第35話35

「ただいまー!」


夜7時。


恒輝が家に帰り玄関で言うと、花菜が自分の部屋から出てきてムクレて言った。


「帰るの遅い!今日、お父さんとお母さん仕事で遅いから、私がご飯作るよって言ってたじゃん!」


「あっ、わりー!すぐ手洗って着替える」


恒輝は、洗面所で手を洗い自分の部屋に入る。


すると背後から花菜も付いて入って来て、おもむろにA4サイズの茶封筒を渡してきた。


「はい。これ…昼間、コウちゃんのお父さんのお遣いの人が来て、これを必ずコウちゃんに渡してくれって…」


「…」


恒輝がいぶかしがりながら、完全に封のされてないそれを開けると、中から…


恒輝が今度テストの成績が悪ければ転校させられる翔真学園のパンフレットが出てきた。


(あんの…くそじじい…もう、俺が成績悪いと決めつけてやがる…これを見て行く準備しろってか?)


恒輝は、グシャっと封筒ごとそれを握り潰した。


恒輝に、沸々と激しい怒りと失望が湧いてきた。


そしていつもなら、その憤懣のまま机やイスやベッドを蹴ったり…


なんならヤケになってどこにでも行ってやるとすぐやる気を無くしていたが…


今回は違った。


恒輝はすぐ、明人の顔を思い浮かべた。


すると…


息を吐き、怒りと失望のトーンが下がった。


「コウちゃん?…」


「何でも無い。花菜。それよりこれ…」


恒輝は、一緒に持って帰ってきた自分のカバンから、かわいい小さなピンクの紙袋を出した。


「これ…お前が前言ってた、カヌレ専門店のやつ…今日、たまたま前通ったから…」


「えー!嘘!嘘!ありがとう!コウちゃん!大好き!」


花菜は、恒輝に抱きつく。


「おっ!おい!離れろ!オメェはいつも大袈裟なんだよ!」


恒輝は焦り、花菜を離そうとする。


「ねぇ…このお店、いつも若い女子の行列凄いんだけど、コウちゃんも、並んだの!」


抱きついたまま、花菜が聞く。


「まっ…まぁ…な…」


恒輝は、かわいい女子ばかりの中に男一人並んだ惨状を思い出し顔を歪めた。


すると花菜は、恒輝の肩に両手を置いたまま、少し体を離していった。


「アハハ…そんな怖い見た目で並んだんだ…みんなビックリしてたんじゃない?でも、コウちゃんは短気なとこあるけど、普通の男子よりずっとずっと優しいの、私、ずっと前から知ってるから…」


かわいい花菜が、恒輝をじっと見詰める。


なんだか…とても、恋愛じみた妙な雰囲気になる。


だが、そんな優しい言葉に、恒輝は又、明人を思い出し花菜の顔とダブらせた。


「わーた。わーた。又、買ってきてやるよ!」


ぐっとその幻影を振り切り、恒輝は、実の妹のように花菜の頭をポンポンとしてやる。


何故か花菜は、少し寂し気に苦笑いして呟いた。


「コウちゃん…私…ずっとコウちゃんの妹じゃないとダメなの?…」


その声が小さ過ぎて、恒輝によく聞こえなかった。


「えっ?なんて?」


恒輝が呑気な声で聞き返して来たので、花菜は笑みを浮かべ誤魔化した。


「コウちゃん…ここ何日かで、背、凄く伸びた?」


今日、聞かれるのは3回目だ。


「んな訳あるかよ…バケモンかよ…」


恒輝は、苦笑いした。


そして…


何度も明人を思い出している自分自身に戸惑う。


(もしかして…俺は、彩峰といたいから勉強しようとしてるのか?)


そんな疑問が、頭を掠めた。


「今日の晩ご飯、カレーだからね!」


花菜がそう言い、部屋を出て行った。


玄関からカレーの匂いがしてたので、恒輝は分かっていたが…


恒輝は考えるのを止め、今日2回目のカレーをありがたく食べる事にした。















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