第23話 旅へ ⑩

 ……やはり、おかしい。火が天敵であるクロガラは、火を見るだけで普通は逃げ出してしまう。しかし、今の奴らは、火に恐れながらもまだ攻撃を続けようとしている。逃げたくても逃げられないようにさえ見える。

 ロチカは思い立ったようにあたりを見渡し、一本の木に人影を発見する。

「オリー、あの木の上に敵がいる」

 ロチカの意図を理解してかしていないかはわからないが、オリーはロチカの言葉を聞くや否や、一瞬でその場から消えた。木の上の人影がオリーに気がついた瞬間、既に体は地面に叩きつけられていた。

 オリーがその人を締め付けると、クロガラは解放されたかのように曇天の空へ逃げ帰っていった。

 紫色に染まった軽量兵士たちは次々にその場にへたり込み、体と現実を整理し始める。安堵のため息と共に、体の全ての箇所が痛んでいることに気づく。

 キャチューとロチカが、オリーの傍に寄った。

 捕まえた男は、ロチカと似たような黒いコートを着ていた。手足のどこも素肌を見せず、顔も眼球意外は黒い布で覆われている。暴走が終わったオリーが戸惑いの様子でロチカの顔を見上げた。

「知り合いか?」

「知らない」

 ロチカがそう答えると、男が突然声を荒げて叫んだ。自嘲的な笑みを浮かべている。

「そうか、知らいないよな、知るわけがないよなぁ。俺のことなんて、俺たちのことなんて」

 男が暴れ始めて慌てて抑えるオリー。男は自ら顔の布を引き裂いた。露見したのは、酷くただれ、今にも崩れて消えてしまいそうな顔だった。キャチューとオリーは一瞬ひるむ。恐らく、体中がこのような酷い状態なのだろう。

「どうせお前はこの火傷を見ても思い出さない。言ってやろうか、お前にやられたんだよ。俺たちは仲間だったはずなのに、お前は俺たちを敵と共に灼熱地獄にぶち込んだんだ」

 男は自分のコートを引っ張り、ロチカの着ているそれと同じであることを示した。同じ紋章が記されている。

 ロチカは男に対して何も言うことができなかった。罪の意識からではない。本当にこの男のことを覚えていなかったのだ。ただ、話を聞いて、この男は弱者なのだと感じた。

 俺の戦に巻き込まれたのだろう。自分が弱いからだ。弱いから巻き込まれ、また弱いからそれを押しつける。

 おかしいのは、それを言葉にできないことだった。昔の自分ならば容赦なくそう言っていた。しかし、今は言えない。

 弱者。

 浮かんだ言葉が自らを苦しめる。熱が上がっている。

 ロチカが何も言わないので、男はオリーとキャチューに向かって言った。

「お前らはきっと、ロチカを、サメー・ロチカを仲間だと思っているだろう。そうに違いない。俺もそう信じたからな。信じたくなるような力を持ってる。だが忠告してやろう。こいつは、お前らを仲間だとは思っていない。自分の目的のために使える道具だと思っている。こいつは、そうやって今まで何度も何度も慕ってきてくれた者たちを殺してきたんだ。信じられないだろう。俺だって信じられなったさ」

 涙目で訴える男の姿は、何故か真実味があった。オリーとキャチューは顔を見合わせた。

 ロチカは懐から短剣を取り出した。

「どうして俺がここにいるとわかった?」

「へへへ、やっと喋ったかと思えばやっぱり自分の心配か」

「質問に答えろ」

「お前に復讐したい奴なんていくらでもいる」

「詳しく教えろ」

「死ね」

 ロチカの短剣が男の喉笛を一閃、赤い血しぶきが噴き出した。

 気味の悪い沈黙が流れた。男は笑顔で死に絶えた。まるで、ロチカを手玉にとったかのように、全ての戦いに勝ったかのように。逆にロチカは真顔だった。青白い顔からは何の感情も読み取れず、顔がどの表情をしていいか決断できていなかった。

 小刻みに震え始めたかと思えば次の瞬間、ロチカは再び気を失った。


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