第20話 ラスボスvs羽月 羽月 3

「…客観的に見て、奈鬼羅さんは疲れが出てきていますね」


「やっぱり、凛さんも分かりますか」


 みちると羽月による試合は、あと1セットをみちるが取れば勝利というところまで来ていた。セット数は一方的だが、試合内容をみると別段みちるが圧倒している訳ではない。リードだけは保っているため、危なさこそ見えないが、果たしてどうなるか。


 ② 奈鬼羅 みちる 6-5 羽月 羽月


 俺と凛さんは練習しながら、合間合間で2人の試合をチェックしていた。相も変わらず、羽月のカットとみちるのドライブによる応酬が繰り広げられている。変わった点があるとすれば、みちるのチキータが解禁されて以降、羽月はロングサーブを頻繁に出している。チキータを封殺していると言えば聞こえはいいが、実際のところ、打つ手がそれしかない。単調なサーブから粘るだけの組み立ては、らしさはあっても明らかに弱体化している。


「やはり、チキータが出てから試合の様相は、大きく変わっていますね」


「完成度はさておいて、チキータなら自分も使いますね」


 こちらに向き直る凛さん。構えているから、打ってこいということだろう。多分、チキータを打ちたがっている。バック前におあつらえ向きのサーブを打つ。凛さんはスラリと伸びた身体を適度にたたんで、宣言通り?のチキータでレシーブした。さすがに予告されているので、俺は打ち返すことに成功した訳だが、凛さんがむくれていらっしゃる。えぇ…。


「いや、出来てましたよ、チキータ。そんな顔しないでくださいよ」


「…まあ、いいですけど」


「チキータはさておいて、みちるに疲労が見えるって話でしたよね。アイツ確かにへばってますね」


 凛さんがサーブしてきたので、卓球に集中し直す。好みのコースにボールが来たので、回りこんでドライブの体制に入る。この時、隣のコートでみちるも同じようにドライブを打とうとしていた。偶発的に、俺とみちるは同時にドライブショットをした。結果、俺のドライブは、コースに決まって成功。みちるのドライブは、コートをオーバーして ミスとなった。何となくみちるの方を見ると目があった。


「あ、タッ君…」


 息を整えながら、何か言いたげにこちらに視線を送ってくる。そんなみちるを、俺は


「ハンッ」


 鼻で笑ってやった。


「?! お、覚えてろです!」


 捨て台詞を吐いて試合に戻っていった。


「…滝川君って、奈鬼羅さんに対して優しいかと思っていましたけど、実はそうでもないですよね」


 ジト目で見ながら呆れたように言われる。


「みちるに対してですか?面倒は見てるかもしれないけど、優しくしてる感覚はないですね。悪友みたいな感じって言えばいいんでしょうか。そんな感じです」


「…悪友ですか。…近いのか、遠いのか、難しいところですね」


「? まあ、近いとは思いますけど」


 話ながらも凛さんは、2人の試合を見ている。こっちが答えているのにズルくないですか?俺も凛さんにつられるように試合に、試合に目を向ける。

 羽月がコースに振り分けながら、カットマンとしての粘りを見せていた。だけど、揺さぶりが単調で全く裏をかけていない。決まったコースに球出しをする、システム練習を彷彿とさせた。かたや、余裕ができたみちるは、己のリズムで、ボールを強打した。みちるのポイントとなる。視線を戻すと凛さんが、羽月よろしくバックサーブの構えをとる。こっちも練習再開っと。


「…少し、羽月さんを模倣してみますね」


「お、マジですか」


 カットマンの動きをしてくれるってことか。凛さんは器用だからなあ。人のプレースタイルを取り入れるなんて、随分難しいはずなんだけど。俺は俺でドライブをメインにしなければなるまい。ツッツキで耐久ってタイプでもなし、目指すのは攻める卓球だからな。


「…それでは、いきます。…じゃん」


 かわっ!えっ、可愛いっ!何も羽月の口調までマネする必要ないでしょうに、凛さん自らやってくれた。頬が紅潮していて、恥ずかしそうにモジモジしている。そんなにテレるならやんなきゃいいのに。何が凛さんを突き動かしたんだ。しっかし、上級生だけど、この生き物はなんだってんだ。メッチャかわいい。


「メッチャかわいい」


 やべ。口に出しちゃった。


「…あぅ。…やっぱり今のナシです。…気を取り直していきますね」


 1つ、息をついた後、バックからカットサーブを打ってきた。凛さんの一挙手一投足は、模倣すると宣言しただけあって素晴らしい。羽月の動きがダブって見える。特に視線の動かし方が上手い。ボールを目で追うところなんか羽月そのものだ。あまりの再現っぷりに芸術すら感じてしまう。


