第24話 明日はデート
「やっと……やっとだ……」
五日中四日は憂鬱な気分で歩いている通学路だが本日の零聖は機嫌が良かった。
なぜなら今日は金曜日で明日は土曜日。つまり今日学校を終えれば学生はもちろん社会人も待ち望む休日がやってくるのだ。
何か忘れている気がするが明日は一日ダラダラして過ごそう。
そんな気持ちのもと鼻歌混じりに登校していたのだが……
「零聖くーーーーん!」
背後からの一姫の声を聞くと同時に忘却されていた記憶が呼び起こされる。
「……気のせいだな」
そう自分に言い聞かせると零聖は一姫の挨拶を黙殺し、逃げるように歩みを早めていく。
「零聖くんってば!」
しかし、すぐ一姫に追いつかれ、肩を掴まれて振り向かされる。
「ああ……悪い。ぼーっとしてた」
「大丈夫?疲れてるの?」
「まあ、そんなところだ」
(頼むからあのことは忘れていてくれよ……)
そんなことを心に願いながら再度、歩き出す。
「ねえ、零聖くん。明日のデートってどうするつもり?」
だが、一姫のその一言に零聖の足は止まった。
「覚えていたか……」
そして、溜め息混じりの声で呻いた。
「え、何か言った?」
「何もない」
溜め息を無理矢理引っこめると顰めっ面を見られぬように前を向きながらそう答えた。
「じゃあどこ行く?何時に待ち合わせする?」
「今ここですぐに決められないだろ。家帰ってからメールが電話で話そう」
「それじゃ遅いよ!あっ、お昼休みに話さない?」
「ヤだよ。何で公衆の面前でデートの予定立てないといけないんだ」
「む〜……」
不満そうに頬を膨らます一姫を一瞥し、三度歩き出す。零聖はこうやって面倒なことを後回しにする癖があるのだ。
「……なら!」
そこへ一姫の腕が伸びてくるとまたしても肩を掴まれてしまう。
「放課後、わたしの家で話し合わない?」
「……は?」
一姫の突拍子のない提案に零聖は間の抜けた声を上げた。
◇
そして放課後、いつもは同じ駅の逆方向に帰る零聖と一姫だが今日の二人仲良く同じ車両に乗っていた。行き先は一姫の家だ。
「どうしてこんなことに……」
今朝までの元気をとうに失った零聖がブラック企業に酷使され、精神を磨耗した社会人のように吊り革に半ばぶら下がった状態で呟いた。
一姫の家に行くのは気恥ずかしさなどもあって正直気が進まなかったのだが、「わたしの家が嫌なら零聖くんの家でする?」と言われては提案を呑むしかなかった。
家には"orphans"メンバーもいるため説明が面倒だしなにより愛舞に一姫を会わせるわけにはいかないのだ。
電車に乗って十数分後に一姫の自宅の最寄駅に到着。
零聖は何か手土産をとコンビニに寄ろうとしたが、一姫が「大丈夫」と言ったためそのまま直行した。
一姫の自宅は十数階建てインターホン付きのごく普通の集合住宅だった。家の鍵でインターホンを通過し、エレベーターに乗って一姫の住む四階へ上がる。エレベーターを出て突き当たりに入ったところで「朱雀」と書かれた表札が見えた。
「ちょっと待っててね」
一姫はそう言うとドアホンを押し、「ただいまー」という声とともにドアを開け、一人家へ入っていった。
「何のつもりだろう?」と零聖は怪訝な顔をしていたが、すぐに扉が開くと一姫が手招きしてくる。どうやら入ってもいいらしい。
無意識の一礼とともに玄関に入るとそこには一姫の他に妙齢の女性が立っていた。
一瞬、一姫の姉かと思ったが落ち着いた雰囲気な主婦特有の格好からすぐに母親であると分かった。
「お母さん。この子がれーくんだよ」
一姫の紹介に朱雀母こと美姫が目を丸くする。その反応に零聖は一姫が自分を呼ぶことを事前に美姫へ伝えていなかったことを察した。
(要らないサプライズすんな)
「鳳城零聖です。お邪魔します」
心中では邪推しながらもそれは表に出すことなく、零聖は礼儀正しく頭を下げ、自分でも一応名乗っておく。
一姫が本当に幼馴染なら朱雀母も当然、面識があるはずだが覚えているのだろうか?そんなことを思いながら零聖は顔を上げたのだが……
「…………え?」
美姫はまるで時が止まったように固まったまま、何も言おうとしない。
その反応に零聖は違和感を覚えた。これはただ驚いている風には見えない。まるで過去に犯した失態が明るみに出たような恐れの顔のようだ。
「…………」
そんな母の様子を一姫は黙って見ていた。まるで観察するように、探りを入れるように。
「あの……どうかされました?」
堪らず零聖が声をかけると美姫は「あ……」と条件反射のように呻いた。
「ごめんなさいね。随分大きくなったなと思って感慨深く思っていたのよ。久しぶりね零聖くん」
そして、取り繕ったようなわざとらしい笑みを向けてくる。
「じゃあ、零聖くん行こっか?お母さん、あとでお菓子とかお願いね」
それにますます疑念を感じた零聖だったが一姫に促されると靴を脱ぎ、そのまま一姫の部屋へ連れていかれた。
その間、美姫は棒立ちのまま動こうとはしなかった。
やがて、誰の目もなくなると美姫は顔を抱え、その場に蹲み込んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
◇
「じゃあ、シーズモールでお昼食べて、服とか見て、後は適当に遊ぶ感じでいい?」
「ああ」
当日の大方のスケジュールが決まり、零聖は一息つくように朱雀母が運んできてくれたお菓子とジュースに手をつけた。
ちなみに二人の行き先となるシーズモールとは零聖達の生活圏内にあるスーパーやアパレルにレストラン、映画館、果てには小規模ではあるが水族館や遊園地と何でもござれの超大型複合施設で一日いても退屈しないデートをするにはもってこいのスポットである。
「じゃあ、あとは時間だね。何時集合にする?」
「十三時頃はどうだ?」
「え、遅くない?何か用事でもあるの?」
「実は午前中に歯医者に行かないといけなくてな……」
というのも零聖には同日の土曜日に"orphans"とタウンヴァンガードのコラボイベントが控えている。
イベントが始まるのは十一時で終わるのは十二時を過ぎるだろう。そこから準備を整えてシーズモールに向かうまでの時間を考えると十三時に着くのがやっとなのだ。
「本当?少しでもデートの時間短くしようとか考えてない?」
「ここに来てそんな狡いことしないよ」
しばらくの間、一姫は疑るような目を向けていたが嘘ではないと分かったのかやがて目線を外した。
「まあいいよ。わたしもデート前に行きたいところあるし」
「感謝する」
一姫の返答を聞いた零聖はホッと溜め息をついた。
しかし、後に後悔するのだった。「ちゃんとどこに行くのか聞いておくべきだった」と。
「ねえ、零聖くん」
「何だ?」
「明日、楽しみ?」
「……さあな。だけどドキドキしている自分がいるのも事実だよ」
「そっか」
照れ気味に言った零聖に一姫は甘えるようにもたれかかった。
「……離れろ」
「やーだ」
舌を出して拒否する一姫に零聖は溜め息をつくと「しょうがないな」と苦笑したのだった。
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