理想の団欒


「あー、気持ちいいな。うちは息子がいないから、こうやって背中を流せるのが夢だったんだよ」


 背中を洗っていると、アーロンが楽しそうに話す。


「夢だったって、村の若い奴じゃ駄目なのか?」


「あいつらは誘っても何故か断るんだよ。理由を聞いてもはぐらかすし、

 意味が分からん」


「仲が悪いのか?」


「いや、自分で言うのもなんだが、普段は慕われてるし仲は良いぞ」


「ふーん。確かに、それなら意味分からんな」


「だろう?まあ、これからはカズトがいるからいいけどな」


「おいおい、さすがに毎日は勘弁してくれよ」


「分かってるって。たまにでいいよ」


「たまにでいいなら宿代代わりに付き合うよ」


「ありがとな。じゃあ、次は俺が洗ってやるよ」


「ああ、頼む」


「こうやって改めて見ると、凄い筋肉だな。まるで鎧みたいだ。どう鍛えばこうなるんだ?」


「毎日地獄の様な稽古すれば、誰でもこうなるよ」


「地獄の様な稽古ねえ。ちなみに、どんな稽古なんだ?」


「どんなって、まずは剣が持てなくなる素振り。その状態で技の型稽古。それが終わったら糞爺……コホン、師匠との実戦稽古。これを毎日十時間やるんだよ」


改めて考えてみると、凄まじいハードワークだな。これを小学生からやってるんだから、そりゃ強くなるわ。


「そ、そりゃ勝てないわけだ。俺はそこまで稽古した事ないからな。しかし!これからはカズトに負けないくらい特訓して、絶対に剣を抜かせてやるからな!」


アーロンが気合いを入れて弱気な言葉を発する。


おいおい、剣を抜かせて終わりなんて勝負なんてないぞ。


「そこは勝つって言ってくれよ」


「あ、そうだな。次は絶対に勝つぞ!」


先程の発言を撤回するように、アーロンが気合いを入れ直す。


「楽しみにしてるよ。ま、勝つのは俺だけどな」


「ふん!そう言ってられるのは今のうちだ!少しでも差を埋めるために晩飯食ったらすぐ特訓だ!一歩一歩確実に追いついてやる!」


「おいおい、せっかく綺麗にしてるのにまた汚れる気か?アマーリエさんに怒られるぞ」


「あ、それは困るな……」


「だろ?特訓は明日からにしなよ」


「そうだな、そうするよ」


「さ、充分洗ってもらったし、そろそろ上がろう。アマーリエさん達が待ってるからな」


「そうだな、腹が減って腹と背中がくっつきそうだ」


 俺達は風呂を出て、アマーリエ達が待つダイニングへ移動した。


「上がったぞー。飯は出来てるかー?」


「はい、出来てますよ」


「父さん達遅いよ。お腹ぺこぺこで待つの辛いんだからね」


「すまんすまん。ってお前、何でめかし込んでんだ?」


 言われてアスナを見ると、帰宅時のボーイッシュな服から真っ白なワンピースになっていた。しかも薄く化粧をしている。白いワンピースは緋色の髪をより美しく見せ、薄化粧は少女の顔を少し大人びた印象にしている。


 め、めちゃくちゃ可愛い……。まさに天使、究極の美少女だ。こんなに可憐な娘が毎日男をボコボコにして回ってるなんて、人は見た目によらないな。


「べ、別に、お客様がいるから失礼のない格好をしてるだけだよ」


「?村の奴が来る時はそんな格好しないじゃか」


「それは……その……」


 アーロンの問いかけに、アスナは困ったような反応をしている。


「別にいいじゃないですか。どんな服を着るのもアスナの自由ですよ」


 アマーリエが料理を運びながら、アスナを困らせているアーロンを諌めた。


「そりゃそうだな。さ、飯にするか。カズト、遠慮なく食えよ」


「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ。いただきます」


 最初に箸をつけたのは、沢山の具材が煮込まれたシチューの様な料理だ。

 ひと匙掬い上げ口へ含むと、色々な具材が複雑なハーモニーを奏で、とても美味しい。


「美味い!このスープ、凄く美味しいです!」


「そうだろう?アマーリエのグラーシュは世界一美味いんだよ。アスナの好物だしな」


「うん!私、お母さんのグラーシュが世界一好きなの!」


「このスープ、グラーシュっていうんですね。こんなに美味しいスープを食べたのは初めてです」


「ふふふ、お口に合って良かったです。頑張って作った甲斐があります」


「パンもサラダも美味い。アマーリエさんは料理上手ですね」


「だろ?気立てが良くて美人で料理上手。俺にはもったいない女だよ」


「あなたったら……褒めても何も出ませんからね」


 アマーリエの顔がぼっと赤くなる。


「ははは、見返りなんて求めてないさ。全部事実だからな」


「もう……」


 アーロンの言葉にアマーリエの顔がますます赤くなっていく。


「お父さん、お母さん、お客様が見てるんだから、イチャイチャするのは後にしたほうがいいよ」


「おっと、こりゃ失敬。完全にカズトの存在を忘れてた。すまんな、カズト」


「気にするな。夫婦仲が良いのは良い事だからな」


「そういえば、カズトは妻とか恋人はいたのか?あ、いや、すまん、記憶喪失なんだから憶えてないよな」


「いや、それは憶えてる。残念ながら、結婚どころか恋人もいた事ないよ」


「!」


 アスナが小さくガッツポーズをするのが見えた。


「へえ、こんなに良い男なのに、恋人もいた事ないなんてな。カズトの周りの女は見る目がなかったんだな」


「!!」


 アスナが激しく頷いている。


「まあ、そのうちいい縁があるさ。そうだな……試しに村の娘を紹介してやろうか?気立てのいい娘がい___痛っ⁉︎何すんだよ!」


 アーロンの話を遮る様に、アスナの蹴りがアーロンの向こう脛にヒットした。


「ごめんね、足を伸ばしたら偶然当たったんだよ」


 嘘だ。あんなに勢いよく向こう脛を狙ってるのに偶然はありえない。


 さっきからアスナの様子がおかしい。一体どうしたんだ?


「仲良くおしゃべりもいいですが、片付けもありますのでそろそろ料理を食べてくれませんか?冷めると味が落ちますから」


「そうだな、せっかくの料理が冷めたらもったいない」


「ほら、カズトさんも食べて食べて。パンもサラダもまだまだあるよ。いっぱい食べてね」


「ふふふ、まるで新婚さんみたいね」


「ちょ⁉︎お母さん、何言ってるの⁉︎」


「冗談よ。さ、あなたも食べなさい」


「もう!からかわないでよ!」


 顔を真っ赤にしたアスナがアマーリエに抗議している。


 この家族、本当に仲が良いな。俺には縁が無かったけど、これが一家団欒ってやつか。みんなが笑顔で食卓を囲む。俺も今だけはこの輪に入れてるかな。


 そんな事を考えながら、楽しく食事を続けた。

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