第15話 旅へ ②

 バンカーヒルの戦いから数か月が経ったが、ロチカはまだベットで寝ていた。

 バンカーヒルの戦いの直後に倒れたロチカは、原因不明の発熱を起こした。人間ではありえないほどの高熱で、時々口から火を噴くこともあった。しばらくはしっかりとした意識もなくただうなされるばかりで、四か月ほど経って初めて意識を取り戻し、熱も少し引いて楽になった。しかし、普通の生活をするのは苦しそうで、本人でも原因はわからなかった。

「魔法使いが人間界にくると発熱する」最終的な結論はそんな根拠もない仮説で落ち着いてしまった。

 オリーも、ロチカがいなければ戦に行ってもすぐに死んでしまうことがわかっていた上に、ロチカには家族もいなさそうなので、友人である自分が看病をしようと決意していた。オリーは馬鹿だが人情がある。ロチカを置いて戦に行こうとはしない。

 結果、大活躍が予定されていた二人は、バンカーヒル以降一度も戦場に立っていないのだった。

 意識が戻ってから、ロチカは看病されることを凄く不快に感じていた。オリーやジャックが親切で看病していることはわかっていたので、怒鳴り散らして暴力を振るうことはなかったが、怒りが体に巡るのをよく感じた。

 心の中で、何かと何かが戦っている気がした。その戦いが激しくなると熱が上がって、怒りの感情も強くなる。言うまでもなく、何と何が葛藤しているのかは全くわからなかった。

 看病されているときは怒り、横たわっているときは憂鬱を感じた。

 バンカーヒルの戦いから半月が経とうとした頃、いつもとは違う様子で、オリーとジャックが激しくやってきた。ロチカの寝室のドアが爆音と共にドア枠から外れ、何回転かして床に落ちた。

「ロチカ、大変だ、大変だ」

 オリーが叫び、ジャックが手汗でくちゃくちゃになった手紙を広げて見せる。読めない。

「何だ、これは?」

「ノックス将軍直々の通達だ。オリーとロチカに特別任務への参加要請が書かれてる」

 ロチカはむくりと起き上がった。ジャックが冷静さを取り戻して言う。

「これは、行くべきだ。将軍命令は断らない方がいい。君の体調を考慮してなお」

 ロチカは鼻で笑った。

「俺の体調を心配しているのか。馬鹿馬鹿しい。俺は戦える。それより、オリーの方が心配だ」

「は? 行けるに決まっているだろ。お前より強くなっているところを見せてやる」

 無論、体調は悪いままだ。だが、いつ治るのかもわからず、ずっとこのまま寝ていては罪悪感で死んでしまいそうだった。戦いに行くと考えると、少しだけ心が休まる気がする。

 ジャックはやや顔に不安を残したまま頷いた。

「言っておくが、将軍にへりくだるわけではないからな。将軍を利用するんだ」

 

 すぐに二人は将軍に指定された場所に行った。一つおかしなところは、指定されたのはボストンから遠く離れた内陸の村だということだ。こんな内陸にイギリス軍はいない。まさか先住民と戦うことになるのだろうか。

 いささかの不安はあり、ジャックも首をかしげたが、二人は気にしていなかった。久々の戦に対する興奮が勝った。

 村に到着したとき、初めて二人は動揺した。そこは何故だか戦場の雰囲気を感じなかったのだ。

 兵士はいて、正規軍と民兵のどちらもいた。しかし、どちらもやけに服を着込んでいて、武器を持っている者はあまりいない。緊張感もたいしてなく、時間がゆっくり流れているような気がした。意気込んだ二人だけが浮いて見える。

 将軍の宿舎に到着。村の一つの家が、将軍のために明け渡されていた。

 二人は当然のように将軍との面会を求めたが、面会は許されなかった。門前払いにされたのだ。見張りの兵に理由を聞いても、許されていないから許さない、と言われた。

 二人はすっかり頭にきていたが、実のところ、ノックス自身が何故二人を呼んだのかがわからなかったのだ。二人と会ったところで何も話すことがない。役割を与えることもできない。よって会えない。

