第33話 ひずみを迎えて ①
ゲイジの軍はボストンから退散した。しかし、イギリス軍はそう簡単には引き下がらない。イギリスの財政も切羽詰まっていた。植民地からの税が必要だった。これ以上植民地ごときが出しゃばってもらっては困る。
ワシントンはニューヨーク市に部隊を送った。ゲイジを脅し、敵がニューヨークを攻めるという情報を手に入れたのだ。ワシントン自らもニューヨークに行き、作戦本部を設営。砦の作成、武器の補充を進めた。
さすがワシントン、ボストンでの勝利に酔いしれることなく次の戦に備えている。と、思ってしまうが、雲行きは怪しかった。
というのも、植民地の中の正規軍を大陸軍と呼ぶのだが、名前と大儀だけが大それたもので、大陸軍の現状は民兵のそれとあまり変わることはなかった。なぜなら、大陸軍といえども所詮は金で集まった人々であり、自由への意思はあろうとも、集団としての整然さは求めていなかったからである。大陸軍の将軍が規律を求めようとすればするほど、彼らの素行は悪くなっていった。その上、各地方から急に集められた人々がすぐに仲良くなるはずもなく、仲間で争いが起こる始末だ。訓練も中途半端に終わることが多く、命令もなかなか伝わらない。
ワシントンの想定よりもすべてに時間がかかった。兵の動きが悪すぎるのだ。それはつまり、兵を率いる将軍の手腕のなさを露呈しているのでもある。
ワシントンの能力値だけが高く、明らかに浮いていた。動き出しこそはやかったものの、いざ動き出してみたら彼の要望に応えられる働きをする軍が存在しないのだ。
それに、どこか緊張感に欠けていた。当然かもしれない。ボストンでの戦闘があんなにもうまくいってしまったのだ。調子に乗ってイギリスを見下している人々だっているだろうし、負けてすぐに攻めてくるわけがないと、ゆったりしている人もいるだろう。
しかし、ボストン包囲戦から四か月後。約五十隻のイギリス艦隊がニューヨークの湾に錨を下ろした。
イギリスには狙いがあった。それは、植民地の重要な二大都市、ボストン、フィラデルフィアの分断である。ゲイジが占領していたとはいえ、ボストンで大きな戦闘はなかった。だから、ゲイジが出ていった後すぐに、ボストンは生き返った。ボストンとフィラデルフィアの両都市は互いに連携を取り合い、不安定な植民地を何とか支えている現状だ。
この二つさえ落とせば、植民地の機能は低下するのだ。
だが、都市には当然守兵が多数配置されている。両都市を直接攻撃するには、相当の時間と犠牲を覚悟しなければならない。
そこで両都市の間を流れるハドソン川の占領が効果的であった。都市間の情報のやり取りが妨げられるし、敵の視線を内陸に釘付けにできる。
作戦は単純、挟み撃ちだ。南北に上陸したイギリス軍が、それぞれ川に沿って進軍して行き、最終的に合流。合流の結果が、ハドソン川の占領達成ということになる。
ニューヨーク、つまり南側から攻めるイギリス軍の総司令官の名は、ウィリアム・ハウ。軍人家系の男だ。
イギリス軍の上陸は堂々としていた。隠れる気など最初からないといわんばかりの上陸は、ニューヨーク市民に恐怖を与えた。鳴らされる警鐘、逃げ惑う人々。
大陸軍の兵士たちは、武器を持ってイギリス軍の前に立ちふさがった。
しかし、ニューヨークに上陸したイギリス軍は、ボストンにいたイギリス軍とは格が違った。今まで軽い気持ちでいた大陸軍の兵士たちは、雰囲気でだけですぐに圧倒されてしまい、情けなく壊走し始めた。大陸軍の兵士たちは、戦うことなく、敵に背を向けたのだ。
歓声を上げるイギリス兵。ニューヨークをえぐり始める。
今回のイギリス軍は、本気だった。
ワシントンは怒りを通り越して吐き気に襲われていた。もちろん、イギリス軍に対しての怒りではない。
「ゴミどもが。何故俺の指示を聞いて行うことが出来ない」
髪をかきむしって怒鳴っては、吐く。
慌てふためくニューヨーク。イギリスは破竹の勢いでニューヨークを突き進み、馬鹿な大陸軍は銃を撃たずに逃げ出した。
そんな中、ときは一七七六年七月四日を迎えた。
数日後、ワシントンの手元に届いた連絡は、現状を打破するために十分すぎるものだった。
ワシントンは珍しくきちんと軍服を着た。各軍を集め、彼は高らかと叫ぶ。
独立を。
大陸会議の議員が、七月四日、アメリカ独立宣言に署名をしたのだ。後戻りはできない。植民地の人々が、自らの土地を、ここは植民地ではない、アメリカだ、と宣言したのだ。
これを聞いた兵たちは、心の炎を瞳に宿した。発狂し、拳を握りしめ、言葉の意味をかみしめる。目の前にあるのは漠然とした戦争ではない、自由に直結する希望の戦なのだ。
兵士たちは武器を持って、イギリス軍の前に立ちふさがった。睨み合う両者。逃げない。
ニューヨークは、一進一退のどちらもゆずらぬ激しい均衡状態に突入した。
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