第29話 藪から棒へ ③

 もちろん、そう易々とはいかない。

 カスイが望遠鏡をのぞきながら叫んだ。

「敵襲よ!」

「イギリス兵か。迎え撃つぞ!」

 ほざいているノックスを置いて、ロチカがオリーのそりから躍り出る。

「やはり、きてほしくないタイミングでくるな」

 ロチカは敵襲を一挙に引き受けるべく、手綱を引く役割を最初から担っていない。   

 逆を言えば、ロチカ以外の戦力は、皆手綱を握っている。

 操られている獣たちが、仲間の到来に喝采。操縦が困難になった。

「大人しく言うこと聞きやがれ!」

 跳ねる手綱を手繰り寄せながら、オリーは怒鳴った。

 空から巨大なカメが数匹飛来してきた。灰色の体と甲羅、まるで石像がそのまま動き出したかのようなカメだ。すると、急に灰色の腹部が金色に光り始めた。金色の光は腹部から口へと移動し、地上に向かって発射される。

「気をつけろ!」

 速さは大したことはない。そりは次々と光を避ける。が、光が地面に着地した瞬間、地雷が作動したかのように周り一帯が吹き飛んだ。しかも、その光は消えることなく、飛び跳ねてまた地面に到達するのだ。

 再び爆発。一つのそりが巻き込まれた。制御を失い、横転。そのまま犬に引きずられ、そりは運転手の悲鳴を黙らせるかのように突き出た岩に激突した。

 続々と投下される光の爆弾。このまま何個も光を落とされるのは致命的だ。

 ロチカは思い切って空を踏み切り、一気にカメの背中に乗り移った。今日のために調子を整えてきた。いつもより魔力が冴える。

「今までの温存が効いた。今日は絶好調だ」

 カメの背中に、創り出した銀色の刃を深々と突き刺す。一度背中に乗ってしまえば楽勝だ。ロチカはすぐさま次のカメに向かって飛んだ。

 先頭のキャチューが次の敵を発見。地面から朽ち果てたギターのような形をした、果実らしきものが生えてきたのだ。

「全員回避!」

 キャチューの後ろにいたオリーがその言葉を大声で復唱。次々にそりは方向を変えていく。

「悪魔だ、悪魔が殺しにきたんだ」

 涙を流しながら頭を抱えるノックス。

「うるせぇよ!」

 オリーが叱りつけた。

 一台の蛇そりが、回避しきれず果実に激突した。その瞬間、果実が嬉しそうな音を発して膨らんだ。そのままそりを取り込み、かみ砕く。そりを運転していた若い黒人兵士も果実に取り込まれかけた。

 ファンは必死に腕を伸ばした。しかし、若き同胞は、恐怖におののいたまま果実の中に吸い込まれてしまった。くぐもった悲鳴と、何かを砕くようなゴツゴツとした音が果実から聞こえる。

「クソ、クソ、クソォォ!」

 キャチューの目が見開いた。その果実が見渡す限り何十個も土から誕生しているのだ。

「マズイ」

 そりに乗っている正規兵たちも混乱。錯乱し、発狂し始めた。

「落ち着けってば」

 オリーがなだめるも、後ろに乗っているノックスが銃を乱発し始めた。

「あぶなっ」

 オリーは身をすくませながら思う。俺も暴走したらこんな感じになるのか。オリーは仕方なくノックスから銃を強引に奪った。

「何をするんだ」

「黙れ」

「私は、将軍だぞ!」

 よそ見をしていたので、オリーのそりが大きく道を横にそれる。大木が眼前にそびえた。大慌てて手綱を引っ張り、なんとかその場をしのいだ。危機一髪を経て、ノックスは大人しくなった。

 上空の魔法使いは、ようやく最後のカメを殺すことができた。落ちていくカメに乗りながら下を見てみると、変な果実が道の先に大量にあるのがわかった。危機を察知し、すぐさま地上に戻る。

 カメが死んでも、爆弾はしばらく存在し続ける。眩い光に注意しながら、尚且つ果実を回避しなければならない状況だ。しかし、反撃の手段があまりにも少ない。ロチカ以外の兵士たちは操縦で精一杯なのだ。手綱から少しでも注意をそらすと、あっという間にそりは明後日の方向に引っ張られてしまう。