「ふざけんなよ」

 オリーは見張りの兵に掴みかかった。

「や、やめろ」

 見張りの兵はビビりながらも職務を全うしようとした。

「俺たちは、ノックスに呼ばれてここに来たんだぞ」

「い、今、将軍のことを呼び捨てにしたな!」

「あぁ、したさ。呼んどいて無視する奴なんてなぁ、将軍でもなんでもねぇ」 

 見張り兵と騒ぎ合っていると、後ろから大柄な男が近づいてきた。ひげで顔が覆われていて口元は見えない。怒っている気がした。

 二人の顔は青ざめた。うるさくて怒っているのだろうか。男が歩くと大地が揺れる。

「お前、謝れよ」

 とオリー。

「いや、うるさかったのはお前だろ。お前が謝れよ」

 とロチカ。

 男は二人の肩に手を置いた。背筋が凍る。

「君たち、やることがないのか?」

 驚いたことに、男の声は見かけと相反して小鳥のような高い声であった。怖さは一切感じない。

「えぇ」

 ロチカが安堵のため息と共に答える。

「丁度良かった、こちらにきてくれ」

 二人は顔を見合わせた後、大男になんとなくついて行った。

 男は一つのテントへと入っていき、二人もそれに続いた。テントの中には、四十人ほどの兵士がいた。二人を案内した男のようなたくましい体つきの人々が半分くらいいて、もう半分は逆に細身な体つきをした人々だった。

「ダイク、新入りか?」

 そう周りから言われ、ダイクと呼ばれた男が二人を見た。オリーが雰囲気にのまれて頷く。

「そうだ、新入りだ」

 二人は軽く歓迎されて、空いている場所を案内された。

 周りには小さなざわつきが起こる。

「おい、これで俺らはあいつの支配下だぞ」

 ロチカがオリーをどつく。

「でもいい人そうだ」

 この一瞬で人を完全に信じ切ってしまうオリーの純粋さにすっかり呆れて、ロチカは肩をすくめた。

 するべきことが見つからなかったのは事実だが。

 ダイクはこのテントの中でのリーダーのようで、中心に置いてあった机の上に両手を置いた。随分頑丈な机だ。普通の机ならもう既に崩壊している。

 隣の人が話しかけてきた。当時の軍には珍しく、女性だった。名前をキャチューと言う。黒髪、短髪で男風にはしているものの、袖のない服で胸元も隠しておらず、女性であることを隠しているわけではない。それでも男たちが寄ってこないということは、相当の強さを持っているのだろう。オリーの目とは違って細く鋭い目をしていた。確かに、ただならぬ威圧を感じる。手を出そうとは思えない。

「あんたたち、ここが何をする部隊か知っててきたの?」

「いや、全く」

 オリーは言った。

「だろうね、知ってたらここにはこない」

「危険なのか?」

「いいえ、つまらないの」

「つまらない? 戦争にいくんだろ?」

「そう思うわよね。強そうな人がいるし」

 大男たちからは幾千もの戦を乗り越えた戦士の風貌を感じる。バイキングのようだ。

「じゃあ……」

「えぇ。私たちは戦争に行くんじゃない、説明が始まるわよ」

 ダイクが一同を静まらせた。

「よし、作戦会議だ」

「あの声のせいで何も入ってこない気がするぞ」

 隣でロチカがボソリとつぶやく。

「新参者もいるから最初から話そう。まず、この軍の指揮官はヘンリー・ノックス将軍。そして、今回の作戦の提案者は、大陸軍総司令官ジョージ・ワシントン将軍だ。つまり、これは重要な任務であり、失敗は許されない」

「目的は単純明快だ。タイコンデロガ砦から約六十門の大砲を、なるべく早くドーチェスター高地まで持っていくこと。それだけだ」

 ロチカは地名が全くわからず早速置いていかれた。

「往路は大したことはない。ただタイコンデロガ砦に行けばいい。しかし、問題は復路だ。六十門の大砲を担いで帰るにはあまりにも時間がかかりすぎる。そこで、タイコンデロガ砦からは、犬にそりをひかせて大砲を持ってくることになった」

 テント内がざわつく。

「いぬ……?」

 どんな生き物なのだろうか。ロチカは想像を膨らませた。空でも飛ぶのだろうか。

「落ち着け、皆。ここからが本題だ。そのためには犬が走れる道がいる。ダイコンデロガから、ドーチェスターにまで通ずる長い道だ。だが現在、そんな道はない。……我々の任務は、それを作ること。簡単だろ?」

 ダイクの話によると、この部隊は、タイコンデロガに向かって突き進むノックスの本隊とは別行動で、犬そり用の道を作る部隊に組み込まれるらしい。

 ダイクの部隊は全員が民兵であり、半分が重量級部隊、半分が軽量級部隊で構成されている。役割としては、軽量級部隊が、道作成予定のルートを先行して偵察し、ルートの安全性を確かめる。その後に重量級部隊がきて、軽量級部隊からの情報に沿って、大きな障害物や危険を処理する、というもの。その後に、犬が通れる道を本格的に作り、そりを用意する部隊がくるのだ。

 ロチカたちに与えられた任務は、いわば少し大掛かりな斥候の役割であった。

「それでは、明日の早朝から軽量級部隊は動き出せ。俺たちの出来次第で戦争が動くことを忘れるなよ。よし、解散」

  キャチューが意地悪く笑いながら言う。

「どう、退屈そうでしょ?」

 オリーはうなだれた。

 

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