第24話 風香の素質3

 2組の新ダブルスは、打ち始めてからすぐの段階では入れ替わる動きがもたついていたが、今しがたまで組んでいた凛さんと風香さんが動きの基本を教えたことで様になってきた。俺自身もダブルス現役組なので、ちょくちょく口を挟んだ。教える中でやはりというか、みちるの飲み込みの早さには感服してしまう。ダブルスの空気感に入っていけている。


「そろそろ軽く試合をしたいです」


 言うや否や俺の元に運ばれてくるスコアボード。どうも、審判の滝川卓丸です。よろしくお願いいたします。


「リンリン先輩、サイン交換ってどうやるじゃん?前からカッコイイなと思ってたじゃん。せっかくだか、やってみたいじゃん」


 形から入るタイプの羽月であった。


「私たちもサイン交換する?」


「んー、大丈夫です。サーブ打つ前に、何を打つかだけ教えてほしいです」


「そうね。急にサインつくっても、サインミスする可能性もあるから、その方がいいわ」


「えへへ、やっぱり風香先輩とは気が合うです」


 しかし、みちるは上機嫌だな。風香さんに懐いているのは知っていたけど、これほどとは。自分が風香さんとダブルスするために、凛さんと羽月を組ませたとかないよな。考えすぎか。否、みちるなら有り得る。


「みちるも皆さんも、時間的には1セットできるかどうか位なので、そろそろ始めちゃいましょうか」


「確かにです」


 俺の発言でやっと始まりそうだ。女子はトークし出すと止まらないからね。どこかで切らないと。


「…では、早速」


 出来立てホヤホヤのサイン交換を羽月と行った凛さんがサーブを出す。初期の選手配置としては凛さんとみちるが、それぞれ前陣に入っている。羽月と風香さんは後陣で構えている。そこから1球ごとに入れ替わりながら打っていく。どちらが打ってもいい訳ではないのでダブルスは難しい。試合が始まり、記念すべき1球目は羽月がミスしたことにより、みちる・風香さんペアの得点になる。さらに3本連続で羽月のところでラリーが途切れた。凛さんと風香さんはダブルスをしていたのでまだ分かるけど、みちるが普通に打てているのはおかしくないか?なんでついていけるんだよ。


奈鬼羅 みちる 4-0 林 凛

猿渡 風香       羽月 羽月


「リンリン先輩、ごめんなさいじゃん。ダブルスって外から見るのと実際にやるのでは全然違うじゃん」


「…最初はこんなものですよ。…奈鬼羅さんがおかしいだけです」


 そう言わしめるだけの順応を見せている。派手さはないが、以前からダブルスをしていたかのような身のこなしである。


「エヘヘ、卓丸先輩から熱い視線を感じるです」


「ちょっと、みちるちゃんが集中できてないわ。卓丸君はみちるちゃんを見るの禁止よ。妨害行為だわ」


「えぇ…一応審判なんですけど」


 冗談はさておき試合続行。…冗談だよね?俺の不安をよそに明瞭な球筋がコートを一閃した。ラケットを振り抜いた風香さんと目が合う。にひ、と白い歯を覗かせながらいたずらっぽく笑う。


「代わりに私のことは見ていていいからね。卓丸君」


 つくづく我が部の女子は強気な方が多いことで。


「ズルいです!あたしも卓丸先輩にアピールするです!」


 趣旨変わってない?アピールも何も卓球に芸術点みたいなシステムはないですからね。でも、選手として目立ちたい本能は自分の中にも存在するかも。


「…羽月さん、戦い方を変えましょう。…自分が羽月さんのスタイルに合わせます」


「いいじゃん?なんだか申し訳ないじゃん」


 このままではまずいと思ったのか、凛さんと羽月ペアがひそひそと相談する声が聞こえた。


「…いいんですよ。…本来、今やっていることも慣らし運転というか、勝ち負けは関係のない打ち合いですから」


「確かにじゃん。…ん?でも、それだと戦い方は変えずにやった方が慣れやすいんじゃん?なんかリンリン先輩の言ってること矛盾してる気がするじゃん」


「…フフ、そうかもしれませんね。…待たせているので打ちましょう」


 改めて向き合った両ペア。羽月のカットサーブから始まる。受ける風香さんは、すぐさまドライブして攻撃に転じていく。ここからの流れは、今までと同様に打ち合いになるのだろう。しかし、俺の予想は裏切られることになる。


