第26話 会場入り!

「ウチらの決戦の地へ到着じゃん!」


「到着したです!会場でっかいです!」


 きたる大会当日の早朝。俺たちは意気揚々と会場へたどり着く。薄手のジャージに身を包んだ羽月とみちる、元気印の両名がフライングして会場へ走り出していた。


「二人とも待てや!すみません部長、二人を捕まえてきます」


「あはは、頑張ってね」


 隣にいた部長に断りを入れてから、二人を目掛けて走り出す。はよう二人の首根っこを掴まえて、我が部の威厳を保たねばなるまい。幸いにも、自分たちはスポーツバッグを持参しているから普段に比べて動きが鈍い。これなら小回りが効かないから、案外簡単に捕まえられるのではないか。とりあえず一目散に二人を目掛けてスタートダッシュをきめる。


「そこを動くんじゃねえぞお!」


 いちはやく察知したのはみちるだった。


「羽月先輩、後ろから卓丸先輩が来てるです!」


「何ィじゃん!ウチらを連行する気じゃん!よし、みちるっち、フォーメーションⅤを発動するじゃん!」


「了解したです!」


 フォーメーションⅤだと。一体どんな動きをするつもり…。なるほど。Ⅴ字、つまり二手に分かれるだけか。なんとシンプルな。しかし、これが案外最善手だから困る。瞬時に俺は…、みちるを追うことにした。


「みちるぅぅぅ!待てやぁぁぁ!」


「わ。こっちにきたです」


 みちるは驚いたかと思いきや、ちょっと嬉しそうにしている。何でだよ。スポーツバッグをバホッバホッと揺らしながら、会場の方向へ逃げていく。マヌケな後ろ姿を追いながら、俺はほくそ笑んでいた。フフン。愚かなみちるめ。この会場、地の利は俺にある。こちとら去年も来てるんだから、おおよその構造は覚えてる訳よ。そして、みちるが向かっている場所は行き止まりになっていたはずだ。俺も去年、間違って入った所だからよく覚えている。行動パターンが一緒っぽいのは不服だがな。


「ほらほら卓丸先輩!追いついてみるです!」


 あーもう、煽っちゃって。みちるの現状は袋のネズミだというのに。人間、イキるとロクなことがないねえ。


「はーふー。こっちから行くです…って、あれ⁉」


「よっしゃ、かかったな!」


 案の定行き止まりだったらしく、みちるは急ブレーキをかける。慌てて俺に相対するように向き合い、悔しそうに表情筋を歪ませている。みちるのこういった顔は久しぶりに見た気がする。


「なんか卓丸先輩が、ここを通れないの知ってたみたいで腹立つです。というか、ニヤニヤしててキモイかもです」


「え、そんな顔してる?みちるがチョロくて、ついつい顔に出ちゃったか」


「んなぁです⁉」


 さっきのお返しとばかりに煽ってやると、いい反応が返ってきた。キモい発言にはそこそこ傷ついたけどな。追い詰めた以上、あとは確実に捕まえるだけだ。じり…じり…。逃がさないように細心の注意を払って近づいていく。


「くぅ、ここまでです?」


 落胆しているように見えるが、あれは演技だな。まだ、諦めていない。隙をついて、俺をかわすつもりだな。伊達にみちると幼馴染をやってないから。お互いに諦めの悪い性格なのはよく知っている。


「さあ、観念しな。あ、そういえばもう一人いるんだっけか」


 壁際までみちるを追い詰めた俺は、もう一人の逃亡者である羽月のことを思い出したをした。


「っ!今だです!こっちがガラ空きです!」


 これをチャンスと見たみちるが脱出を試みるダッシュを仕掛けてきた。だが、そんな動きは織り込み済みだ。いつも卓球してるときと違って、この場を支配しているのはこっちなんだよ。


「させるかよっ!」


 走りだそうとするみちるの目の前に、素早く平手を出す。平手は壁に当たり、タァンと乾いた音を響かせながら、みちるの進行を妨害する。


「うっ、それならこっちです!」


 踵を返して反対へ逃げようとするが、それも想定内だ。もう片方の手でさっきと同じように、タァンと壁を叩く。ほぼ密着するほどの距離で両サイドの退路を塞いだ。いくら俊敏なみちるでも、背中を壁に預けて前から押さえつけるみたいに左右を固められては身動きできまい。チェックメイトだ。敗者となったみちるの顔でも拝んでやるか。…って、あれ?


