第19話 ラスボスvs羽月 羽月2

 精細を欠いている、どころではない。精細がない。再開された試合での羽月の動きは、そう表現して差し支えない。当の本人もそれは分かっているようで、うつむき加減で何かボヤいている。


「落ち着くじゃん、ヤバいじゃん、自分のペースでやるじゃん」


 羽月がサーブを打つ。返ってきたボールに回転をかけようと動くが、ぎこちない。リストの力のみで打ったボールは無慈悲にも、コートをオーバーする。第1セットで見せた滑らかな動きは何処へやら。別人のような選手が己のミスに呆然と立ち尽くすばかりだ。


「もう、ハツキ先輩。自分の世界に入らないでほしいです。さっきから全然目が合わないし、つまんないです。あたし、もっとハツキ先輩とバチバチの卓球をしたいんです。お願いしますです!」


 さっきのセット以上を望むとは、にわかには信じられないが…多分、本心だ。煽りっぽくも聞こえるけど、みちるは本当に遊びたいだけなのだろう。以前、卓球は2人でハーモニーを奏でているみたいで楽しい、なんて言ってたっけ。俺が思うに、みちるは勝ち負けへの執着があまりない。昔はあったけど、現在はそれ以外のところに、興味を見出しているように見える。


「いや、そういう作戦かもじゃん?実はみちるっちの方が、術中にハマっているって感じじゃん。ウチみたいなカットマンは、ここからが真骨頂じゃん」


 羽月の虚勢は、正直痛々しくて聞いていられなかった。わぁ、楽しみです、と声を弾ませた相手をどんな顔で見ているのだろう。俺はチラチラ試合を見ながら、自身の練習に戻っていた。部活中に、いつまでも他の試合を見ているわけにもいかないからな。


「…気になりますか?…向こうの試合」


 凛さんがクスリと笑いながら、俺にサーブ権を渡してくれた。先程まで、みちると羽月の試合を見ていたところを、凛さんに誘われて一緒に練習していた。スコアは数えていないが、実践よろしく打ち合っている。


「俺、気が散っててダメですね。すみません、凛さん。あと、練習付き合ってもらってありがとうございます」


「…いえ、別に怒ってないですよ。…春先に滝川君からの申し出を断って、奈鬼羅さんと試合したのもありますし、今回は自分から誘っちゃいました」


 凛さんはラケットで口元を隠しながら、上機嫌な声色を聞かせてくれる。春先って、凛さんが初めてみちると対戦したときのことか?そんなことを律儀に覚えているなんて、やっぱり几帳面で真面目な人だ。見習って真剣に練習しないとな。


「では、サーブもらいますよ」


 己の手から垂直にボールをあげて、サーブに入る。


「…あ、ちょっと待ってください」


 ズルッ。盛大にコケてしまった。せっかくやる気だったのに、凛さんに止められてしまった。コートに手をついて立ち上がる。


「なんで止めるんですかあ、凛さん。酷いですよお」


 不満を口にすると、凛さんはフフッ、と楽しそうに笑う。


「…ナイスリアクションです。…あぁ、止めてしまったことは謝ります。…実は、自分も向こうの試合が気になっていたんです」


「みちると羽月の試合ですか?」


「…そうです。…第1セットが長期戦でしたので。…気になって仕方ありませんでしたよ。…しかし、奈鬼羅さんの卓球は面白いですね。…それでいて、そつがなく強い」


 凛さんは、無邪気に輝く子どものような目をみちるに向けている。


「あの、こんなこと言うのもなんですけど、凛さんはみちるに対して、悪いイメージを抱いているんじゃないかと思ってました」


「…そうなんですか?…自分的に奈鬼羅さんは好印象ですよ。…それに卓球強いですから、もっと打ちたいですね」


「でも、初めてみちると試合したとき、終わってからも悔しそうだったじゃないですか」


「…あのときは、恥ずかしいところを見せてしまいましたね。…あの試合の後って、滝川君は奈鬼羅さんにくっつかれていた記憶があるんですが、自分のことも気にしてくれていたのですか。…少し、嬉しいです」


