第22話 素直に
「オレ、何か不味いことでも言ったか?」
穿った見方をすれば素晴らしいと評することも出来るかもしれない二人の前衛的な表情に零聖は怪訝そうに眉を寄せた。
「ふむ……ではその子とはどれくらいの付き合いになるのかな?」
「……もう十年くらいだ」
自分の疑問を黙殺されたことに不満を覚えつつ零聖が答えると視界の隅で一姫が立ち上がったのが見えた。
そして、ガシガシと詰め寄ると零聖の両肩を爪がめり込むほど強い力で掴んだ。
「痛いんだけど……」
「ねえ……それってつまりその子とはわたしと別れた直後に会ったってこと?」
「そういうことになるが『別れた』って言い方やめてもらえるか?まるでオレとお前が付き合ってたみたいだから」
亡霊のような雰囲気を醸し出しながら尋ねる一姫に零聖は淡々とした口調で突っ込みを入れる。
零聖が引っ越して一姫と離れ離れになったのは小学校に入学する少し前。一姫の言った通り十年前の出来事だ。
「わたしという幼馴染がいながら転校先で新たな幼馴染に乗り換えていたって言うの!?」
「だから彼氏に浮気されたみたいなテンションで言うのやめろ!」
先程までの羞恥心はどこへやら、面倒臭いことを言い始めた一姫。
この自称幼馴染は表情もさることながら内面も感情豊かなようだ。
(こういうのを情緒不安定と言うのだろうか?)
ふとそんな風に零聖は思った。
「ねえ……その子のこと、どう思ってるの?」
そこへ何故か今にも泣き出しそうな顔をした恋が面倒な質問を重ねてくる。
「別にどうだっていいだろ……」
何故いまさら愛舞への思いを、それも知らない奴らに言わなければならないのか。
零聖は答えを拒否するように目を背けた。
「ど う 思 っ て い る の ?」
しかし、それを一姫は許さない。
そんな一姫に追随するように恋と幽吏も零聖を逃がさないように囲い出す。
その気になれば女子三人を蹴散らして逃亡するなど容易だがそのためには少々乱暴な手段に出なければならないし、それは零聖の望むところではない。
もう言うしかないと悟った零聖は溜息をついた。
「そりゃ……オレにとって数少ない、大切なヤツだよ」
言葉尻をすぼめ、気恥ずかしそうに頬を朱に染める零聖。
そんなしおらしい反応に一姫と恋はあんぐりと口を開け、幽吏は興味深げに目を細めた。
「ね、ねえ!それってどういうこと!?」
「そういうこと!?そういうことなの!?」
要領を得ない文言を唱えながら零聖を激しく揺さぶる一姫と恋。
「止めろ揺さぶるな!どういうことなのかそういうことなのか知らんがオレと愛舞は付き合っていない!」
何故、この二人がこんなにも荒ぶっているのかよく分からないが、取り敢えずその子こと愛舞と零聖が付き合っていると思っているらしい。
「ほお、愛舞くんというのかその子は」
幽吏がボソリと余計なことを呟いた。
てかコイツのポジションは一体なんなんだ?どういう立場で物を言ってるんだよ。
「嘘!十年間一緒にいて何もないわけがないじゃない!幼馴染同士が!」
「だからお前は幼馴染という関係をどれだけ神聖視してるんだよ!」
「じゃあ、男と女が!」
「男と女をなんだと思ってるんだこのバカが!」
まさかその愛舞と同居している(他にも三人いるとは言え)などとは言えず言葉を濁すばかりの零聖に一姫、恋が追及を止めようとしなかった結果、三人の馬鹿騒ぎは更にヒートアップしてゆき、周囲もそれをまるで珍獣でも見るかのような目で見ている。
「ふー、今日は遅刻ギリギリだぜ〜……って何やってんだ鳳城たち?」
そこへ嵐が登校してくるもいつもと違う――一姫も加わった乱痴気騒ぎ(?)に首を傾げる。
「端的に言うと痴情のもつれかな?」
「地上?地上がどうしたんだよ雲母?」
語彙力の欠如による幽吏の説明を理解出来ないままの嵐を他所に収拾のつかなくなってきたこの状況に零聖は段々とイライラしてきた。そして――
「だからただの友人だって言っているだろ!確かにそういう時期もあったりはしたが今は大切な友人だ!」
思わず言葉を滑らせてしまった。
「あ……」
零聖もすぐそれに気付いたがもう遅い。
一姫と恋は零聖が口走った愛舞との関係性を聞き逃してはいなかった。
当人らがそう言ったわけではない。だが、表情を見ればそうであることを察するのは容易だった。
「つまりそれって、元カノってことだよね?」
「……ああ」
白状するように顔を顰めて零聖は答えた。
「そっか」
一方、一姫は全てに納得が言ったように晴れやかな笑みを浮かべた。
「はぁ〜……やっぱりそういうことか〜」
隣の恋も似たように満足げに笑って言った。
「……は?」
その反応に零聖は戸惑いを覚えた。てっきりこの事実を話したことで事態がよりややこしくなるとばかり考えていたからだ。
「まるで何故、彼女達が納得しているのか分かっていないような顔だね」
その胸中を見透かしたように幽吏が言ってきた。
「思うに、彼女達はキミに本当のことを話して欲しかっただけじゃないのかな?」
「……そうなのか?」
「そうだとも。無論、内容を気にしているのも事実だがそれよりも大切なのはキミが本当のことを言ったかどうかなんだよ。それが確信出来なかったから彼女達も頑なに食い下がったんじゃないかな?」
幽吏の言葉に零聖は「本当か?」と二人の方を向くと一姫と恋はそうだとでも言いたげに頷いた。
「ハハハッ……何だ、そんなことだったのかよ」
そう考えると先程までのまどろっこしいやり取りが馬鹿馬鹿しく思えてきて苦笑が洩れた。
「そうだよ。最初から本当のこと言ってたら良かったのに零聖くんもったいぶるからさ」
「明らか言葉濁してたしね。すっごいモヤモヤしてた」
「だって他人に女との付き合いとか知られたくないし、お前ら余計にうるさくなると思ったから」
「半端に隠すから駄目なんじゃないかな?」
意外と呆気ない馬鹿騒ぎの幕引きに四人が笑うと同時に朝礼の時間を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
「で、結局地上のもつれってなんだよ?何か捻れてんの?」
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