 ならば選択肢は一つしかない。進むだけだ。

 次々と生える果実を間一髪で避けるが、爆発に巻き込まれて大破するそり。爆風でコントロールを失い、木々に激突して散るそり。仲間が消えていく。それでも立ち止まることはできない。そりは進み続ける。

 前方に果実が出現。ジェイが右に、アールは左に回避する。しかし、左には跳ねてきた眩い光。

「アール!」

 ジェイの必死の叫びと同時に、激しい爆発が彼を包んだ。立ちこめる煙。ジェイの顔が真っ青になった。が、すぐに煙の中から横にスライドしてアールのそりが躍り出てきた。

「びっくりした?」

 歓喜も束の間、逃げた方向には、まだまだ数多の忌々しき果実が、よだれを垂らしてご馳走を待っている。

 アールは終わりを覚悟しかけたが、赤い閃光が彼を助けた。果実を粉々に砕き、魔法使いはアールのそりに降り立つ。

「危なかったな」

「ロチカぁぁ」

 泣きながら雄叫びを上げるジェイ&アール。そんな二人に、ロチカは即席で何かを創り、口元にそれを運んだ。

「笛だ。加えて吹け」

 言われるがまま笛を吹いてみると、前方の果実が悲鳴を上げて大破した。

 自慢げに微笑を浮かべ、ロチカは前方へと飛んだ。

 先頭キャチュー、前方に例の川の出現を確認。初めて獣に襲われたあの川だ。

 この川を抜けてしばらくすると森は終了。ロチカ曰く、基本的に魔物は広い場所では動きが鈍くなる。前々からこの川を重要な地点と考えていた。ここを抜けると、敵の襲撃がなくなると予想される。

「川が見えた。踏ん張って!」

 希望が見えた矢先、光が先頭付近にまで跳ねてきた。

 回避が間に合わない。オリーのそりが爆風で宙に飛ばされ、道から大きく外れた。  

 何回転もするそりの上、オリーは無我夢中で手綱を操り、そりを空中で一時停止させることに成功した。ノックスは吐きながら失神してしまったようだ。

 そのとき、川が視界に入る。オリーの瞳孔が開いた。川の上を走ってくる二足歩行の生き物がいたのだ。走るたびに体の周りに水が吸い付けられている。

「川に何かくるぞ!」

 キャチューが川を通り抜けた瞬間、左側から水の拳がキャチューのそりを殴った。水とは思えない威力、そりは砕け散り、蛇もろとも川に落ちていく。続くファンがなんとかキャチューの手首をつかみ、リーダーの落命を回避した。ここが最後の難所らしい。川を渡るそりに次々と水が襲い掛かり、五台に一台は確実に水に沈む。

 ロチカが笛を作っては兵士に与え、果実の滅亡に拍車をかけていた後方部にも、水の拳が視界に入った。漂っていた勝利ムードが消える。

「何だ、あれ!」

 動揺する一行の目の前で、一台のそりが拳によって水面に叩きつけられた。

 息を飲む後方部。ロチカは苦い顔をした。これで終わりだと思った。いくら絶好調とは言え、疲れが体中を噛みついている。

「水の天敵なんてこれしかないだろ……」

 ため息交じりにつぶやくと、ロチカは手元に雷の槍を創り出した。カメの爆弾よりもはるかにまぶしい。ほとばしる閃光がみるみるうちに縦長の棒になっていく。ロチカは思い切り雷槍を投げ飛ばした。黄色い足跡を残して加速する雷。水の拳が手を引っ込める前に、槍は拳に突き刺さった。

 悲鳴の代わりに激しい水柱。降り注ぐ川の雨。その雨は、そり作戦の成功を祝福した祝い酒として彼らの脳天に降り注ぐ。

 水柱を最後の一台が突破し、果実と光は消えた。危険の臭いが風と共に消え去っていく。

 そり部隊に歓声が上がった。ロチカは汗を拭いながら安堵のため息を吐き、オリーも喜んで失神するノックスを何度も強く叩く。

 森を抜けた一行は再び一列になって平原を疾走した。九十あった大砲は六十にまで減ったが、許容範囲である。 

 大一番を乗り切った。これでやることは簡単だ。

 後はドーチェスターへ、一直線。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る