第25話 旅へ ⑫

 すると、ファンが言った。

「……それなら、俺だって同じだ。俺は黒人だ。黒人にも人権はない。白人の俺らへの認識はただの道具だからな。俺も数年前までは奴隷だった。言葉は喋れず、他の仲間と一緒に首を鎖でつながれ、タバコを作らされていたんだ。苦痛ではなかった。今考えると、生まれすぐにあきらめを覚えていた。鞭で打たれても、仲間が脱水で死んでも、顔を踏みつけられても、抵抗心は芽生えなかった」

「この部隊でも、最初はまたか、と思った。女性が白人に侮辱され、白人が偉そうにしていからだ。だが、オリーとかロチカの存在が、確かに俺たちを変えているんだ。それは感じる。キャチューが言うようにロチカという存在は、この世を変える鍵になるような気がする」

 ファンは力強く言った。

「はぁ? お前、さっきロチカは殺すべきだって」

 オリーが立ってファンを咎めた。また喧嘩が始まるのか、一瞬周りはヒヤリとしたが、ファンは大人しく頷いただけだった。

「あれは、俺が悪い」

「え」

「後でロチカには謝るよ」

「あ、そう……」

 オリー着席。

「あのときは動揺していたんだ。だからあんなことを言ったわけだが、本当は同時に興奮していたんだ。死ぬ恐怖よりも、新しい道が開けたような感覚がしたんだ。キャチューがこのままロチカを連れて戦い続けるのなら、俺もついていく。どんな危険が迫ろうとも、今逃げだしたら間違いなく後悔する」

 焚火を囲む女性と黒人の顔は皆、覚悟と希望に満ちていた。抜けるような様子は見られない。彼らが求めていたのは、危険よりも希望であった。

 一方、その場に座っていた白人男性諸君はもじもじとしていた。しばらく互いに目配せをしあっていたが、肩をすくめてジェイが話し始めた。

「その……変な話、俺たちは悪気があって君たちを差別していたわけではないんだ」

「そっちの方がたちが悪いけどな」

 とアール。

「黙れアール。……あぁ、えっと……だから、決して言い訳じゃないけど。そういう教育だった、それが普通だったんだよ」

「わかってるよ」

 とファン。

「ありがとう、ファン、君にも最初は酷い当たりだった。そう、だから、最初にこの部隊に配属になったときはどうしても、一緒にいるのが不快だった。俺もアールも実力では正規軍に入れないで、ダイクに拾われたような形でここにきたっていうのに、自分たちが強くて偉いとまだ思っていた。いくら何でも黒人や女に能力が負けるだなんてありえないと。自分のふがいなさを皆にぶつけていた。キャチューやファンが優れた人物だってことはすぐにわかっていたのにね。でも、段々と考えが変わっていって、今日はっきりとした。考えを改めたよ。人は性別でも、肌の色でもないんだってね」

 ジェイの話をアールが引き継いだ。

「それでもって、俺らの目的は変わらない。この戦争に勝って、自由を手にすることだ。そのためやることは、兵士として、自分の課された任務を死ぬ気でこなすこと。人知を超えた、どんな困難があってもだ」

 ジェイとアール、それからその他の白人男性たちは恥ずかしそうな笑みを浮かべた。しかし。

「え? どういうこと」

 とキャチュー。

「ちょっとよくわからないな」

 とファン。

「逃げた、逃げた」

 カスイまでもが意地悪く笑う。

「だからぁ、簡単に言うとぉ、今のまんまってこと」

「ん?」

「何て?」

「……ええい、俺たちもここに残って戦うって言ってるんだよ!」

 笑い声が沸き立った。オリーが立って雄叫びを上げる。

「どうした、オリー」

「うるせぇぞ」

「暴走か」

「オオオオオオオオオ!」

「まぁ、いいか」

 夕食は全く腹に入らなかったのに、今になって急激にお腹が空いてきた。夜食を作ろうと皆がぞろぞろと動き出す。そのとき、まるで夜食になりにきたかのように、腹の詰まったウサギが二頭、ひょこりと森の中から顔を出した。キャチューの口角が少し上がる。

 燃え盛る火の上に吊るされるウサギ。人々は思い思いにウサギの肉をほおばった。

「ロチカ、聞いているか。これからも一緒に魔物と戦おうぜ」

「寝てるだろ」

 ロチカはテントの中で横になっていた。目は開いている。

「オリーがうるさすぎて起きたわ。全く、人間どもが勝手なこと言いやがって……。この俺を利用しようとしてやがる。やってられるか」

 寝返りをうつロチカ。そんなことを言いつつも、自分の体が少し楽になっているのを感じた。

 ロチカは鼻を鳴らした。

「俺の力が戻るまでだぞ」

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