「…フッ」


 凛さんはコートから距離を取って下回転をかけ直した。1拍おいて、ボールがシュルルと鳴りながら返ってくる。これは…もしかしなくても凛さんが羽月に合わせてカットマンの動きを取り入れている。案の定、羽月もカットで繋いでいく。こちらは本職としての意地がある。凛さんが羽月の模倣である以上、羽月はオリジナルとしての技術を見せつけていく。


「そういうことじゃん…!」


 羽月は静かに口角を上げる。打ちながら笑えていることに彼女自身は気付いているだろうか。程よい力感で切ったボールが凛・羽月ペアの初得点をもたらした。


「まさかの戦術ね。驚いたわ」


 素直に感嘆の声をあげる風香さんとは対照的に、みちるは腕を組んで頷いていた。ドヤ顔で。


「まさか、これがみちるの狙いなのか?」


「そうです!カットマンダブルスを見てみたかったです!もちろん、お二人なら他のプレースタイルも可能だけど、ダブルスでカットマンが相手になるのは結構な奇襲だと思うです。もっと打ちましょうです!」


 大胆なことを考えたものだ。ダブルスを行う上で、対戦相手がカットマン×2だなんてなかなかに珍しい。想定の範囲外にいる相手には、新たな対策を講じなければならない。対戦相手は如何なる手が有効か悩み、己のプレースタイルを崩すペアも現れるだろう。


「ダブルスでもカットマンとしてプレーできるなんて、思いもしなかったじゃん。リンリン先輩とのペアが楽しくなってきたじゃん。リンリン先輩、ありがとうございますじゃん!」


 凛さんは嬉しそうに微笑む。


「…どういたしまして。…羽月さんにもダブルスの楽しさを感じてもらえれば、自分も組んだかいがあります。…でも、まだまだ未完成なのでどんどん打ちたいですね」


「もちろんじゃん!」


「お二人とも、いきますです!」


「私たちも負けていられないわ!」


 ボルテージの上がったコートで一進一退の攻防が始まった。ボールの弾む音も、次第に激しさを増していく。


「…自分がカバーしますから、何も考えずに打っていいですよ」


 凛さんは自分から主動するのではなく、あくまでも羽月のサポートに徹している。一方の羽月は決して攻撃的な卓球を信条としている訳ではないので、波長を合わせにいっていると解釈した方がいいかもしれない。器用な凛さんだから出来ることであり、その間にも羽月とのダブルスで新たな刺激を受けていることだろう。何より集中できている。対戦相手への意識もさることながら、羽月の動きを逐一視界の端で捉えては最適解と言える動きへ繋げていく。ダブルスが好きで研究しているからこそ、新しい相方にも興味が持てるのだろう。


「嬉しい限りじゃん。でも、甘えっぱなしは性に合わないじゃん」


 正直、羽月はまだまだだよなあ。急に始まった即席ダブルスなので当たり前なのだが、端的に言って動きが硬い。凛さんに促されたこともあって、普段通りをイメージしたカットマンとしてのプレイングだ。打つ瞬間は問題ないけど、足運びが拙く一連の動きの中で一人だけ取り残されているような印象を受ける。しかしながら、個人技に集中している分、多種多様な攻め手で相手に揺さぶりをかける。ラリーの基点が羽月であり、ゲーム状況をつくっているのも羽月だ。堂々と打っているからこそ、凛さんも躊躇わない。自然と息が合っていく。


「今のコースをよく拾えたわね、みちるちゃん。ナイスよ」


 こちらは風香さん。はつらつとしたプレーを見せてくれている。いつもは凛さんの調子に合わせてプレースタイルを変えるほど、もともとがダブルスに力を入れている傾向にある。相方が変わっても、さほど困惑することもなくダブルスを楽しんでいる。そんな様子がこちらに伝わってくる。みちるを含め、皆が目の前の1球1球に集中しているのに比べると、どこか余裕を感じさせる。前から思っていたが風香さんの場合、シングルスよりもダブルスの方が堂々と打てている。やはり相方がいることで、気持ちが大きくなっているのだろうか。本人の自己評価に反してプレーしてみると、相方の影に隠れるどころか、むしろ得点に絡む一打は風香さんが決めていることが多い。みちるが風香さんとダブルスをするのは、この辺りのアグレッシブさを買ったのだろうか。後で話を聞きたいものだ。興味がある。


