第23話 続零恋戦争

 ほとんどの生徒が昼食を食べ終えた昼休みの中過ぎ、二年一組の教室では一人の男子生徒に説教(?)を受ける嵐の姿があった。


 「……というわけで話を話す時はしっかりとオチを意識して話を組み立ててから話さんとあかんねん。あと、周囲の反応にもしっかり気遣うように。返事は?」


 「……はい」


 返事をするもその声には覇気がなく、顔もまるで生気を抜き取られたような無の感情を滲ませていた。

 嵐に向かって話していたのは海のような青い髪を持った糸目の男子生徒だった。


 「凄いですね松屋さん。やっぱり関西人って一般の方でも笑いのイロハを叩き込まれるものなんですか?」


 「いやいやそんなわけないよ朱雀さん。俺はオモロい話をする上でやって当たり前のことを言ってるだけやで」


 関心したように言う一姫に謙遜で返すこの男子の名前は松屋煌太郎まつやこうたろう。訛り口調からでも分かるが関西圏の出身だ。


 「じゃあ、松屋さん自身がお笑いに造詣が深いということですか?」 


 「ちゃうちゃう。こんなん関西人じゃなくてもちょっと頭使うたら分かるもんや」


 とこんな風に煌太郎は「関西人やからって誰でもオモロいわけでも笑いに詳しいわけちゃうよ」と常日頃、口癖のように言っているが実際は世間一般の関西人のイメージ通りお笑いに詳しかったりする。


 そもそも何故こんなことになったのかだが、嵐が突如として「"すべらない話"しようぜー」と言い始めたことが全ての始まりだった。

 嵐は半ば強引に参加者を集めて"すべらない話"会を決行、一姫や煌太郎もその被害者だった。

 だが、問題はここからである。


 主催者である嵐がいの一番に話を始めたのだが、その内容が異様なほどにつまらなかったのだ。

 "すべらない話"を話し始めたはずが次第にただの身の上話になり、やがては自慢話になり、最終的には大したことのない武勇伝になっていた。

 嵐の話は起承転結が滅茶苦茶で分かりにくく、長ったらしい上に同じ内容が六道輪廻の如く幾度も繰り返されており、おまけに稚拙な表現を用いたやたら細かい描写がてんこもりで話のボリュームが三割り増ししている始末であった。

 話を聞かされている時の周囲はちょうど今の嵐のような死人の顔をしており、視線は天井や壁のシミ、窓の外の雲といったあらぬ方向へ向けられていたものだ。

 やがてその酷いクオリティに耐えかねた煌太郎のダメ出しが始まり……今に至るというわけである。


 「あと、これは笑いに限ったことやないけど、これ言ったら相手がどんな反応をするんかなとか考えながら話したら他人を笑わすことなんか簡単やし話も弾むで。自分の話ばっかりするのはアカンよ……あんな風にな」


 そう言うと煌太郎は視線を横へずらし、同じ方向を見るよう誘導する。

 それに従って一姫が横を見ると……


 「だからキャラクターに貢いだってお金の無駄遣いだって言ってんの!」


 「いいや、アイドルに貢いだって結果は同じだね!」


 最近、距離が縮まっていたかに思えた零聖と恋が言い争っている姿が目に入った。


 「ひたすら自分の意見を押し付け合う。ああやって戦争は始まるねん」


 「……はい」


 全てを悟ったような表情でこの世の真理を語る煌太郎に一姫は絞り出すようか返事をすると戦争を止めるため、二人のもとへ歩き出した。


 「あの……二人ともどうしたの?」


 一姫の問いかけに零聖と恋は一時的な休戦条約を締結すると彼女に顔を向けた。


 「「こコのイバツカがゲ推ーしムキャのラ課に金貢にぐ数の万を使っ無て駄ん金のだっバてカ貶じゃしなていきってたいんってだんよの!?」」


 「えっと……」


 同時に捲し立ててくる二人に疑問を浮かべる一姫だったがそこへ柊夜が補足説明をしてくれた。


 「鳳城がこないだソシャゲで推しキャラを引くためにウン万円課金してな。それを蘭は無駄遣いだって言ったんだ。するとそれに対して零聖は『お前が好きなアイドルに貢ぐのと同じだ』って反論したんだけどそれをまた蘭が真っ向から否定し出してこの喧嘩に至った」


 「「というわけだ(よ)。さあ朱雀(さん)、お前(アンタ)はどっちの味方!?」」


 「ええっと……」


 仲が良いのか悪いのか分からない二人の息のあった圧の強い問いかけに一姫は困ったような顔を見せた。

 一姫はソシャゲもやってるし、アイドルのCDも買うのでどちらにお金をかけても有意義だと感じている(流石にウン万円は使い過ぎと思っている)が、それを言っても二人が納得しないのは火を見るよりも明らかでどう言えば双方を納得させれるのかと悩んでいたのだ。

