第3話

 聖女王試験開始から約一年。

 リウはいつものように執務机に座りながら、背後を気にしては振り返る。

 その先にはレインニールが使う支部長室があった。中に籠ってすでに一日以上、そろそろ限界だった。


 リウがいるのは支部に配属された者たちが事務仕事を行うための執務室で、机がいくつも並び、今日は珍しく研究員全員が顔を出していた。

 彼らはレインニールのいる部屋を気にしている。


 突然、それとは別の扉が開き、皆が目を見張る。

 中に入ってきたのは水の礎、フロランである。


 蜜のような甘い香りがしそうな髪を鮮やかな飾りでまとめ、背中へ落としている。

 腰のあたりが濃い青色のドレスは裾にいくにしたがって薄くなり、やがて白色へ変わっていた。それはまるで水が流れているように見えた。


 美しいドレスを着ているが、顔つきは大変、厳しいものだった。

 リウは迎えるために立ち上がる。

「これはフロラン様、如何なされましたか?」

 問いかけつつも答えはすでにリウの中にあった。


 それが分かっているのだろう、フロランは足早に近づく。

「悪いわね、レインニールを暫く借りるわ」

 リウの答えを聞く前に、フロランはレインニールが籠る部屋に入っていく。

 その姿を見送りながら、リウはそっと息を吐く。


 ふと、自分の執務机に近付く者を感じて振り返る。

 そこには支部に来てまだ半年ほどの若い青年が呆けたような表情をしていた。

「水の礎様、初めて見ました。とても綺麗な方なんですね」

 うっとりしつつも鼻の下が伸びている。

 だらしない表情にリウは眉を曇らせる。


「レインニール様は氷の美女って感じだし、フロラン様は可愛らしい妖精って感じだし、どっちも良いなぁ。リウ補佐はどちらがお好みですか?」

 応えに困り、口を開いては閉じる。

 リウよりも先に彼の教育係でもある支部内の最年長、ヒューゴが若者の頭を叩いた。

「お前の性的指向を職場で垂れ流すんじゃない」


「うわ、暴力反対」

「その前に、周りが不快な思いをしている。よく見てみろ、クレマン」

 ヒューゴに言われて、執務室内を見渡すと、視線の合う全員が表情を強張らせていた。

「え、なんで?」


 事態の飲み込めていないクレマンは呆然とする。

 リウはどう収拾しようか悩んでいると、レインニールとフロランが部屋から出てきた。

 待ちに待った登場に思わず身構えてしまう。


「待たせて悪かった。一先ず、ギリギリだが承認することにした。推薦書もつけたから本部に送る準備をしてくれ」

「ありがとうございます!」

 一番心待ちにしていた研究員のレミがほっとした表情で頭を下げた。

「時間がない。一番乗りはうちが貰う。リウ、頼んだ」

 やや意地の悪い笑いを浮かべるレインニールにリウも頬を緩める。

「承りました。この時を待っていました。準備は整っています」


「やだ、なんか悪巧み?」

 フロランが仲間外れにされたと機嫌を損ねる。

「本部に論文を提出するんです。聖女王試験が終わったばかりで、周りはまだ祝賀ムード。だからこそこの試験内容を一足早く論文としてまとめ上げ、本部に提出する必要があります。データは取ったそばから過去のものになります。浮かれている暇はありません」

「試験に補佐で入ってるレインニールがいるから、自分の部下に情報を垂れ流し放題じゃない」

「そんなことはありません。試験で取られたデータは全て本部で統括して開示されます。確かに早く知ることは可能ですが大差ありません」


 レインニールの説明を聞いても、優位性があることに変わりない。フロランはやれやれとあきれた様子で頭を振る。

「じゃあ、一先ずレインニールの業務は以上ね。全く、これから聖女王の就任式があるってのに、手のかかること」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る