試し合い ①


「いざ尋常に勝負!」


 そう叫びながら、剣を上段に構え、アーロンが間合いを詰めて来る。


「であああああ!」


 間合いに入って来たアーロンが剣を振り下ろしてくる。


 ……え?遅っそ。マジで?これで全力?こんなの爺の半分以下の速度じゃないか。俺、もしかしてなめられてる?


 ……いや、七十超えてあれだけの速度で動き回る爺が妖怪か。


 俺はその一撃を余裕をもって躱し、再び間合いをとった。


「ほう。今のを躱すとはなかなかやるじゃないか。しかし、剣を抜かないのは何故だ?」


「とりあえず様子見かな。あまり手の内を見せたくないんでね」


 あまり手の内を見せたくないのはそうなんだけど、訳の分からない刀を抜きたくないのが本音だ。


「ほう……随分と余裕じゃないか。それなら、何がなんでも抜かせないとな!」


 アーロンは一太刀、二の太刀と斬りつけてくる。


 太刀筋は悪くない。多分自己流なのだろうが、よく鍛えている。ただ……圧倒的に速さが足りない。いかに鍛錬された剣でも、当たらなければ意味がない。


「はあ……はあ……どうだ、そろそろ抜く気になったか?」


「いや、必要ないかな」


「……そうか。この技はあまり使いたくないんだが……仕方ない!くらえ!秘技、豪剣乱舞!」


 顔を真っ赤に染めたアーロンが、剣を無茶苦茶に振り回しながら突進して来る。


 これが秘技?言っちゃ悪いが、力任せに剣を振り回してるだけじゃないか。こんなの続けていたら、すぐにスタミナ切れになるぞ。


 俺は太刀筋を見極め、紙一重で躱していく。


「躱すのも辛くなってきただろう!そろそろ抜いたらどうだ!」


 そう言い放つアーロンの方が辛そうに見える。


 さて、どうするか。スタミナ切れを待ってもいいんだけど……『そんな勝ち方は武士の勝ち方じゃない!』って爺に怒られるな。


 仕方ない。極力怪我をさせないように倒そう。


「でぇやぁぁぁぁぁ!」


不知火流しらぬいりゅう、【やなぎ】」


 アーロンの剣が振り下ろされようとした瞬間、その身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 古武術、不知火流。戦国時代から続く由緒正しき流派らしい。刀以外にも、槍、弓、そして無刀などなど……ありとあらゆる武を極める流派だ。そして、今しがた使った技は無刀術【柳】。相手の力を利用して、合気の要領で地面に叩きつける。相手の力が強ければ強い程威力も上がる。


「がっ⁉︎」


 受け身を取れなかったアーロンは、激痛で悶絶している。


 この技、物凄く痛いんだよ。俺も爺にやられてのたうち回った記憶がある。


「決着だな」


 さすがに立てないだろう。それくらい強く叩きつけたからな。


「馬鹿言え……!俺はまだまだ元気だぞ……!」


 アーロンは剣を地面に突き刺し、それを杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。


「やめときな。怪我はしてないはずだが、かなりの激痛だろう」


「剣を抜かせないまま負けるなんて剣士の恥だ!さあ、続きを始めるぞ!」


 そう言ってアーロンが再び突進して来る。


 はぁ……言っちゃ悪いが、馬鹿の一つ覚えみたいに突進して来ても結果は変わらないのに。


「ぐがっ⁉︎」


 突進して来たアーロンを、再び地面に叩きつけた。


 さっきより勢いよく来たから、しばらく起き上がれないだろう。


 と、思ったのだが……。


「まだまだ……俺はまだやれるぞ!」


 そう言いながら、アーロンが三度突進して来る。


 こりゃ駄目だ。完全に動けなくするか、意識を刈り取るしかない。


 ………

 ……

 …


「俺の勝ちだ。さすがに動けないだろう?」


「……ああ、負けた負けた、俺の負けだ。剣を抜かせられなかったのが悔しいがな」


 投げる事、六回。やっとアーロンがギブアップした。


「悪いな。これから世話になる人を大怪我させたくなかったんだ」


「そんな事考えてたのかよ……なあ、カズト。一つ聞いていいか?」


「ん?」


「俺は剣を抜く必要がないくらい弱かったか?」


 アーロンが真剣な眼差しで聞いてくる。


「ああ、弱かった」


 俺は言葉を飾らず、はっきりと告げた。


「……そうか。こりゃあ鍛え直さないと駄目だな。村で強いからって天狗になってた。次は絶対に抜かせてやるからな!」


「ああ、楽しみにしてるよ」


「しかし、身体がまだ痛いな。俺は一体何をされたんだ?」


「秘密だ。一子相伝ってわけじゃないけど、うちの門弟以外には教えられないな」


「そういう事は覚えてんのか。記憶喪失ってのは難儀なもんだな」


 アーロンは納得したように一人でうんうんと頷いている。


「よっこらせっと。まだ痛いが何とか動ける様になったし、そろそろ村へ帰るか」


 アーロンがよろよろと立ち上がり、ふらつきながら歩き始めた。


「おいおい、もう少し寝てた方がいいんじゃないか?ふらふらだぞ」


「そうしたいのは山々なんだが、日が暮れるまでに帰らないと女房が怒るんだよ。『せっかく作ったご飯が冷めちゃったじゃない!』ってな」


「へえ、アーロンは恐妻家なんだな」


「怒らせなきゃ最高の女なんだがなあ。という訳で、急いで森を抜けるぞ」


「分かった。じゃあ肩を貸すよ」


「悪いな、助かる」


 俺はアーロンに肩を貸し、ペースを合わせて村へと向かって歩き始めた。

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