「う、しまった」


 一瞬反応が遅れてしまった俺は、レシーブに失敗してしまった。ボールを凛さんに返す。


「…フフ、自分に見とれましたか?」


 満足げに凛さんは、ボールを受け取った。


「いや、違くて、凛さんの動きに見とれてました」


 そう言うと、目を見開いてボールを落としてしまった。わたわたとボールを拾いにいく姿が、少し可笑しく思えてしまう。


「…あの、滝川君。…それは、自分が言ったこととほとんど変わりがない気がして、その、大胆ですね。…全くもう、少しからかおうとしただけなのですけど」


 あれ、そうなのかな?そう考えたらこっちまで恥ずかしくなってしまう。


「な、なんかすいません。変なこと言ってしまって。練習しましょう!俺のせいで、打ち合うところまでいけませんでしたし」


「…は、はい、そうしましょう」


 変な空気を払拭するために構える。改めて凛さんが、サーブのためにボールを上げる。このとき、隣のコートでも羽月がサーブを打つところだったらしい。2人同時にサーブを打った。それにしても凛さんはスゴい。体格差はあれど、コピーしたような動きをやってのける。


「よっ、と」


 同じミスを繰り返すほどヤワじゃないので、今回はレシーブ成功。やがて、ドライブとカットの打ち合いに発展する。それは隣のコートも同じである。2つのコートでダイナミックな卓球が展開されていく。誰かが感嘆の声を漏らした気がした。


「っだ~~!もぅ~~じゃん!」


 隣のコートから、そんな声が聞こえた。おそらく羽月がミスったのだろう。一方の凛さんは柔らかな動きでもって、カットを継続中だ。専門家の羽月よりも、真似ている凛さんの方が続く辺りが、今の羽月の体力や精神状態を物語っている。そんな憶測は酷だろうか。羽月もよくやっている訳だしな。


「…フッ!」


 凛さんの声と共にボールが返ってくる。こちら側のコート中央に、先程とは若干回転を変えたらしいボールだ。自分の感覚を信じて、回転に沿った打ち方に切り替える。


「隣のコートも、打ち合ってるです?!」


 みちるがこちらを気にしているようだな。この1本は落とせなくなったな、っと。再度、コート中央に凛さんが仕込んだ回転ボールが侵入してくる。多分だが、打ち方的に純粋な下回転に戻っている。ラケットを持つ手をストンと下げてから、ボールを擦り上げた。放ったスピードボールは、しかし、ゆっくりとした幻影を帯びてコート中央に返ってくる。


「あ…。そっかじゃん」


 羽月よ、気づいたか。凛さんが模倣しているのは、今の羽月ではない。コースよりも多彩な回転と粘り強さでポイントを積み上げていく羽月だ。要するにを再現しているのだ。結局、この打ち合いは俺が根負けしてしまう。


「全くもうです。余計なことをしないでほしいです」


 ジト目のみちるが俺を非難してくる。いやいや、俺を責めるのはお門違いだろ。1番大事なのは、羽月が気づくことだ。多少、派手な立ち回りをしたところで、試合中に隣のコートに目をやるなど、そうそうできるものではない。それでも、背中で語る凛さんに気づいて思い出すものが、感じるものがあれば…。


「カンッゼンに分かったじゃん!みちるっち!勝負は最後の1点までどうなるか知れないじゃん!」


「あちゃ。復活しちゃったですか」


 互いに良い笑顔を浮かべながら相対する。二人の呼吸が揃った瞬間にサーブが繰り出されたような、いや、きっとそうなのだろう。集中力が最高潮に達したのが見てとれた。この1本でゲームを決めようというみちるなら、納得いくところだけど、そうではない状況で羽月が気を吐くのが凄い。この崖っぷちで、今日一番の気合いが感じられる。魅力的なプレイヤーだ。間違いなく。


「来るじゃん!」


 みちるのチキータを察知した羽月が、両足を滑らせるようにして台から距離をとった。


「こっちです!」


 案の定、みちるはチキータした。しかし、羽月の動きを視界の片隅で捉えていたらしく、強引にボールに対しての身体の角度を変えて、打球コースを変更した。予測とは違う向きに、曲がる球種を打ち出す驚異的なプレーだ。


