第32話32

静まり返った病院の個室。


たまに聞こえてくるのは、ドア越しの、誰かの足音と看護師達の声だけ。


それから…恒輝は、自分より大きな明人を、どれ位抱き締めていただろうか?


明人は、恒輝のシャツを強く握り…


恒輝はそれに応えるように、明人をしっかり抱き締めた。


ただお互い、体が磁石のように離れられなくて…


心臓が、速い鼓動を刻む。


だが、それでも、心は海の凪のように静かで…


余計な事は、何も考えられないが…


何も考える必要が無い位、ただ無言で充分だった…


だがやがて…


恒輝が電話した時はすでに新幹線に乗っていた明人の母が、息を切らせ病院に到着し、二人は体を離したが…


明人の母は、恒輝に何度も丁寧に礼を言い頭を下げた。


この時恒輝は、さっき明人の母が佐々木をここへ寄越した事を、佐々木に明人の性処理をさせたいのだと勘ぐっていたが…


以外と自分が考え過ぎていたかも知れないと思った。


そう、恒輝は、幼少期のトラウマから、ついつい悪い方に物事を考える癖がある。


「じゃぁ…な…」


帰り際、恒輝がそう明人に声を掛けた。


「う…ん…明日は、学校、休むけど…」


明人は、酷く不安定な表情だった。


恒輝の高校は、土曜日も授業が午前中だけある。


(彩峰は、こんな男だったっけ?…)


恒輝は、「ああ…」と返事しながら、明人のいつもの堂々としたアルファのような姿との対比に戸惑う。


そして…


明日、学校に行っても明人がいない事に

、恒輝自身が少なからず心が揺れている事にも戸惑う。


外は、もう真っ暗だった。


病院の建物を出て恒輝は、明人の病室の7階の窓を見上げた。


すると明人がそこの光に照らされながら

、そこから恒輝を見てずっと、ずっと手を振っている。


明人の表情は、暗さもありあまりここからは分からない…


だが、今はどうしてか…


それを知りたい気がする。


恒輝は、右腕を一度だけ挙げて、背を向け歩き出す。


そして…


もし自分がフェロモン不完全症で無い完璧なアルファだったら…


明人とこんなに葛藤もドタバタも無く、もどかしい思いもせず、こじれず…


お互いのフェロモンのみに反応して会って秒でセックスして、今日みたいな日も明人をすんなり抱いてやったんだろうか?…


と考えた。


だが…


(さっき、悪い方に考える癖があるって思ったばかりだろ…あー!止めた、止めた!今日は、もう考えるの止めた!)


そして、一度、大きく背伸びして…


ふと、明日から、恒輝と御崎と御崎の家で、二人きりで勉強会がある事を思い出だした。




















































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