 真っ直ぐにこちらの目を見て言うものだから、ドキリとしてしまう。


「茶化さないでくださいよ。でも、俺の見当違いで良かったです」


「…別に茶化してないですよ。…奈鬼羅さんのことも、本当に良く思っています。…自分は、あまり社交辞令とか出来ない人間ですので」


「いい意味で、ですね。ちなみにみちるのどの辺がいいですか?」


「…さっきも言いましたけど卓球強いですから、そんな人が部にいると全体の底上げになります。…何より、これから始まる大会において、強力な味方になってくれますからね」


 団体戦はもちろん、同じ部員として個人戦も一緒に戦い抜く。そんな意識が、我が部には特に強く感じられて好ましい。


「ポッと出のアイツを受け入れていただけて、ありがたいです」


 良かったな、みちる。お前の先輩はちゃんと認めてくれているぞ。ここの部員はやっぱり最高だ。そして、みちる自身で勝ち取ったものでもあるよな。


「…そんな、ポッと出だなんて。…もちろん奈鬼羅さんの人柄も好きですよ。…明るくて、可愛くて、卓球に対して意欲的。…言葉遣いが少し変わっていますけど、礼儀もなっていますし、これからも仲良くしてほしいです」


「立場的にみちるの方からお願いすることですよ、それ。凛さんはドシッと構えていてください。そういう凛さんに、みんな付いていきたいんです。部内でも、凛さんに憧れている人は多いんですから。もちろん、俺も」


「…そうなんですか?…初耳です。…滝川君も…ですか」


 俺を見つめながら言う凛さんだが、声は尻すぼみになっていった。


「えっと、俺が憧れるのは迷惑でしたか?」


「…迷惑だなんて、とんでもないです。…むしろ、その、なんと言いますか。…あ、奈鬼羅さんと羽月さんの試合はどうなっていますか?…そっちが気になります」


「へ?あ、はい」


 露骨に話題を逸らされた気がするが、やはり俺が凛さんに憧れるのは迷惑なのだろうか。だとしたら凹むなあ。


 ② 奈鬼羅 みちる 3-2 羽月 羽月


「…2セット目も奈鬼羅さんが取ったんですね。…滝川君と話している間に、3セット目になってしまいました。…2セット目のスコアを覚えていますか?…滝川君が憧れている自分に教えてほしいです」


 何か、変なスイッチを押してしまったのかもしれない。凛さんの感情が読めん。


「スコアは11-8。もちろん羽月が8の方ですね」


「…さすが、自分と打っているときでも別の試合を、もとい、奈鬼羅さんを見ているだけありますね」


 やべえ、謝った方がいいやつだ。


「凛さん、すみません。練習に集中しますので、機嫌を直していただけると、ありがたいです」


「…どうして謝るのですか?…滝川君は、自分に対して悪いことはしていないですよ」


「ん、うん?」


 怒っている訳ではないのか?どゆこと?


「…滝川君がどうしても、と言うなら仕方がないので練習に再開しますけど。…いいですか?」


 なぜ、練習の可否を俺に委ねるんだ。いや、考えろ俺。凛さんは俺との練習中だ。なんなら、凛さんが俺を練習相手に指名しているので、練習はしたいはず。その一方で、みちる達の試合にも興味を示している。それは俺も同じ。そして、興味を示しながらも、みちるの試合は見ておらず、逆に試合をみていた俺を責めるような口振りになった。この上で先程の問いかけ…。1つだけ、これらを満たす答えは浮かんでいる。しかし、凛さんに限ってこの答え?だが、他に思い付くものもない。違ったら恥ずかしいけど、意を決して俺は凛さんにきいて聞いてみた。


「凛さん。一緒にみちる達の試合を見ませんか?」


 俺の言葉を受けて、口元をラケットで隠す。


「…よくできました、正解です。…もちろん練習しながらですよ。…フフッ」


 イタズラっ子のような可愛らしいウインクをしてくる。凛さん本人が正解と言ったのだから、正解なのだろうけど、どうして俺の許可がいるんだ?うーん、女子ってわからない。

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