第45話 私は

 「続いては、エントリー№3、茶坂&桃井カップル!」


 ベストカップルが、始まった。


 司会者の進行を合図に、俺たち二人は、カップルとして紹介された。


 正直、チョロかった。


 俺は昔から外面がよかった。勉強が出来なくても、野球が下手くそでも、歌が下手

でも、なぜか他人からはよく親しまれた。


 欠点を恥ずことなく振る舞い、相手の機嫌を取るだけで、ほとんどのことが思い通

りになった。


 一年前の新人戦までは長かった。実力差で、俺が立つはずのグラウンドに横入りし

てきた蓮井を、精神的に追い詰めることで蹴落とすのにはかなり時間が掛かったが、

これもまた面白いくらいに俺の意のままに動いてくれた。レギュラーからは外される

と予想してからは、あいつに親しまれるようにこちらから友好関係を築くことに尽力

し、最後の最後で裏切ることで、大事な場面で大きな失態を誘発することが出来た。

頭の悪い部員たちは、あいつが野球部を抜けた原因を知らない。これもまた俺の思い

通り。今だって、何食わぬ顔で後輩たちの練習に顔を出せる。


 一方で、この女はチョロかった。


こういう承認欲求の強そうなやつなんか、カモだ。自分が認められたいと思うばかり

に、相手の真意を観察する余裕などないこいつらは、頭がいいとか、顔がかわいいと

か、とりあえず『こちらから』評価を下してやれば簡単に心を許した。


この女は、さっきからずっと俯き加減で、どこか落ち込んでいるように見えるし、自

分にマイクが当てられる時の言葉を用意しているようにも見える。きっと、これだけ

の大観衆の視線が怖いのだろう。誰かから興味を持たれたいくせに、矛盾している。


ただ、もうこの女はどうでもよかった。


 蓮井を騙したあの時、感じたのは、快楽だった。


 騙されて絶望した時のあの顔が、忘れられなかった。野球のスパイクであいつの足

を思いきり踏みつけた瞬間のあいつの顔。それから守備につく時も打席に立つとき

も、ベンチに戻る時も、俺に気を引かれるけど、裏切り者がどんな顔で笑っているの

かと怯えながら、目を合わせられなかったあいつの顔を見るのは、実に愉快だった。


 だから俺は、誰かを騙し続けた。ただ、蓮井のような自信家で顔の広い人間を騙し

続けては、バレてしまうと危惧し、内向的で主張が弱そうな人間を選んで、月に一回

のペースで騙し続けた。


 自信のない彼ら、あるいは彼女らは、涙目になって、俺の元から逃げるように離れ

ていった。


 途中から、ゲーム性を求めて、昔から信用できるやつらと所持金をかけて行うよう

になった。


 まあでも、こいつで最後だな。大勢の生徒を前にした舞台でカップルとして立つわ

けだから、最低でも三か月は交際していないと、俺のイメージが悪くなる。受験もあ

るから、高校生活はこの女で最後だろう。


 「さあ、全ての組がステージの前に現れました。一組ずつ、自己紹介をお願いしま

す!」


 自己紹介の時間。


これが終わったら、舞台裏へと移る。


そのタイミングで、適当に言い訳を作って抜け出してやろう。この女には、騙されて

いることをしばらく黙ってやろうか、いや、すぐにでも打ち明けてやろうか。舞台裏

のタイミングで、耳打ちしてやったらどんな顔をするだろうか、泣き出すだろうか。


こいつだけには真実を打ち明けといても大丈夫だろう。発言力のないこいつが、周り

に弁明したって届かない。それを自覚して、こいつは黙ったままかもしれない。ま

あ、いずれにせよ、今回も俺の思い通りに動くわけだ。


「では、茶坂&桃井カップルにお話を聞いていきましょう。お二人の出会いは、い

つ、どこだったんでしょう!」


マイクを差し出す司会者に、桃井は緊張極まれりといった様子で、あろうことか、司

会者が差し出すマイクを奪い取るようにして、ひったくった。


「あ…あの…実は―!」


キーン、と金切り声を上げるマイク。静かな嘲笑の空気が、大きな体育館を舞う。


思わず吹き出しそうになった。


必死過ぎて、騙された後の表情を思い浮かべると、もう限界だった。


仕方がなく、彼女からマイクを受け取ろうとすると、