「風香先輩が合わせてくれるから、すごくやりやすいです!」


 かく言うみちるは普段と変わらない様子だ。変わらないということが俺には、あまりにもおかしいと思えた。こと卓球において、ダブルスはシングルスと比べて、ただただ足枷が増えているだけであるからだ。ボールを打つのは交互と決まっているうえに、1対1でのプレーでやっと丁度良い広さのコートに、わざわざ2人ずつ配置される。これがテニスのダブルスであれば、どちらのプレイヤーが打ってもいい。さらに広いコートの抜け穴をペア同士が補い合うことで消費する体力も抑えられる。卓球のダブルスには、これだけの利点はない。だから、シングルスとダブルスで動きに変化がないなんて利にかなっていないんだ。それなのにだ。みちるは最短距離でボールに追い付く。窮屈になることなく、いつもの軌道でラケットをスイングする。必要最低限の動きで、次を打つ風香さんにコートを明け渡す。その体運びが自然で、シングルスでも同じだったのではないかと勘繰ってしまう。結果、未だに2人が接触することはない。風香さんが適切な距離を保ってくれているからこそ、許される蛮行と言っていい。パートナーにストレスを与えてプレーが乱れてしまうなら、こんな動き方はお話にならない。お互いへの信頼が何よりモノを言う不平等な関係のコンビだ。


「ちなみに、キツかったらあたしも動くですよ?」


「必要ないわ。キツくないダブルスなんてつまらないじゃない」


 みちるは分かっている。分かったうえで、やっている。己を主軸に置いた格差のあるダブルスにこそ、光明はあると直感しているのだろう。みちると過ごしていると、ときたま思い起こされるが女の勘というのは恐ろしい。それに度胸も。いくら接しやすくて優しい風香さんとはいえ、みちるから見たら2個上の先輩だ。よくぞ、思い切れる。踏み込める。実行できる。


 奈鬼羅 みちる 11-6 林 凛

 猿渡 風香        羽月 羽月


 1セット終わったところで、本日の練習時間も終わりを迎えた。即席にしては内容が充実していて、彼女たちのスペックの高さを再認識させられた。流石に明日の本番で披露とはいかないだろうけど、その未来を見てみたい自分がいるのも事実だ。


「初めてのダブルス、めっちゃ楽しかったじゃん!また、この組み合わせで打ちたいじゃん」


 充足感に満ちた表情で皆に笑いかける羽月。


「…今までになかった角度からダブルスを感じられました。…明日のダブルスも頑張りましょうね、風香」


 凛さんの声には明日への意気込みが感じられる。


「頑張ろうね、凛ちゃん。私的にはみちるちゃんとのダブルスも楽しかったっていうか、アリだなって思えたわ。また、みちるちゃんと組むのも楽しみにしてるわね」


 風香さんは、みちるとのダブルスを相当に気に入ったらしい。


「はい!また組んでくださいです。風香先輩とのダブルスは、自然と息が合って楽しかったです」


「ん?じゃん?」


 鋭く異変に気付いた羽月の指摘に、当のみちるは「あっ」と声を漏らす。どうやら失言だったらしい。つう、と頬を伝うのは冷や汗かもしれない。


「や、違うです。変な意味はないです。間違えたです」


「まだ何も言ってないじゃん…。露骨にうろたえてるじゃんね。そんな反応されると深掘りしたくなるじゃん」


「うぅ、羽月先輩がイジワルです。卓丸先輩、助けてです」


「断る。俺もみちるが何を目論んでいたのか、興味がある」


「私も興味があるわ。私に関する話っぽいし、私が知ることこそが道理じゃないかしら」


「…自分も聞きたいです」


 瞬く間に四面楚歌に追いやられたみちるは、恨みがましそうに俺に視線を送ってくる。いや、俺は悪くないだろうに。


「みちるっち~、観念して話すといいじゃん」


 黙秘していたみちるに羽月がにじり寄っていくと、どうやら話す気になったらしい。頭をポリポリかきながら事情を説明する。


「まあ、少しばかり今日にダブルスの組み合わせで、自分のやってみたいことをやってみた感じです。あたしは風香先輩とダブルスしてみたいって、かねてから思っていたです。自然な流れで実現するなら、凛先輩と羽月先輩に組んでもらって、その相手としてなら、あたしと風香先輩が組めるって考えです。あの、先輩方は怒ってるですか?変なことしてごめんなさいです」


