第16話 旅へ ③
大まかなルートは決まっていた。キャチュー率いる軽量級部隊は夜のうちにルートを確認し、早朝からその安全を確かめるべく偵察に向かう。
道の有無を調べ、道の幅や歩きやすさを簡単に調べる。垂れさがっている枝等があれば切断し、小石をどけ、くぼみを埋める。倒木や落石によって道が塞がれていることもしばしばあったが、そのときは後方の重量級部隊に任せればよい。情報のやり取りは逐一行う。約二十名の兵士が交代で重量級部隊との間を行き来した。日が沈み始めたら自分たちでテントを張り、野営。これで。一日の任務が終了する。
早起きが辛いこと以外は何もしんどいことはなかったし、危険もない仕事であった。イギリス兵が出てくることはない。キャチューが言っていた通り、退屈なだけの任務だ。
この部隊は異様だった。女性がキャチューの他に数名いたし、黒人の兵士たちも数名いたのだ。正規軍はもちろん、民兵も白人男性で構成されるのが当たり前の時代だ。
退屈な任務の一番の問題が、このことであった。
ロチカは別に何とも思わなかったが、これは前代未聞のことである。
白人至上主義。
白人は他の人種より優れている。
白人たちにとってそれは常識中の常識。それなのに、黒人や女性と同じ環境で暮らし、同じ任務を与えられている現状。これは彼らにとって、正しい常識を破られているように感じるのだ。
案の定、部隊の雰囲気は悪かった。任務で体力を使い果たすことがないため、どうでもいいことに目が向いてしまうのだ。
初日の野営から、白人は白人で固まり、黒人や女性が何かするたびに小言を言って罵ることを始めた。
ジェイとアール。この二人の白人コンビが群を抜いて意地が悪かった。小言は常套手段で、それどころか、姑息な仕掛けを作ったりして女性と黒人をちまちまといじめた。
日にちが過ぎるたび、彼らの行動は激化していった。
部隊では、料理当番と見張り当番が交代で回ってくる。ロチカが高熱のため免除されたのは問題ないとして、白人と黒人が組み合わさることが問題だった。狙いは当然部隊の親睦を深めることだったが、明らかに逆の効果を引き起こしていた。
カスイは、部隊の中で最年少。十四になったばかりらしい。少女の面影もまだ残っている。キャチューを慕いここまでやってきた。戦闘に関しては無力だが、常人離れした視力を持っていて、また、誰よりも働き者だった。戦闘で足手まといになる代わりに、それ以外のことを人一倍やろうという決意が見える。今日も、当番ではないのに料理を自主的に作っていた。
ジェイとアールが彼女を標的にしないわけがなかった。
カスイが一生懸命作った料理を運んでいると、ジェイが笑いながら走ってきて、カスイに体当たりした。カスイは地面に強く尻もちをつき、熱々のシチューが体中にかかった。悲鳴を上げるカスイ。アールが叫んだ。
「おい、女が今晩の料理をぶちまけたぞ!」
その言葉で他の白人たちが待っていたかのようにぞろぞろと集まってくる。
「おいおい、ホントかよ」
「メシ楽しみにしてたのになぁ」
「これじゃ皆が飢えてしまうよ」
詰め寄る男たち。
「責任をとってもらわなくちゃ」
白人たちは抵抗するカスイを強引に引きずり、森の中へと連行した。強引に地面に倒し、四肢を押さえつける。悲鳴を上げるカスイの口も押さえた。
「女には女の仕事がある」
カスイの瞳孔が開いた。
そのとき、ジェイのニヤニヤした顔面を黒い手が掴んだ。
「誰だ」
体格のいい黒人だ。名前をファンと言う。ファンは、無言のままジェイを地面に張り倒した。囲んでくる白人たちを睨みつける。白人は口々に暴言を吐いた。
「自分が何をしているのかわかっているのか」
「白人に喧嘩を売ってるんだぞ」
「黒人のくせに」
「黒人が調子に乗りやがって」
「黒人は黒人らしく鎖でつながれて大人しくしてろ」
ファンがアールに詰め寄り、鋭い眼光で睨みつける。
「お前らの方こそ、何をしているのかわかっているのか」
アールはファンの威圧に負け、一歩後ろに下がった。
「一人じゃ何もできないんだな」
「だ、黙れ、黒人風情が。俺と話してもらえること自体、お前らにはもったいないことなんだぞ。この女だって俺たちに……」
「それ以上喋るな!」
ファンは激昂した。
騒然とする現場。ファンが拳を振り上げ、あわや大戦争という場面で、キャチューが騒ぎを聞きつけて登場した。
「おい」
その一言でファンが引いた。白人の間でも、キャチューは一筋縄ではいかないと思っている人が多かった。手を出した男たちがどんな目にあったか、キャチューの武勇伝は巷で有名である。白人たちもすぐに包囲を解き、一応その場は収まった。しかし、彼らのキャチューやファンを見る目は、恨みがこもっていた。
キャチューはカスイの元に駆け寄った。カスイは恐怖で体中を震わせている。
「なんてことを……」
キャチューはカスイを抱き寄せた。
捨て台詞のようにアールがキャチューに向かって言った。
「その女が最初に料理をこぼしたのが悪いんですよ。僕たちは少し叱っただけです。誰でも料理をこぼされたら怒るでしょう」
ファンが再び声を荒げて詰め寄るが、アールは小走りでその場を後にした。キャチューは何も発しなかった。
旅の序盤にも関わらず、この事件で空気は格段に悪くなった。
されど任務は簡単だった。暗い雰囲気の中で、単調な日々が続く。
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