第24話 旅へ ⑪

 夜。テントで寝ているロチカを残し、軽量級部隊の皆は焚火を囲んだ。誰が言ったわけでもないが、自然とマグカップを持って各々座る。人知を超えた恐怖体験をした一行は、互いによりどころを求めていた。

 とりあえず、わかっている情報を共有した。ロチカは倒れた数時間後、一旦意識を取り戻し、キャチューとオリーにわかることを話したのだ。それを、全員に伝える。

 世界は人間界と魔法界にわかれていて、ロチカは魔法界からきたこと。しかし、魔法界を追い出され、魔力をほとんど失ってしまったこと。その途中でオリーと出会い、この戦争に参加していること。

 誰も驚きはしなかった。

 今日襲ってきた生物は魔法界からきたもので、ロチカに恨みを抱いている魔法使いが操っているものである。どのルートでかはわからないが、ロチカが弱って人間界にいるという情報を仕入れ、よい機会だと思ってロチカを殺しにきたに違いない。ロチカを恨んでいる魔法使いは数多にいるので、これからも魔物がロチカに襲い掛かってくる可能性が高い。しかし、魔法界から人間界に行く手順は複雑を極め、魔力をかなり消耗する。なので、魔法使いが集団で襲い掛かってくることはまずなく、くる魔物も低級ばかりだと思われる。

 最低限の情報だけを言った、という感じだった。しかし、何もわからないことに比べれば、十分な情報だった。

 ロチカが言っていることは、要するに、危険だ、ということだ。これから、未知の生き物たちがロチカを狙って攻めてくる。

 ロチカは、オリーとキャチューに向かって最後に言った。明日、自分は出ていくと。キャチューは皆にそれを伝えなかった。

 キャチューが口を閉じると、しばらく沈黙が続いた。人々は静かに飲み物をすすり、ぼんやりと明かりを見つめる。

 沈黙を破ったのは、やはりキャチューだった。皆、それはわかっていたような気がする。静かに喋りだしたキャチューに、皆が静かに目を向けた。

「私は、このままロチカを連れて任務を遂行するつもりよ。これは、部隊としての決定。だから、嫌な人は出ていっていいわ。出ていく人を引き留める気も、咎めるつもりもない。あんな化物を見たら誰でも逃げ出したくなるから」

 一瞬の沈黙の後、ファンが言った。

「どうして……どうしてその結論に?」

 反論するというよりは、意見が知りたいという雰囲気の質問である。何名かが頷く。

「皆を納得させられる理由じゃない。私が、彼と共に戦いたいと思ったからよ」

 周りがざわつく。キャチューはいつもの鋭い眼差しを和らげ、落ち着いた声で語り始めた。

「私の一家は、祖母の代にイギリスからこっちに移り住んだ。親戚が先にこっちにきていて地位を確立していたから、正直裕福な家庭だった。貴族まがいの振る舞いを教えられ、それこそ戦争なんて言葉も知らない生活をしていた」

 再び周りがざわつく。誰も戦争という単語を知らないキャチューを想像出来なかった。

「おしとやかな女性だったの」

 小さな悲鳴が上がった。その後笑いが起こる。キャチューも笑いながら続ける。

「でもある日、この世界の常識に疑問を抱いた。わかるでしょう? 女性には何の権利もないことよ。母はいつも父の言うどんなことにも黙々と従っていた。そして、それを当然のことだと私に教えてくる。私が不思議だったのは、父も母もそのことを何とも思っていなかったこと。父にちょっとした罪悪感があるわけではない。母に抵抗の心があるわけでもない。ただ生活の中に、その関係は当たり前のように居座っていた。私はそれに嫌気がさして、ある日、家を飛び出したの。何の計画もなくね。もちろん、外の世界で見たものは、家の中より酷いものだった……」

「強くなるしかなかった」

 彼女の短い言葉には苦悩が詰まっていた。キャチューの本質がこの言葉に詰まっているように感じた。

 運よくそこでダイクと出会った。ダイクは女性を平等に扱い、彼女を強く育てた。

 キャチューは言葉を切った。何かを考えながら数分間黙り、覚悟を決めたように言った。

「ダイクにこの部隊の隊長を任命されたとき、私はダイクに頼んだ。私の部隊には、白人だけじゃなくて、黒人も女性も入れて欲しいと」

「どうして」

 誰かが呟く。

「試す必要があったの。私が強くなろうとしている過程で芽生えた夢が、本当に、可能なのか」

「夢?」

「ええ、夢よ」

 キャチューはまた言葉を切った。深く息をつく。

「私の夢は、この戦争に勝って、自由を手に入れることよ。……女性の」

 こんなこと、それこそノックスの前で言ったら瞬く間にキャチューの首は飛ぶだろう。それくらいこの世界では女性の立場はなかった。ないのが当たり前だった。

 しかし今、周りの誰も彼女を糾弾する者はいなかった。ジェイ&アールも黙ってキャチューに視線を注いでいるだけだ。

 奇跡が起きていたのだ。最初こそ険悪だったこの部隊だが、いつのまにかその雰囲気は消えていた。運が重なったともいえる。オリーの暴走だったり、魔物の襲来で団結せざるを得なかったからだ。しかし、団結が一時的ではなく、日に日に強くなったのは、皆の心に人種や性別を超えた理解が芽生えたからではないだろうか。

 キャチューは優しげな表情を浮かべた。

 本当は、夢をあきらめるためにこの部隊を作ったのだ。どうせ無理だと。

 でも、よく考えればおかしなことなのだ。同じ人間が肌の色や性別でピラミットを作ることなど。

 人間がそういう歴史を作ったのだから、人間がその歴史を壊すことも可能だ。歴史は正しい、そう信じ切るからおかしくなるのだ。

 キャチューは全員の顔を見つめた。

「今、街では自由、自由と口を揃えて言っている。でも戦争に勝ったとして、戦後処理をするのは結局昔ながらの差別意識にまみれた男たち。彼らが謳う自由は彼らにとっての自由でしかない」

「ロチカと出会って、そして今日あの化物と出会って、私は正直興奮した。だって、彼といればもっと強くなれる。もっと学べる。個人だけじゃなく、集団という意味でも。彼は人間という世界に縛られない唯一の存在よ。この部隊が、彼から盗めるものを少しでも盗めたなら……私たちは強くなって、世界を変えられる力を持つ部隊になれるかも」

 彼女は常識をひっくり返すために、危険を選択したのだ。部隊を率いる隊長としては、自分勝手な決断に違いなかった。

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