第44話 お前も

 ベストカップルのステージまであと二時間を切った。


 それまでの一時間半は、一旦分かれて行動しようと言われたので、私は、一人で廊

下をさまよった。


 どこの教室にも入れないで、複数の人間の塊が私の横を通り過ぎる。


 誰とも目は合わないが、同行する人間もいない私を誰かに笑われているようで、そ

れが怖かった。見られているようで見られていない視線に、一人で怯えた。


 でも、もう私には、誰も仲間だと呼べるような人間は残っていなかった。家族も、

クラスの人間も、白木くんや千夏ちゃんたちも、優先順位の低い私なんか、居てもい

なくても結局は誰も困らない。


 白木くんなんか、いなくたって…。


 白木くんなんか…、白木くんなんか…。


 どうせ、目黒唯奈には勝てない。彼にとってのヒロインは私じゃない。


 私のことなんか、見てないくせに。


 「おい」と、不機嫌で不愛想な声が俯く私の頭上に届いたのはその時だった。


 「あなたは…?」


 「ちょっと付き合えよ。どうせ今は、一人だろ?」


 こんな日だからだろうか、いや、普段からきっと不良然とした着こなしで学生服を

身にまとっているだろう。


 見た目は悪くないけど、見栄を張っているようでどこか勿体ない印象を覚える男

子。


 白木くんを庇った悪友、灰岡翔が、有無を言わさぬ口ぶりで、私を屋外へ連れ出し

た。





 「お前、たこ焼き嫌いなの?」


 「いや、そういう訳じゃなくて…」


 急に外に連れて行かれて、昼時にたくさん食べたのに、それを察してくれないで勝

手な憶測で私に親切を仕掛けてくる。


 一言でいえば、調子の狂う人だった。


 こんな人と白木くんが友達だったなんて、何かの間違いなのでは、と錯覚するほど

に信じられなかった。


 「まあいいや、全部食べちゃお」


 出来立てで暑いはずのたこ焼きを、一粒丸ごと口に運ぶ彼から思わず目を背けてし

まう。こちらにまで火傷の感触が伝わってくるようで冷や冷やした。


 「何の…、用ですか?」


 あれだけ一人に怯えていた私だが、彼といるのもまた精神的な負荷がかかるので、

話しを早く進めるために本題を促した。


 「ああ、そふそふ…」


 やはり熱かったのか、斜め上に向けた口を開閉しながら、冷ましたたこ焼きを咀嚼

し喉へと運んだ彼は、少し間をおいて言葉を放った。


 「お前、本当にこれでいいの?」


 「どういう…意味ですか…?」


 ここまで単刀直入に言われるとは思わなかった私は意表を突かれて、動揺を隠せな

かった。


 どういう意味だと問うたが、本当は、彼の言いたいことが分かる。嫌というほど、

分かる。


 「あの先輩が、どういうやつだとかは知らねえけどさ。俺は白木のことが大好き

だ。あいつが嫌いでも、俺はあいつのことを良いやつだと思っている」


 「そうですか。だから、そんな白木くんを悲しませないために、茶坂先輩と一緒に

行動するな、ってことですか?」


 彼の調子に少しは順応し始めた私は、呆気が苛立ちに変わり、自分でも分かるほど

の攻撃的な口調で対抗した。


 「そうじゃねえよ」


 しかし、彼の方は妙に落ち着いていた。


 「お前さ、あいつらから興味持たれてない、とか思ってんの?」


 「ええ、そうですよ」


 彼の指す『あいつら』とは、言うまでもない。


 彼らの顔を思い出すと、私のことなんかまるでいないようにはしゃぎ回る姿が思い

出されるだけで、その横顔は、私の方へ向くことはあまりなかった。


 「私は、私のことに興味を持ってくれる人に興味を持つ。あなたはどうなんです

か?」


 反論した。


 「白木くんに避けられて、二人の遊びだった万引きも終わらせられて、それ以来、

あなたは彼に近づくことすらできなかったくせに」


 相手に面と向かって攻撃的な言葉を発するのは不得意だから、心臓が跳ね上がるよ

うに胸が苦しかった。


 相手が癇癪を起こしたらどうしよう。暴力を振るわれたらどうしよう、と不安にな

る自分が相変わらず弱くて腹立たしい。


 しかし、彼は怒りをあらわにするわけでもなく、逆に落胆するでもなく、ただ、一

呼吸おいて、「そうだな」と妙に落ち着き払った声で私に力なく笑った。


「俺は、あいつにとってはそんなに必要とされなかったかもしれねえ。こんななりだ

し、嫌われ者だし、一緒に居てもつまらなかっただろうし。あいつの口から過去を語

らせることもできなかったし…」


 「そこまで、言ってるわけじゃ…」


 私という小心者は、相手を傷つけてしまったことを恐れ始めたが、どうやらそれ

は、杞憂だったようだ。


 「でもな!」


 彼は言った。


 「俺はあいつが大好きだ。…もちろん、恋してるって意味の好きじゃねえ、勘違い

すんなよ!」


 余計な一言を添えた彼は、私の心を見透かすように目を合わせ、私の核のような部

分を刺激するほどの言葉を放った。


 「だからさ、あいつが俺のことを嫌いでも、俺はあいつのことが好きだ。一方的で

もいい。うざいと思われても、気持ち悪いと思われても、俺があいつのことを良いや

つだと思えるんなら、あいつから見た俺なんてどうでもいい」


 あいつらから見たお前じゃなくて、お前から見てあいつらはどうなんだよ、って話

だ。


 評価を求めるばっかじゃなくて、たまにはお前も相手のことを評価しろっての。


 返答が出来ないほどに、傾聴してしまう。


 「だってあいつは、お前のこと…」


 風が吹き抜けたと同時に放たれた言葉が、私に漂う迷いの闇を軽々と消し去った。

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