「ごめんなさい!!!!!」


突然、思いもよらない言葉が、マイクに後押しされて爆発した。




 マイクで拡大された私の声は、普段自分が出しているものと少し違って違和感があ

った。


 その声が、大きな室内に響き渡り、音が完全に鳴りやむと、私は、会場の空気を破

壊し、相手を蔑ろにする発言をした。


 「実は、私たち、付き合ってないんです」


 会場が、少しざわついたが、構わず続けた。


 「私は…」


 震える声を、気力で真っすぐと伸ばし、言葉を続けた。


 「嘘をつき続けました。自分の気持ちに。そして、目の前の彼にも」


 「おい…何を言って…」


 「私は、ズルいんです!」


 隣でようやく違和感に対応し始めた彼の鋭い声を遮る。その声が、私の声だけが体

育館の空気を支配しているようで、恥ずかしくも気分がよかった。


 「昔からずっと、誰かに認められたくて、私のことを認めてくれない人とは緩やか

に縁を切って。自分が選ばれないからと勝手に意気消沈して、自分が一番不幸だと思

い込んで、…生きたくても生きられない人だっていただろうに。大切な人を亡くした

人だっているだろうに、そんな人たちなんかよりも、誰にも大切に思われない私の方

が不幸だって、自分に言い聞かせて」


 白木くん。目黒唯奈さん。


 ごめんなさい。


 「それでも、だからこそ、私は…」


 息を吸う。


 声を、出す。


 「流されないで、選びたい。相手はそんなに私のことを大切にしていなくても、興

味がなくても、『私が』、その人のことを好きなら、その人のことを大切にしたい。

好きでありたい」


 鬱陶しいと、思われても。


 光り輝くステージを降りて、体育館を後にしようと歩き始める。


 「おい…」


 腕を掴まれた。


 「ふざけるなよ…!」


 私を睨みつける茶坂先輩。


 「よくも、やってくれたな…!」


 プライドを傷つけられたような怒りに震える彼に、私は、頭を下げた。


 「ごめんなさい」


 私のことを賭けごとのために利用した彼に、躊躇なく頭を下げた。


 「これで許されると思うなよ…! お前は…!」


 今までの優しさがまるで嘘のように消え、私への怒りで鼻息が荒くなる。


 掴まれた腕が、締め付けられるように痛かった。


 「ああ、あのこと知ってたのか。…ふん、どうせお前は、誰の一番にもなれないん

だよ。弱いまま、また誰かのことを妬んで、自分が不幸だって気持ちが生き返る。ど

うせ今日のようなイベントごとで興奮してるだけで、日常に戻ったら同じことの繰り

返しなんだよ。救いようがない。お前はずっと、弱くて、地味で、つまらない女のま

まだ!」


 優しさが乱暴に豹変した茶坂先輩の小声のトゲが、私の感慨に突き刺さる。思い切

ったばかりの勇気が、簡単に揺さぶられる。


 打ちのめされそうだった。


 人は、急には変わらない。日々の積み重ねなんだな。


 しかし…。


 もう片方の腕を、細々とした手が、優しく包んだ。


 「ふざけるな」


 凍えるように震えた私を、陽だまりのような優しい声が、守った。


 「僕の好きな人に、汚い手で触れるな」


 「白木くん…」


 「…なんだと…!」


 私の手を離した茶坂先輩。


 すると、白木くんに向って、拳を振りかぶった。


 野球部としてずっと鍛えてきただろう、立派な腕を、人を殴るために、私の大切な

人を殴るために、振るおうとした。


 その時。


 「いいいいっ!!??」


 「白木っ!」


 「ああ! …行くよ、春流さん」


 突如、大きな足音を立てて駆けつけた蓮井君は、私から手を離さない茶坂先輩の足

を、思いきり踏みつけ、目で合図を送る。私は、白木くんに手を引かれて、体育館を

後にした。


 「蓮井、てめえっ…!」


 「スパイクで踏まれるよりかはマシでしょ、せーんぱいっ」


 いたずらっぽく笑う蓮井君の声を背中に受けて、そのまま白木くんに連れて行かれ

た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る