 バツが悪いらしく視線を右往左往させながら、おずおずと頭を下げた。これを受けた俺たちは、互いに顔を見合わせてから同じ結論に至る。代表して凛さんが、みちるの顔を覗き込みながら言った。


「…顔を上げてください、奈鬼羅さん。…別に怒ってなんていませんよ。…さっき風香たちも言っていた通り各々にとって意味のある練習でしたから。…だから、大丈夫ですよ」


「凛ちゃんの言う通りよ。私としては、むしろ選ばれて光栄なくらいだし」


「全くじゃん。てか、フーちゃん先輩が羨ましいじゃん。ウチもみちるっちとダブルスしたいじゃん」


「そういう訳だ、みちる。気にすることは何もないぞ」


 ホッとした表情になったみちるだが、それでもペコペコと会釈する。


「ウチともダブルス組むじゃ~ん」


 口を尖らせた羽月がウリウリ~といった感じでみちると肩を組んだ。先輩風を吹かせているつもりだろうか。みちるも嬉しそうにしているし良い雰囲気だ。あ、羽月のヤツ、流れるようにみちるの背中に乗っかった。先輩が後輩におんぶをされにいくなよ…。みちるは体躯こそ小さいが羽月を背負えている。左右の羽月を振ってもてあそんでいた。2人とも「「うあー」」と意味もなく声を出して揺れている。かわいいな、コイツら。


「みちるっちよ~。どうして~。ウチより~。フーちゃん先輩を~。選んだじゃ~ん」


 揺られているので、言葉を途切れさせながら問う。


「あ、それ、俺も気になってた。羽月に限らずだけど。凛さんや他の女子もいる中で、風香さんを選んだのはどういう理由があるのかなって」


「ねえ、私、遠回しにディスられてないかしら」


「…口を慎んでください、滝川君」


「違いますって。そんなつもりで言った訳では」


「マルマルサイテーじゃん」


「ぐ…風香さん、すみませんでした…」


 先ほどのみちるよろしくペコペコ会釈する俺であった。そんなつもりはなかったのだが、傷つけてしまっては謝る他ないだろう。マジでこういうデリカシーのないところは直さないとなあ。でも、流れ的には必然の発言だと思うけどなあ。んー、羽月にハメられたか?


「それはそうと、私を選んでくれた理由は普通に知りたいわね。教えてくれないかしら」


 平然を装おうとしているがワクワクを隠しきれない声色がみちるに向けられる。てか、結局聞くんですか。俺をとっちめてからやり直すとかズルくないすか、と思ったけど口には出さないでおいた。


「うぅ…ちょっと恥ずかしいけど、まあ、うーん。…うん、はい、言うです。風香先輩は視野が広いから守りから攻めに切り替えるタイミングが抜群に上手いです。だから、風香先輩とダブルスをやったら絶対楽しいだろうなって確信していたからです。ウチの部の中では戦略の引き出しも1番多そうだし、コミュニケーションも取りやすいし、いいなって。あと、風香先輩とあたしならタイプ的にも合うだろうなって」


 この賛辞を交えた返答を受けて、風香さんの口元がモニョモニョしている。喜びを押さえ込もうとして変な表情になっている。俺、凛さん、羽月からの視線に気付いた風香さんはプイッとそっぽを向いた。風香さんからすれば2つも学年が下のみちるだが、風香さんだけでなく部の誰もがみちるの強さを認めている。そのみちるに自らのプレースタイルを肯定されたとあって、コントロールできないほどの感激が押し寄せているに違いない。


