第31話31
恒輝と明人は、暫く手を繋いで走り、コンクリで整備された川原へ来た。
「ここまでくりゃ…大丈夫だろ…」
ゼエゼエ言いながら、恒輝が、周りを警戒しながらそこに腰を下ろした。
「そうだね」
そう言い微笑んで、すぐ横に同じように腰を下ろした明人は、恒輝程は息が上がって無い。
普通、進化上、オメガはアルファに護られる存在でか弱いモノだ。
だが、やはり…体力から容姿から何から…
明人の方が、アルファに相応しいと…恒輝は思う。
そこで…
もし、恒輝が明人のようだったら、両親や兄姉は、もっと恒輝を認めてくれて優しくしてくれただろうか?
そんな思いが、恒輝に去来した。
しかし…それで…完全に気付いた。
恒輝自身が明人を勝手にライバル視して
、少なからず明人を憎んでいる部分がある事に。
そして今なら、この明人への憎しみとさっきの父とのイザコザの鬱憤を、ここで明人に当たり散らす事だって出来る。
そうすれば、少しは憂さは晴れるかも知れない…
だが…だが…
恒輝には出来なかった。
「何で来た?」
恒輝は静かに言い、明人を目を少し眇め見た。
「何で?西島君が心配だったから…」
明人は、恒輝を見詰めキレイに微笑んだ。
「あのな…テメェの心配しろよ!キモオヤジに狙われやがって!」
「ごめん…」
申し訳なさそうに、明人の目が細められ川面に向けられた。
恒輝は、まだ息を整え中の明人の横顔を見た。
明人の…額や首、少し開けた制服の白いシャツの襟元から見える鎖骨に滴る汗。
5月終わり頃の少し熱を含んだ風に揺れるサラサラキレイな髪。
少し上がった湿った息。
柔らかそうな唇。
さっきまでアルファに見えたのに、今はその全てがいつもより色っぽくて、恒輝の視線は一瞬釘付けになった。
明人自身への憎しみだけで無くて、オメガ全員をも憎んでいたはずなのに…
「ん?どうかした?」
それに、明人が気付いた。
「べっ…別に…」
恒輝は馬鹿みたいに焦るが、誤魔化すようにフイと横を向いた。
だが、暫く二人黙っていたら…
「ハァハァハァ…」
明人の息が、収まる所か、だんだんと酷くなる。
「おい!彩峰どうした?」
恒輝は、目を見開き明人を見た。
「昼…ちゃんと…ヒート抑制剤飲んだんだけど…次…夜飲んだらいいはずなんだけど…おかしいんだ…急に…急に…ヒート、ヒートが…薬も…車に置いて来て…」
「何?」
明人からはすでにフェロモンが出ていたが、やはりアルファであるはずなのに恒輝には分からない。
「待って…スマホだけは…持ってるから…今…車呼ぶから…」
明人はそう言ったが、息絶え絶えで顔も赤らみ、恒輝の肩にもたれかかってきた
。
フェロモンなど感じなくても、明人の悶える色気は壮絶だった。
それは、恒輝の憎悪など一瞬吹き飛ばし
、恒輝の年齢に合った性欲を充分刺激した。
そして一瞬、恒輝が明人を何処か屋内へ連れ込みセックスする考えも浮かぶ。
普通は、ドラマも現実もそう言う流れになる。
そしてそれで、明人はただただ楽になれるし、恒輝もただただ気持ち良くなれるし両得だ。
だが…今は、違うと…
今の恒輝のこんな中途半端な気持ちでは
、そうじゃ無いと思った。
「馬鹿言うな!ベータだろうが運転手がフェロモンに当てられてお前を襲うぞ!今、救急車呼ぶから!」
恒輝は、川原の空気でフェロモンが薄まり、近くを偶然通る誰かを誘惑しない事を祈りながら電話した。
ほんの数分で、救急車が来た。
通報で恒輝が落ち着いて状況を説明したので、フェロモンに当てられない為、すでに救急隊員は防護服を着用していた。
隊員は、恒輝にも防護服を勧めたが、恒輝は自分がフェロモン不完全症だと説明し、そのまま明人と一緒に救急車に乗り付き添った。
着いたのは、専門医のいる大きな私大病院。
すでに救急車の中で点滴で抑制剤を投入されていた明人は、徐々に回復してきた
。
だが念の為、今夜だけは観察入院をした方がいいと医師に言われて個室に移り30分後…
病室に佐々木が猛烈な勢いで入って来た
。
そして、ベッドに横たわる明人の横で、椅子に座っていた恒輝の胸ぐらを掴んで振り叫んだ。
「西島!お前!明人に何した!」
恒輝は、佐々木の顔を平然と見上げた。
「止めろ!大河!西島君は何もしてない!俺が突然ヒートになっただけだ!今すぐ離せ!大河!何でいつも、西島君が悪者になるんだ!西島君はそんな人じゃ無い!」
上半身を起こし、明人が叫ぶ。
明人が恒輝を庇う姿に、恒輝は目を瞠る
。
「でも!」
息を荒らげ佐々木は、不服そうに明人を見た。
だがすぐいつもの様に、女王に逆らえない下僕のようにその通りにする。
恒輝は病院に着いてすぐ、明人のスマホで明人の母に連絡を入れたが、今、用で大阪にいるとかで…
今すぐ帰るが、先に家族同様の信頼できる人物を病院に行かせると言っていた。
それが、佐々木だったのだ。
しかもこの状況で、健康体のアルファを呼んだのだ。
恒輝は、明人の母の考えている事を勘ぐってしまった。
でも、佐々木が来たからと言って、恒輝は席を立たなかった。
「もう帰っていいぞ、西島…」
更に佐々木が、恒輝を凝視して告げた。
だがやはり、恒輝は席を立たない。
「西島!」
佐々木が急かすと、明人が、まだ点滴している痛々しい腕で、恒輝の制服のシャツを握って懇願した。
「待って!待ってくれ!西島君!頼む…西島君。母さんが来るまででいい、側に居てくれないか?」
佐々木は、明人を説得したが…
結局、かなり不満そうだったが、明人の体を思ったかすぐ帰るハメになってしまった。
佐々木がいなくなり、ベッド横の椅子から立ち上がり、恒輝は中腰で明人の顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?」
あの、いつもオメガと言うよりアルファのようにも見え、恒輝や周りの人間の前に燦然と立つ明人が、今は弱々しく恒輝に映る。
するとそっと、何も言わず…
明人が、恒輝の肩に顔を埋めてきた。
「おっ…おい…こんな事したら、折角薬が効いて…」
早口で焦る恒輝に、明人が小さく呟いた
。
「大丈夫。抑制剤は良く効いてるから…だから…少し、少しでいいから、このまま…気持ちが落ち着くまででいいから…」
キィー…
と、ベッドが軋む音がした。
恒輝が、ベッドサイドに腰掛けた音だった。
そして、恒輝は、黙って明人を頭から優しく抱き締めた。
一瞬、明人は驚いたが、やがて大きく満足そうな息をして、穏やかに瞳を閉じた
。
それから長い時間…
自分でもよく自分の気持ちが分からないまま恒輝は、明人を抱き締め続けた。
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