 しかし、そんな間に休戦条約は破棄され、戦争が再開される。

 

 「大体さ、実在しないものに貢いで何になるのよ?そのキャラに会えるわけでもなければ認知されるわけでもない。果てには付き合える可能性もゼロパーセント。でもアイドルは実在してるしその可能性もある。だからアイドルに貢ぐ方が有意義に決まっているじゃない!」


 挑発するような口調で言った恋は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 確かにキャラクターと違ってアイドルは生身の人間で実在もする。機会に恵まれれば会うことも出来るし話すことだって出来る。誰だって好きになったものは生で見たいし、触れてみたいと思うのは当然であり、それが出来るアイドルにこそ貢ぐ価値があると恋は言っているのだ。


 しかし――


 「……フッ」


 そんな自明の理を零聖は鼻で嗤った。


 「ちょ、何がおかしいのよ?」


 「……いや、悪い悪い。バカの頭はやはりお花畑だと思って」


 「なっ……誰がバカよ!」


 「なら、その理由を説明してやろう。お前の理論で言うとアイドルファン達が推しに貢ぐ最大の理由は付き合えるかもしれないから、ということになるよな?」


 「そうよ。何も間違ってないじゃない」


 「いいや、間違ってるね。断言しよう。お前達のようなただのファンが推しと付き合える確率は天地がひっくり返ろうともあり得ないと」


 「なっ…………!」


 自分の考えを全面否定する零聖の発言に恋は絶句するもそれはほんの一瞬だった。


 「そんなこと分からないじゃない!万に一つの可能性でも存在している以上の望みはあるわ!」


 そして、頭に血が上った勢いのまま否定――いや拒絶の意を浴びせる。


 「ないな。だって冷静に考えてみろ?」


 しかし、零聖は冷淡な態度を変えることなく、その目を覗き込んだ。


 「仮にお前の応援するアイドルのファンの人数を百万としよう。そうすれば単純計算でメンバー一人に対して二十万人のファンがついていることになる。お前はその二十万人の中から推しが自分を選んでくれる可能性があると本気で思っているのか?」


 「そ、それは……」


 具体的な数字を出されて思わず狼狽えてしまう一姫。零聖の言う通り二十万人の中から自分が選ばれる可能性は限りなくゼロに近い。しかし、それでも……


 「会う機会でもあれば話は変わってくる、とでも思っているのか?」


 零聖が心の中を言い当ててくる


 「確かに握手会などで直接会えば客席から手を振って叫んでるだけのファンよりは認識してもらえるだろう。だが、それでも数が多いことには変わりない。握手を交わす一分にも満たない時間の中で推しに他の連中にに絶対負けないと言い切れる好印象を残すことがお前に出来るのか?」


 「それは…………」


 「更に言うならお前のライバルはファンだけじゃない。芸能人にも目を向けなければならない。共演する芸能人の中にもお前の推しに近づこうとする奴は大勢いるだろう。しかもそいつはそこらのファンと違う。大人気アイドルと共演出来るくらいの人気を誇る芸能界の傑物だ。そんな手を伸ばせば届く距離にいる上物と握手会くらいでしか会う事のないよく分からないファン。推しから見ればどちらの方が魅力的に映るかは――分かるよな?」


 「……………………はい」


 『チーン』という幻聴とともに恋が昼過ぎの朝顔のようにしおしおと崩れゆく。見ている側が哀れに感じるほどのオーバーキルの正論は言葉一つ発することさえも許さず一姫から反論の余地どころか気力すらもごっそりと奪った。


 「オレが言いたいことは一つ。人気アイドルを応援することは何の問題もない。だが、変な夢は見るな。アイドルなんてその名が示す通り偶像キャラクターの一種に過ぎないんだよ」


 そして、零聖は親が子に言い聞かせるような優しい口調で諭した。


 「……じゃあ、何でアンタは推しキャラに課金し続けてんの?」


 「好きだからに決まってるからだよ。リターンとか面倒なこと考えんな。好きだから金使う。金の使い方なんてそんなもんだろ」


 ざっくばらんとした口調で言い切る零聖。適当な気もするが実際皆んなそうなんだろう。

 好きだから好きなものにお金を使う。そこに深い理由なんてないのだ。


 「それでも納得出来ないなら新たな推しを作れ。例えばこのアーティスト。今度握手会開かれるし、ファンの数もお前の好きなアイドルに比べたら少ないから顔覚えてもらえるかもだぞ?」


 そう言って零聖が恋へ差し出したスマートフォンから流れていたのは"orphanS"の代表曲である『orphans』。

 零聖と"orphanS"の関連性をこの中で唯一知っていた柊夜は「詐欺とか宗教勧誘とやり口みたいだな」と頬を若干引き攣らせていた。

 その夜の内に恋は"orphans"の動画チャンネルを漁り廻り、零聖の目論見通りファンになったのだった。

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