「…良かったですね、風香」


 凛さんが風香さんの肩をポンポンたたきながら言うと、小声で「そうね」と短く答えていた。


「確かにフーちゃん先輩って、対戦する度にいろんなパターンで攻めてくるイメージがあるじゃん。それがハマるかどうかは別としても、毎度警戒せざるを得ないじゃん」


「そうだな。みちる的には風香さんとならダブルスでシナジー効果があると踏んだ訳か」


「というよりも、簡単にダブルスとして成立するからです。ほら、あたしと風香先輩って、全く同じプレースタイルな訳です。同じくなら役割分担もいらないし、何も考えずに打てるですから。ダブルス初心者のあたしにはうってつけの先輩だったです」


 凛さんと羽月のカットマンダブルスがそうであったように、みちると風香さんも各々が同じ戦い方を選んでいたらしい。いや、違うな。カットマンダブルスの方は凛さんが羽月のプレースタイルに寄せていた。合わせていた。どうしても多少のムラは出る。みちると風香さんの場合、お互いは合わせているのではなく、根っこの部分の考え方が同じなので、もともとが同じところに属しているということだろうか。もしかすると2人ともシングルスで打っている感覚に近いかもしれない。当人ではないから分からないけど。まあ、それはさておき、そもそものところ…。


「あの、1ついいかしら。私とみちるちゃんって同じプレースタイルなの?」


「それ、ウチも気になったじゃん。同じっぽいイメージ、あんまりないじゃん」


「…自分も同意見です。…大きなくくりで見れば同じプレースタイルかもしれませんが、全く同じというにはいささか違和感があります」


 みんなが言う意見はもっともで俺も同じ意見だった。みちると毎日打っている俺からしても、風香さんっぽさを感じたことはない。逆もまた然りで、風香さんからみちるっぽい雰囲気を感じたこともない。訝しむ俺にみちるが近寄ってくる。こちらの耳元に愛らしい小さな顔を持ってきて、俺にだけ聞こえる声量で言った。


「タッ君なら分かるはずだよ。風香先輩は、2のあたしと同じプレースタイルなの」


 2年前。回想する。俺とみちるがいつものようにしていた試合。ちょうどその辺りから2人の力量が逆転し始めた。当時のみちるの卓球はというと、なるほど確かに。今の風香さんのように相手の考察をして、その都度攻め方を変えていた。相手といっても俺しかいないのだが。そんな俺はというと、みちるを驚かせてやろうと様々な攻撃パターンを見様見真似で己に落とし込んでいた。攻撃手を変える度に如実に反応を示すみちるは見ていて飽きなかった。だが試合する中でみちるは攻略法を見出だしてくる。ことごとく用意する壁を超え続けた。こちらは勝つことが目的ではないので、どれも付け焼き刃の50点程度の戦法だった。壁というよりはハードルくらいにみちるは思っていたかもしれない。こんなことを繰り返して、みちるが自信をつけたところで本気を出して完勝してやろうなんて、今にして思えばダサい計画。実行したときには、みちるは俺より強く成長していて、試合で分からせられたのは俺の方だった。舐めプ、良くない。かくして今のみちるの卓球スタイルが形成された。


「あー。そういう意味なら納得だ」


 俺がウンウンと頷くと女子たちが不服そうに視線を飛ばしてくる。


「えー!なんでマルマルだけ教えてもらえるじゃん。ずるいじゃん!ひいきじゃん!ウチたちにも教えてほしいじゃん!」


「話題の中心は私のはずなのに、私でもダメなのかしら。卓丸君、私にくらい教えてほしいわ」


「…自分は知らないままでもいいので、せめて風香には教えてあげてください。…いえ、やっぱり知りたいですね」


 無茶を言わないでほしい。この話は今から2年間、死に物狂いで練習してようやくみちるに追い付けるかもしれないという話だ。今の風香さんがすぐにどうこうなれる訳しゃない。そんな話を舞い上がった状態の風香さんにしてみろ。落ち込むこと請け合い。ぬか喜びもいいところ。典型的な上げて落とすってヤツだろ。伝えられるか、ンなもん。


「あたしは伝えるかどうかは卓丸先輩に委ねますので。皆さん、卓丸先輩の方に質問はお願いしますです」


「あっ、みちる、てめっ」


 こうして俺は口を割ることの許されない質問攻めを受けることになった。トホホ。しかし、風香さんにそれだけの素質があることは事実なのだ。長所を伸ばす練習をすれば、もしかしてみちるより…。いや、考え過ぎか。




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