第25話 高校生のみちる

 春の穏やかな陽気が鳴りを潜める夕暮れ時。薄暗くなる空が1日の終わりを告げるなか、今日も世界から隔離されたかのように明るい公民館のホール。あたしとタッ君は、大会の前夜に当たる大切な時間を、相も変わらず練習漬けの試合祭りで過ごしていた。肌を伝う汗も悪くない気分だ。あたしにとっては卓球という競技と距離をとってから3年、いやほぼ4年ぶりの公式戦ということになる。小学6年の序盤で卓球を辞めているので、やはり4年ぶりといっていいだろう。


 どんなプレイヤーと対戦するのだろう。ウチの部の先輩方もなかなかに特徴的なプレイヤーが多い。けど、世界は広いし、それを語るにはあたしの知見は少なすぎる。ブランクもあるから流行りのプレースタイルなどもあまり知らない。タッ君と一緒に深めてきた技術には信頼を寄せているが、フタを開けてみるまではわからない。どれだけ自分の力が通用するのか、怖いけど一方で楽しみでもある。期待と不安がないまぜになった感覚は、つい先日の入学式を彷彿とさせる。今でさえ、喜びとも違う高揚感に晒されたあたしの心と体は、本番当日、つまり明日にはどうなってしまうのだろうか。もやもやもやもや。


「らしくない顔してんなよ、みちる。そんなスキだらけじゃあ俺が勝っちまうぞ」


 ガラ空きになっていたあたしのフォアに、スマッシュを叩き込んだタッ君は不思議そうにしながらも、こちらを煽ってくる。いつもなら売り言葉に買い言葉で反撃のラリーを始めるところだが気分がノってこない。タッ君はそんなあたしに、なんでもないふうに聞いてきた。


「緊張してんのか?」


「緊張…してるのかなあ…」


「あれ?違うの?」


「えー、どうなんだろうね。まあ、でも、少しは」


 小首をかしげるタッ君。あたしもそっちの立場なら同じ反応しちゃうな。しかし言葉にしてわかったけど、今ある心のわだかまりは緊張とは違うように思える。


「タッ君はさ、あたしが大会に出ることについてさ、どう?」


「え、どうって何?どういうことだ?」


「いやあ、ほら。あたしって卓球に対して壁つくってますーって感じだったじゃん?そんなあたしが一歩踏み出したと言いますか、つまり、タッ君先輩から見て今のあたしってどんなもんでっしゃろうか」


「どんなもんでっしゃろうかって…。でも、そうだよな。みちるなりに決断して大会に臨むんだからエラいなって思うぞ。あ、もしかして褒めてほしいのか」


 茶化すように言ってくるタッ君にいつもと変わらない人だなと思いつつ、自分がどんな言葉をかけてほしかったのかという正解もない。さて、何と言ったものか。


「じゃあ、タッ君は明日の大会でどんなあたしが見たいかな?」


 言いながら、どういう質問?って自分で思ってしまった。でも、するりと自分の口から出るあたり、自分の本音なのだろう。


「そりゃあ、みちるが勝つところだよ。え、それ以外にある?」


 さらっと言われてしまった。この男スゲエな。


「もちろん勝つつもりだよ。でも、あたしってほら、復帰戦だから、ベストを尽くせーとか最後まで諦めないーとかでもいいじゃん。それでも勝ってるあたしが見たいの?結果が全てなのかな」


 少ししおらしく言葉に並べてみた。これでタッ君がどう返してくるのか知りたくて、あえてそうした。


「そうだ。結果が全てだよ。それは誰よりもみちるが一番こだわってきたところだろ。散々俺に屈辱を叩き込んできた奴が今さら何を言ってるのかって感じだね。…だからさ、見たいんだよな。みちるが勝って笑ってるところ。そうしたら、みちるも俺もハッピーになれるじゃん」


「嬉しいよ、タッ君。そう言ってくれて」


「へ?」


 欲しい答えをもらえた気がした。あたしにとっては勝つことが一番大事なんだ。楽しいなんて感情は勝ったときにオマケでついてくるものだ。負けるのは辛い。なによりタッ君に教わった技術が否定されてしまうじゃないか。


「ちなみに、みちるはどうなんだ。俺が勝つところ見たいか?」


「もちろん見たいよ!そのために一緒に練習してきたんだから」


「お、そうか!やる気でてきたあ!こういう励まし合うのいいな」


「でしょでしょ。先に言ったのはあたしです」


「確かに。ナイスみちる」


「へへ~ん。…うん、タッ君が勝ってるところもいいね。でも、あたしはタッ君が勝つのを見るよりも、あたしが勝つところを見て欲しいかも」


「ほう、その心は?」


 一度、目を閉じる。もやもやの正体が鮮明に浮き上がってくる。これは、あたしが大会に出る理由。もっと言えば、あたしが卓球をする根幹なのだろう。目を開ければタッ君があたしの答えを楽しみにして待っている。そんなタッ君の柔らかな表情を見てハッキリと答えが見えた。


「タッ君、あのね」


「うん」


「あたしはしたい!タッ君との日々の練習を!勝利で得た自信を!全部証明したい!勝つことで!それをタッ君に見てもらって知ってほしい!あたしが強いことを、いつも一緒に打っている奈鬼羅みちるが、ちょー優良の練習相手であることを!そして、あたしをここまで強くしたのが他でもないタッ君なんだって知ってほしい!だから勝たなくちゃ。ただ勝つだけじゃない。タッ君にスゴいって言ってもらえるようなプレーをいっぱいいっぱいするから!それで大会が終わったらタッ君とまた打ち合うんだ!あたしの価値を証明して、あたししか見えなくしてやる!タッ君、あたしから目を切っちゃダメだからね!」


 正面から見据えるタッ君は、あたしの宣言に驚いたのだろうか。なかなかに面白い表情をしている。目を見開いて口をへにょへにょさせている。見たことない顔だ。ちょっと顔も赤いかも?…へぇ、こんな顔もするんだ。


「お、おう、任せとけ」


 声、ちょっと上擦ってるし。かわいいなあ、もう。


「じゃあ、試合再開だね。いくよ」


 ここから勢いを取り戻したあたしが、逆転で勝利を収めたのだった。

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