閑話 あたたかなおもいでは

「お腹に力入れて」

「うん」

「吹き込んでみる」


 すぅ、と空気の通る音。

 少女は何度もチャレンジする。


「うーん、重いかもなぁ」


 少年は少女の手からリードを奪い、試しに吹いてみる。

 意図も容易く音が出た。


「吹ける吹ける、頑張れ演劇部っ」

「まあそうだけどさぁ……」


 少女はリードを受け取り、何度も吹き込む。たまに喉の奥で空打ち。


「……吹部入らなくてよかったわまじで」

「ふふ、そうかぁ」


 楽しげに少年がからから笑う。

 その後三分くらい格闘して、ようやく音が出た。

 少女の頭はクラクラ。

 リードは取られた。

 少年はそれをあるべき場所に取り付けると、一度軽く音階を吹く。パラパラとした綺麗な音が、部屋に響き渡った。

 楽器を返される。


「ほいさ、吹いてみよう」


 シ、と少年が指で表す。真似して指を置く。

 少女は吹き込むも音は出ず。諦めずに何度か吹きこむと、いかにも薄っぺらく変な調子の音が出た。


「おー、出たじゃん、すごい」


 少女は撫でられる。満更でもない表情。しかし頭はクラクラだ。


「次、ラ」


 また指で表される。その通りに置いて、吹く。

 ラ、ソ。調子のおかしい音が出た。


「次、ファ」


 こことここ、少年は直接キーを指さす。少女はその通りに指を置く。

 ここも使うんだ。少女は心の中で呟く。

 吹き込む、また調子のおかしな音が出た。


「次、ミ」


 この指が、こっち。少年は直接少女の指を触り、動かした。

 吹き込む、調子のおかしい音。


「次、レ」


 薬指を置くが、音が出ない。


「ちゃんと閉じてる?」

「閉じてるよ?」

「……ここ微妙にあいてるじゃん、ほんの少しあいてるだけで音出ないから、ちゃんと力入れて」


 少女はどうにか頑張るが、指に力を入れると上手く吹き込めず、上手く吹き込もうとすると指に力が入らず、四苦八苦。

 見かねた少年は最終手段を使った。


「……押さえるから、吹きこんで」


 少女の後ろに回り、少年はキーを押す。

 心臓をわずかに跳ねさす少女。吹き込むと、音が出た。


「んむ、よくできました」


 ぎゅっと片手で包み込まれるように抱きしめる、少年。

 暖かい風が窓から吹きこむ。


 ……そんな、春の日。

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