「うああぁ!」


 いつもの語尾が消える程の強烈な咆哮を残して、羽月がボールに飛び付いた。なりふり構わぬヘッドスライディングの末に、羽月の小さな身体が床に突っ伏す。ズダンと鈍い音。


「ヤバ…です」


 みちるが呟いたのは、羽月が目の前で見せた執念に対してのものか。それとも。


 コォーンッ。


 完璧に決まったはずのチキータが、自身のコートに返されたことに対してか。ボールはまだ生きている。目一杯、四肢を伸ばして、ほとんど当てただけの打ち方だったが、事実としてボールは返ってきた。力のない高々と浮くイージーボール。それを腰の高さまで迎え入れてから、ラケットを上向きにして軽く当てた。その音もコン、と軽くて。終わるゲームの寂しさを感じてしまうほどだった。


「まだじゃん!」


 シューズの擦れる音が甲高く鳴る。羽月の足元からだ。まだ彼女は諦めていない。幸いにもみちるは勝負が決したと思って、相手コートに入れるための最低限の打ち方をした。羽月はその無機質なボールを睨み付けると、どうにか落下点まで体を動かそうとする。通常ならゆとりをもって届く距離だが、いかんせん体制が悪すぎる。床にダイブしたダメージも残っているなか、片手片膝をつきながら何とかボールをラケットに乗せた。床からの距離はわずかに5センチといったところか。超低位置での返球は、図らずも彼女が得意とするカットになった。


「これも返すです?!」


 慄いたみちるだが、すぐに切り替える。後ろに体重が乗っていた体を臨戦態勢に戻して、スマッシュを打ち込んだ。無理矢理打ったカットでは大した回転量ではなかったのだろう。次こそは決めようという心の表れか。羽月から遠いところを目がけてスマッシュしてきた。


「じゃんっ!」


 この間に立ち上がった羽月は、耳をつんざくようなジューズの音を響かせて、着弾点に足を動かす。そして、今度こそ満足のいく下回転で返してみせた。そこからは、また、ドライブとカットの応酬になっていく。土壇場から羽月は、ついぞ回復してのけた。それともう1つ変化があった。


「フッ、じゃん!」


 羽月の返すボールがコート中央の比較的、容易な場所に返されている。その分だけみちるがコースを振り分けていて、羽月が何とか粘っているような状態が続く。そんな劣勢にあっても、頑なに打ち方を変えようとはしない。これは…ひょっとしなくても。


「…先程まで自分がしていた打ち方ですね」


 そう。凛さんが羽月を模倣した打ち方にそっくりだ。つまりは羽月自身なのだが、いくら何でもここまで極端にコート中央に返し続ける必要はない。今みたいに相手からしたら楽な展開にしてしまうのだから。それでも相手コートに返し続けることだけを優先するなら、これもアリか。するとどうだろう。羽月の心根は今、勝利とは別のところに向いているのかもしれない。


「これで、どうです!」


 みちるは打つリズムを一拍置いてから、それまでよりは緩やかなドライブを打った。タイミングを外しにきた?そのボールは、相手コートに着くと同時に急激に既定のルートを逸れていく。凛さんと対戦したときにも見せたループドライブだ。


「…ループ!」


 遅れて凛さんが反応するが、果たして羽月は…?


「読まれたですか」


 みちるがボソリと言う。羽月がフットワークを効かせて移動したのは、ループドライブを予測した位置だった。ただ、疲労の蓄積が見受けられる。たどたどしくステップを踏みながら、渾身の力でスマッシュする。


「これで決ィ、めるじゃん!」


 その一瞬でピンポン玉の音が4つ、耳に残った。

 1つは、羽月がスマッシュを打ち抜いた音。

 1つは、そのボールが相手コートに入る音。

 1つは、みちるのラケットにボールが当たる音。

 そして最後の1つは。


「ギリギリだったです。ふう」


 羽月のコートにボールが返された音。

 次の音は聞こえなかった。ボールは羽月の腹部に当たり、受け入れるかのようにそのボールをキャッチした。最後の瞬間、みちるは台との距離を詰めて、羽月のスマッシュをブロックすることで試合を決めた。スマッシュしようとする相手を見て、前進するところがみちるらしいと言うか、なかなかできることではないだろう。額の汗を拭うみちるには、安堵の色が見える。


 ② 奈鬼羅 みちる 11 - 7 羽月 羽月


 数字だけ見ればワンサイドゲームに見えるが、実際は1本1本がとても重いゲームだ。肉厚で濃厚なゲームをそれでも、みちるはストレート勝ちしてみせた。同時に部内リーグ戦女子の部を全勝で終了した。名実共に、我が部の女子エースはみちるに決まった。