「なっ、なな何するですっ!あの、ちょっと?やぁ…。待ってタッ君…。ヤバいからあ。この距離はさすがに…。本当にゴメンだからぁ」


 しおらしく弱々しい女の子が、そこにはいた。さっきまでの悪ふざけの雰囲気はどこへやら。目尻を下げて視線はうつむき加減になる。頬を紅潮させて色っぽい。口もとをへにょへにょさせて「う~」と、か細く声を出している。胸の前で両手を握りこんで、プルプルと肩を震わせている。そんな怯えた小動物みたいな様相だと、俺が悪者みたいに見えてしまうではないか。普段の天真爛漫な姿とはかけ離れた嗜虐心をくすぐる光景だ。

 むむ、コイツこんなに可愛かったっけ?少し間があって俺が動かないのを不思議に思ったのか、こちらを見上げてくる。瞳はキラリとうるんでいて、眼差しは熱っぽい。先ほどまで走り回っていたのもあって、お互いに息が乱れている。周囲の音は、どこか彼方へ消えたかのような静寂。みちるの細くて甘やかの吐息と、俺の荒い呼吸のリズムが重なっていく。熱を帯びた空間から抜け出すことができない。距離をとるどころか、むしろ引き寄せられる。二人の間には確かに空間があったはずなのに、いつの間にやら体が密着していることに気づいた。みちるが壁に背を預けたままなことから察するに、どうやら俺の方から近づいたらしかった。


「ちょっと、タッ君?ねえ、どうしちゃったの?」


「悪いな。こうしないと、みちるが逃げると思ってさ」


 自分で言って、なんだその言い訳は、と呆れてしまう。


「逃げないよ、もう…」


「そ、そうか」


 それはよかった。みちるを捕まえるために、ここまでしたのだ。目標を達成したことに心の中で安堵する。そんな俺の胸元に、みちるが両手を添えて軽く押してくる。


「あっ。心臓ドキドキしてるね。少し落ち着こ。ね?」


 心地よい声音だ。着ているジャージは薄手で、みちるの手のひらを鮮明に感じ取れる。自分の心臓の鼓動が、みちるに伝わっている。早鐘を鳴らす心音を聞いてどう思われているのだろう。


「体ずらしていいよね。えい」


 みちるが脚を外側へずらそうとする。その際、ほとんど密着しているものだから、ジャージ越しに脚と脚が触れ合ってしまう。生じた摩擦熱が、受け取る体温が愛おしい。まだ、早朝。肌寒い中で得た温もりを手放したくなくて追いかけてしまう。スリスリスリ。年下の女の子に脚を擦り合わせる光景は、いささか恥ずかしいものかもしれない。でも、体が勝手に反応するのだから仕方ないではないか。


「ねえ。タッ君、甘えないで。ほぉら」


「いいじゃん、別に。ってか、みちるだって動いてるじゃんか」


 言葉とは裏腹に、今はみちるの方から擦り付けてくる。さっきまでとは打って変わって柔らかな笑みをたたえながら、しきりに脚をスライドさせる。続けて脚を絡めて、押し付けてくる。温もりを全体に浸透させるようにあてがわれる。丁寧に、ムラなく。意識を集中させると、多幸感でいっぱいになる。


「俺もう、力抜いてるから。いつでも逃げられるはずなんだけど」


「んー?なんか言った?」


 ジト目で挑発的に、こちらを見上げてくる。もう少しだけ、あと少しだけ。心のおもむくままに身を委ねてしまおうか。ゆっくりと目を細めたときだった。


「あー!マルマルがみちるっちにセクハラしてるじゃん!」


 ビクリと体が跳ねてしまう。振り返ると羽月がこちらを指さしている。信じられないものを見たという表情で、俺とみちるのいる場所へかけ寄ってくる。


「羽月先輩~。助けてです~」


「よしよし、怖かったじゃんね~」


 へなへなと滑り落ちるように俺の拘束を抜け出て、羽月のもとへと歩を進めるみちる。


「えぇ…。みちるまでそんな感じだと言い逃れできないのだが…」


「当たり前じゃん!みちるっちから離れるじゃん!」


 ガルルルと威嚇する羽月は相当に怖い。結局、みちるとは距離をとって会場入りすることとなった。ぐぬぬ。

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このラスボス系ヒロイン、俺が育てました さいりうむ @massura

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