第5話
視界の隅でクレマンが顔を歪めるのを認めた。
だが、同情する者はいなかった。
踊るようにフロランがドレスの裾を泳がせてクレマンとの距離を詰める。
突然、見つめ合う形になったクレマンは動揺して一歩下がったが、それさえも埋める。
「初めまして、かな?水の礎のフロランです」
優雅に微笑んで見せて、自己紹介をする。
「あ、お初にお目にかかります。クレマンと言います」
こだまのように反射的に応える。
可愛らしい顔が近づいて心臓が飛び跳ねそうである。
しかし、何故だか、足の指が痛い。
確認しようと視線を落とすが、途中でフロランのある一点に違和感があり体が固まる。
「まだ、新人さんかな?お仕事、頑張ってね」
さらににこりと笑みが深くなり、心が踊りそうなくらい嬉しいのだが、足の痛みはひどくなるばかりである。
ふっとフロランが上目遣いで見上げる。先ほどまでの愛くるしい表情から一気に冷めた棘のあるものに変わる。
「くれぐれも、レインニールの邪魔はしないように」
ぴょんと跳ねるようにクレマンから離れると、レインニールのもとへ小走りで戻る。
「ほら、ぼうっとしないで。急がないとまた、アレクシ様に怒られちゃう」
全体が見えていたレインニールは何か援護しようと口を開きかけたが、フロランの勢いに負け部屋から退出する。
何が起きたのか状況が把握できないクレマンは、かなり時間が経って足が痛いことを思い出した。
「い、痛い!何で?え、なにこれ、どういうこと?」
しゃがみ込んで革靴の上から足を撫でたが、意味がないことに途中で気付き、慌てて靴を脱いだ。
「馬鹿が」
ヒューゴが吐き捨てて席に戻る。
振ってきた言葉にクレマンは涙目で訴える。
「だって、足が…」
「忠告されたんでしょ、気が付きなさいよ」
同僚のエミリーが腰に手をあて、注意する。
「いや、それよりフロラン様に喉仏が!」
そう、違和感はフロランの首だった。
女性には見られない首の突起、小さいながらも確かに存在していた。
「喉仏くらいみんなにあるわよ」
クレマンは確認するようにエミリーの首を覗き込む。
「骨なんだから見えるわけないでしょ」
手で首を隠そうとするエミリーに、更に詰め寄ろうとするのでリウが机を叩いて警告する。
「クレマン、訴えられる前にその態度を改めるように」
いつも穏やかな支部長補佐にやや厳しめに言われ、クレマンは肩を落とす。
あまりの衝撃で頭は大混乱で煙をあげそうである。
「受講時間の確保で周りに迷惑をかけることを心するように。それと、再履修者を出したことで我々の人事査定にも影響することを忘れずに。まったく、基礎項目は研修期間で終わらせて欲しかったな。研修担当は誰だったんだ。手を抜きやがったか」
最後は呟きだったが、物騒な顔と口調に彼らは震えあがる。
リウの荒々しい感情は大変、珍しい事だった。
クレマンは手荒い洗礼を受け、しょんぼりと席に戻るのだった。
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