。僕も食堂はよく利用してますけど、坂本先生よくテイクアウトされてますよね。もしかしていないんですか?仲がいい…」


「そこでや浅岡」


 はえーよ。ぼっち飯がバレたくなかったのかナカ=ガイさんの話をしたくなかったのかわかんねぇレベルの条件反射だよ。


「お前…食券を使って、昼飯がタダの学校生活を送りたいとは思わんか?」


「タダ飯が具現化したらマスターボール使うでしょうね」


「おぉそうか。浅岡ならそう言うてくれると思った」


 一人うんうんと相槌をうつ坂本先生。


 あのすみません先生、まだ理解君が一周遅れで走ってます。


「そこでや。浅岡」


「あぁもういいっすよ『そこでや』はッ!」


 全く話が見えない…


 俺はため息交じりに言葉を続けた。


「あのもういい加減本題に…」


「ここで人助けをしてもらう」


 え?


「ゑ?」


 そう言うと坂本先生はドアを勢いよく開く。


 だからはえーよ


 今度は口に出そうになった


 しかし、この言葉が声になることはなかった


 先生の後ろ姿越しに見えてしまったからだ


 教室の中には、一人の女子生徒が突っ立ていた。

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