ここは異世界?


「お……だいじ……」


「う……うん……」


「おい!大丈夫か!」


「え……?」


「よかった、起きたみたいだな。こんな所で倒れてるから心配したぞ」


 目を開くと、ホッとした顔をした見知らぬオジさんがいた。


「こんな所?」


 周囲を見渡すと、木々が生い茂げっている。どうやら、ここは森の中らしい。


 あれ?確か、蔵の中に居たはずじゃ……。


「ここは……どこだ?」


「どこって、ジエンの森じゃないか」


「ジエンの森……?」


 そんな森、近所にあったか?


「?もしかして、自分がどこにいるのか分からないのか?」


「ああ……」


「おいおい、もしかして、記憶喪失ってやつか?自分の名前はわかるか?」


「不知火一刀だ」


「シラヌイって、珍しい名前だな」


 ん?不知火が名前?どういう……あ、なるほど。よく見ると、おじさんは西洋人のような面立ちをしている。だから苗字を名前と勘違いしたのか。しかしこのおじさん、日本語ペラペラだな。


「いや、一刀が名前だ」


「カズトだな。それで、どこから来たか覚えてるか?」


「京都だ」


「キョウト?そんな場所、この辺りにあったか?」


 え?ここって京都じゃないのか?


「ここは日本じゃないのか?」


「ニホン?どこだそれ?国の名前か?」


 日本でもない?どういう事だ?


「えっと、ここはなんて国なんだ?」


「はぁ?自分のいる国が分からないのか?この国は剣帝アダラードが治める、クロイツ・デス・ズューデンス帝国だぞ」


 クロイツ・デス・ズューデンス帝国?何だよそのRPGに出てきそうな名前。


 ……………。


 もしかして、ここは異世界か?


 そう仮定すると、蔵にいたはずなのに、知らない国の知らない森の中で倒れていた事にも得心が行くが……いやいや、待て待て。まだ情報が少ない。もう少し情報を集めて結論を出そう。


「しかし、記憶喪失ってのは想像したよりヤバいな。医者に連れて行っても無駄だろうし……さて、どうしたもんか……。さすがに、この状態の人間を放置して帰るわけにはいかねえし……」


 俺が思考を巡らせていると、おじさんは腕を組んで、ブツブツと何か呟いている。


 おじさんを改めて見ると、色白な肌にショートバック&サイドの髪とショートボックスの髭がよく似合うナイスミドルで、胸当て、手甲、脚甲を装備して、腰に剣を携えている。まるで、RPGの住人のような出立だ。


 うーん。コスプレって感じじゃなさそうだし、やっぱり異世界確定か?


「よし!決めた!お前、家に来な。記憶が戻るまで面倒見てやるよ」


 俺がおじさんを観察していると、おじさんが予想外の事を言い出した。


「え?いや、それは迷惑になるんじゃ……」


「気にすんな。家は無駄にデカいし、嫁さんと娘との三人暮らしだ。居候一人増えたって問題ないさ」


「本当にいいのか?」


「俺がいいって言ってんだ!遠慮すんな!」


「……分かった。じゃあ、少しの間世話になるよ」


「よし!そうと決まったら、早速帰るぞ!」


「ああ」


「ちょっと待った」


 後に続こうとしたら、待ったがかかる。


「その剣、お前のだろう?剣士が剣を忘れてどうする」


 オジさんは俺の足元を指差した。


 足元を見ると、長持ちに入っていた打刀と脇差が落ちている。


 ……何でこれがここに?


 もしかして、この場所にいるのはこいつと何か関係があるのか?


「さ、暗くなる前に帰るぞ」


「あ、ああ」


 俺は刀を拾い上げ、おじさんの後を追いかけた。


「その装備、おじさんも剣士なのか?」


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は、アーロン・ホワイトだ。気軽にアーロンと呼んでくれ。それで質問の答えだが、当然剣士だ。というか、この国の男は皆剣士だぞ?稀に女剣士もいるけどな。そんな事も忘れたのか?」


「……どうやらそうみたいだ」


「記憶喪失ってのは大変なんだな。常識まで忘れちまうんなんて」


 忘れたもなにも、最初から知らないんだけどな。


「まあ、これからゆっくり思い出していけばいいさ」


「ああ、そうさせてもらうよ」


「そういえば、アーロンは何で森に来てたんだ?」


「ん?ああ、村の人間がこの辺りで魔獣を見たって言ってな。だから、俺が狩りに来たんだ。ま、結局見つからず終いだったがな」


 魔獣、魔獣ねぇ。日本が存在しない、男は皆剣士、そして魔獣。ここは異世界で間違いないようだ。


 ……………。


 は、はは、ははは!やった、やったぞ!何が原因でこうなったのか分からないが、ここは憧れの異世界!夢にまで見た異世界!物語の中だけの存在じゃなかったんだ!


「どうした、そんなにやけ顔して。何か思い出したのか?」


 アーロンが不思議そうにこちらを見ている。どうやら心の内が顔に出ていたようだ。


「あ、いや、なんでもない。それより、魔獣の件はいいのか?」


「よくはねえんだけど……かなりの時間探しても見つからなかったからな。明日、何人か連れてもう一回探すさ」


「それなら、俺も手伝うよ。世話になるんだ、それぐらいの事はさせてくれ」


「手伝うって……気持ちは嬉しいが、戦い方は覚えてるのか?言い方は悪いが、足手纏いはいらねえぞ?」


「大丈夫だ。戦い方は身体が覚えている」


「へえ、自信ありげだな。なあ、俺と試合ってみねぇか?」


「何でそうなるんだ?」


「いやなに、中途半端な実力じゃ困るからな。今のうちに腕試しをしておこうと思ってな。まぁ、建前だが」


「本音は?」


「剣士として、見た事もない剣を持つお前がどんな戦い方をするのか見てみたい。なぁ、どうだ?試合ってみねぇか?」


 アーロンの目は、玩具を前にした子供の様にキラキラとしている。


「試合をするのはいいけど、多少の怪我は覚悟してもらうぞ?」


 これから世話になる人間に怪我をさせるのは忍びないんだが……うんと言うまで諦める気はないようだ。


「ははは!気遣いは無用!何故なら、俺は村で一、二を争う腕前だ。安心してかかってこい!」


「分かった。じゃあ、開始の合図はそっちで頼む」


「ああ、では……いざ、尋常に勝負!」


 アーロンの雄叫びを合図に、試合の幕が切って落とされた。

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