第27話 藪から棒へ ①

 ノックス率いる正規軍は、タイコンデロガ砦に到着した。雪こそ降っていないものの、季節は冬。そして早朝。霞がかったような閑散とした世界に、砦は音もなくそびえていた。

 しばらく感慨に浸っていると、捜索に出ていた兵士が帰ってきた。

「大砲はあったか」

「はい、数えたところ八十九門」

「ほう……」

 ノックスは髭をさすった。

 大砲は予定を大きく超え、約九十門あった。素晴らしい。

 しかし、ここにくるまでに一か月半かかってしまった。遅すぎる。予定外の多雨と土砂崩れがあったから遅れた、のは言い訳で、遅れた本当の理由は、ノックスが腹を下してまともに動ける状態ではなくなったことだった。要するに、総大将のせいだった。兵士たちはノックスを見下している傾向にある。

 一人になると、すぐに不安が押し寄せてきた。

 九十門もの大砲を持ってどれだけの日数で帰れるだろうか。

 そもそも、ワシントンはどれだけの日数で戻ってくると考えているのだろうか。二か月くらいは許容範囲か。それとも、もうワシントンの中にあるタイムリミットに私は間に合っていないのだろうか。

 犬そりの用意って、できてるよな。民兵に任せて大丈夫だったかな。もし、まだ犬とかそりとかの用意が全くできていなかったらどうしよう。え、そうだったらやばくない? あと一か月とかかかったらどうすんの? 

 ワシントンの顔が脳裏をかすめた。

 ノックスの歯はガチガチと音を立てる。しかし、将軍たるもの威厳を片時もなくしてはならない。周りの兵士に恐怖を悟られたら終わりだ。すぐにこらえて難しい顔をする。

「寒いな」

 道を作っていた民兵たちと今日合流できる予定だ。彼らに会ってから考えるべきだ。ノックスは辺りを見渡す。

「奴らは何処……」

 そう言いかけたとき、近くの森に雷が落ちた。

「うわぁ!」

 続けざまに発砲音。再び落雷。

「わわ……お、お前たち、戦闘態勢に入れ」

 慌てて銃を構える兵士たち。動揺している。

 一瞬、静寂が訪れる。自分の心臓の音が聞こえた。

 次の瞬間、森から何かがはじけ飛ぶ。生き物のように見える。奇妙な形をした、犬。

「い、犬……?」

 思わず口に出てしまった。俺の知っている犬はあんなものじゃない。

 犬はあんなに筋肉質ではない。犬の尻尾は三本も生えていない。犬の眼球は三つもない。ライオンのような鬣に黒色の歯、大きな耳は蝶のように羽ばたいている。

 犬の首には縄が括り付けられており、民兵たちが汗を浮かべて綱を引いていた。その民兵たちが乗っているのはそりだ。大砲が少なくとも二個は乗る。最初に飛び出したのは一台だったが、その後、次々に奇妙な犬そりが森から飛び出した。

撃ち方始め、と叫びたくなるのを何とかこらえた。ノックスの前で、そりたちは何とか止まる。

 大柄な男がそりから降りてきた。ダイクである。

「将軍、予定より遅れましたな。こちらは準備万全です」

 相も変わらず姿に似合わない高音だ。声帯だけミッキーマウスのようである。

ノックスは動揺と笑いをこらえながら言った。

「色々トラブルがあってな。それよりなんだ、これは?」

「犬そりですよ。将軍が発案したのでしょう?」

「そ、そうだが」

 この奇妙な犬についての説明はないのか? 当然のようにやってきたが、こいつのどこが犬なのだ? 恐らく俺の後ろの全兵士が疑問に思っているに違いない。

 だが聞けん。聞いたらまるでビビっているようではないか。私は将軍、軍を率いる一番偉い人間だぞ。威厳を失うな。こいつは、ただの犬だ。

「こ、これではそりの数が足らなくはないか。大砲は九十門ある。何往復もする気かね?」

 ノックスは心の中でガッツポーズをした。我ながら機転の利いた返し。将軍らしいぞ。もしかしたら、奴らはそりの数が足らないことをごまかすために、犬にペイントを施したのかも知れない。そうだ、絶対にそうだ。だが俺は核心をついてやったぞ。

 しかしその直後、再び森から何かが飛び出した。

 ノックスは絶句した。

 今回ばかりは断言できる。そりを引いているのは、犬ではない。

 体はまるで巨大ヘビ、アナコンダのようだ。しかしアナコンダよりも短く、太い。体色は深緑、眼球は赤い。そして、地面と平行に伸びた足が四本生えている。体の表面は粘液質でヌタウナギのようだが、足は違う。足はまるで岩肌、屈強であり、尚且つ鋭利。別々の生き物のパーツを無理やりくっつけたような体は、ヘビでもトカゲでもなく、ましてや犬ではなかった。

 一匹が一台のそりを引いて、次々と森からそりは出てくる。移動方法もよくわからない。滑らかな体を使って滑っているのか、たくましい足を使って地面を蹴っているのか。ともかく、そりの数は足りていた。

「御覧の通り、犬そりの数は足りています」

「い、犬……?」

「はい」

 ノックス一行の隠しきれない動揺を感じ取って、ダイクが笑って言った。

「あの二人は、将軍が直々にお呼びになったのでしょう? 彼らがしっかり仕事をしたということです」

「あの二人?」

「ロチカとオリーです」

 不意を突かれた。二人の存在など、ものの見事に記憶から抹消されていたのだ。バンカーヒルの戦いが鮮明に思い出される。

「魔法使い……」

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