少女の初恋
「はぁ……」
「そんなに大きな溜め息なんか吐いてどうしたの?」
何度も大きな溜め息を吐く娘にアマーリエが問いかける。
「ねえ、お母さん。カズトさんって何者なの?」
「私も詳しくは分からないけど、偶然森で出会って、記憶喪失で大変だから面倒見るって連れて帰って来たのよ」
「記憶喪失……じゃあ、自分が誰かもとか分からないのかな?」
「その辺は曖昧みたい。ただ、戦い方は忘れて無かったみたいね」
「そうみたいだね……あんなに軽くいなされたのは初めてだったよ……」
アスナは先程の一戦を思い出し身震いする。
「そうね。まあ、あの人も同じ目にあってるから、気にしなくていいと思うわよ」
「え⁉︎お父さん、負けたの⁉︎」
母の言葉にアスナは驚愕した。自分の知る父が負ける姿を想像できないからだ。
「そうみたいよ。『剣を抜かせる事も出来なかった』って嘆いてたわ」
「お父さん相手に……」
アスナは言葉を失った。自分が一度も勝った事がない父が、自分と同じ負け方したのが信じられ無かった。
「えらくカズトさんが気になるみたいね。もしかして……好きになっちゃった?」
「ちょっ⁉︎何言ってるの⁉︎」
「あら、違うの?」
「それは……」
「それは?」
「……カズトさんに負けてから、ずっと胸がドキドキするの……今までこんな事なかったのに」
「アスナ。人はね、その気持ちを恋って言うのよ」
「これが恋……」
恋なんてした事ないから、これが本当に恋なのかは分からない。ただ一つ分かるのは、カズトの事をもっと知りたいという感情だ。
「私は応援するわよ。その初恋」
「でもさ、カズトさん記憶喪失なんでしょ?恋人とか奥さんとかいないのかな?」
いくら応援されても、すでに相手がいたのなら全てが無駄になってしまう。
「うーん、どうだろう。でも、カズトさん、カッコいいからいても不思議じゃないわね」
「だよねえ……」
こんな自分でも好きになったんだ。顔も強さも一流なカズトを他の女性が放っておくわけがない。
「本人に聞いたら早いんだろうけど……記憶喪失だと憶えてないかもしれないし……」
「はあ……どうしたらいいんだろう……」
詰んだ……恋人や奥さんがいるのか知る術がない……。
「そうねえ……とりあえず、アピールしてみたら?」
「アピール?」
あれこれ考えていると、母が意外な提案をしてきた。
「そう、アピール。恋人や奥さんがいるかもって考えるよりも、カズトさんに振り向いてもらえる努力をする方が建設的だと思うわよ」
なるほど、確かにその方が建設的だ。
「アピール……どうやってアピールすればいいの?」
「とりあえず、おめかしてみたら?」
「おめかし?」
おめかしって何だっけ?自分には縁がなさすぎて分からない。
「ええ、前に買ってあげた服を着て、軽く化粧してみたらいいんじゃないかしら」
「前にって、あの白いワンピース?」
『いい加減、女の子らしくしなさい』って、母が買ってきた服だ。
「そうよ。誰かさんが、『私には似合わないからしまっておいて』って言ってた服よ」
「だって、可愛い系の服だったんだもん。私は動きやすい服が好きなの」
「でも、男性にアピールするなら、その可愛い系の服が役に立つのよ」
「むう……あのヒラヒラ苦手なんだけど……頑張って着てみる」
「簡単でいいから、化粧も忘れないでね」
「化粧なんてした事ないよ」
「だいぶ前に教えてあげたでしょう?頬紅をさすだけでも印象が大分変わるわよ」
確かに教えてもらったけど、興味がなくてうろ覚えだ。
「……分かった、やってみる」
「頑張ってね」
トン、トンと足音を立て、アスナは自室に戻った。
「えっと、確かここに服が……あった!」
クローゼットの中をあさると、奥の方にお目当ての服を見つけた
アスナは服を脱ぎ、ワンピースに袖を通して机に向かう。
「あとは化粧を……どうやるんだっけ?確か……」
色々試してみて、何とか納得のいく仕上がりになった。
「これが私……?」
姿見に映るのは、真っ白なワンピースを着て、薄化粧をしている自分。
普段のガサツな自分と違って、別人の様に見える。
これなら少しは振り向いてくれるかな?いや、振り向かせるんだ。この初恋を悲しい結末にしない様に。
そう決意して、アスナは早足で階段を下りっていった。
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