「タッく…じゃないや。卓丸先輩~、疲れたです~」


 みちるがヘロヘロ走りでこちらに寄ってくる。今は部長らがリーグ戦の結果を集計しながら盛り上がっているので、多少話し込んでも問題無さそうだ。


「お疲れさま、みちる。かなりタフなゲームだったな」


「本当にタフだったです。羽月先輩の粘り強さには、危うく心が折れるところだったです。最後の1本を取られていたら、おかしなことになっていたかもです」


 ふにゃっとした表情で、珍しく弱気なことを言う。1点取られたくらいでは圧倒的優位は変わらない、と普通なら言うところだ。しかし、こんな妄言も現実に変え得る程には羽月の粘りは常人離れしていた。何よりみちる本人のメンタルにこれだけの印象を植え付けたのだ。こんなみちるを見ることは、なかなか無いことだ。


「そんな顔すんなって。勝ったのはみちるで、この部の女子で1番強いのもみちるなんだからな。よろしくな、新エース様よ」


 軽くみちるの背中をポンポン叩きながら元気づける。まずは、実力で掴み取ったこの地位を噛みしめてもいいだろう。


「エヘヘ~。まあ、おだてても何も出ないです。逆に卓丸先輩が、あたしにゴホービくれてもいいですよ♪さあさあ」


 調子よく両手で受け皿をつくって、俺に差し出してくる。


「俺に可能な範囲なら善処するよ。ちなみに男子の部は俺がトップだったから、みちるからもご褒美をもらわないとな」


 言いながら、何となくみちるの手皿にピンポン玉を乗せてやった。


「んなっ?!卓丸先輩エッチです!」


「どうしてそうなる!」


「冗談です。男子の部、優勝おめでとうございますです!」


 屈託なく言うみちるに、俺も自然と笑みがこぼれた。


「へへっ、サンキューな」


「あの~、イチャついてるとこ失礼するじゃん」


 ヌッと、大きな膨らみが視界に入ってくる。


「うおっ。ビビった」


「ウチの胸を見ながら会話すんなじゃん」


「こいつは失敬。試合お疲れさま、羽月」


 先程まで激戦を繰り広げていた羽月その人だ。


「ありがとじゃん。そんで、マルマルが男子最強の座を勝ち取ったじゃんね。おめでとじゃん。でも、マルマルがエースで大丈夫じゃん?」


 羽月とはクラスが同じだから、よく話をする仲だ。ゆえに、こうしてイジってくることも日常茶飯事だ。


「それは今から証明してやるから、楽しみにしてな」


「お?言うようになったじゃん」


「それよりも羽月の方は、結果的にはみちるにストレート負けだな」


「うぐっ!…いやいや、みちるっちが強すぎるんじゃん」


 目を〰️みたいにした羽月が、みちるを指指して言う。


「羽月先輩も強かったです!試合は終わりましたが、それとは関係なくもっと打ちたいです!」


「同感じゃん!今日はもう疲れたから、体力満タンのときにまた勝負するじゃん!」


「はいです!」


 こうやってお互いを讃え合えるのって、スポーツマンとしても人としてもカッコいいよな。2人を見習って、相手へのリスペクトを持ち続けていきたいところだ。


「そういえば、羽月はさっきヘッドスライディングしながら打ってたけど、大丈夫だったのか?メッチャ痛かっただろうと思ってさ」


「あ!そうですよ!羽月先輩、大丈夫だったです?」


 心配する俺たちに苦笑いしながら、羽月は恥ずかしそうに頬にポリポリかいている。


「いや~、さっきは醜態を晒してしまったじゃん。ぐえー、って感じにはなったけど、そこまで痛くは無かったじゃん。多分、ウチの無駄にデカい胸がクッション代わりになったんじゃん?今回ばかりはデカくて感謝じゃん」


「んなっ?! です」


 みちるが衝撃を受けていた。


「羽月よ。仮にも男である俺の前で、そういう話は勘弁してくれ」


 話の流れ上、羽月の豊かな胸に目が行ってしまうし、リアクションにも困ってしまう。みちるが一緒で良かった。


「ん?もしや、マルマルはエロい目でウチを見てるじゃん?えー、そんなつもりで言ってないじゃ~ん。マルマルの思春期~。みちるっちも何とか言ってやるじゃん」


「は…、は…」


 水を向けられたみちるは、羽月を見ながら小さい声を出す。


「? みちるっち、くしゃみしたいじゃん?」


 次の瞬間、みちるは息を吸ってから答えた。


「羽月先輩の、おちちおばけーー!」


「ええ~じゃん?!」


 その後、みちるはしばらく凹んでいた。かくしてこの勝負、みちるの1勝1敗?で幕を閉じた。


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