第18話 魔族会議

「グレイシードに関する情報が得られたのは約2年ぶりになります。


 2年前に竜族の風の里の惨殺事件での首謀者がグレイシードです。


 黒い髪の男性、中肉中背で周りに溶け込むのがうまかったと聞きます。


 奴は悪魔を使役し、里の民を皆殺しにしています。」



 会議室に集められた俺たちに対して芳田の説明が始まった。



 俺のアパートの10倍以上の広さがあるこの空間の中央奥に玉座、その周辺から入り口付近まで、幹部連中を始め各部隊長が席についていた。


 玉座に座らせられた俺の後ろにミキが立っている。


 芳田は魔王軍幹部の中で一番序列の高い参謀役を務めていた。



 先代魔王に仕えていたバズは相談役といったところだ。



「竜族の民を皆殺しにした、これだけでグレイシードの戦闘能力を語るには充分でしょう。


 そして召喚術により悪魔を使役する。魔力量も相当なものと考えられます。


 それ以降、煙のように消息を絶っていましたが、ある大国で奴の行動が確認されました。


 その大国とは、『オルテジアン』。


 経済力と軍事力で今や世界一の大国と言われている人族の国家です。


 最近では魔法兵団の増強に力を入れており、キメラを培養しているとか。神にでもなったつもりでいるのでしょう。」




「芳田。キメラってなんだ?」



「そうですね、多種多様な生物を組み合わせてつくられた魔物のことです。


 元の世界では倫理的にタブー視されていたものですね。」



「それにグレイシードってやつが関わってんのか。」



「現段階では推測の域を超えません。しかし奴は元々研究者、それも人族でした。


 何らかの企みがあって『オルテジアン』に肩入れしている可能性は拭いきれません。


 潜入調査が必要かと。


 そこでです。ミキちゃん。」



「えっ あたし!?」



「ミキちゃんは一番人族に溶け込むのがうまい。他のみんなは......ほらこんな見た目ですから。」


 皆は顔を見合わせたが納得したように口をつぐんだ。



「擬態が得意なミキちゃんが潜入調査には適任でしょう。」



「おいおい待て芳田!いくら何でも一人で行けってのは可哀そうだろ!」



「誰も一人だなんて言ってませんよ、魔王様。いいえ、井上さん。一回、人に戻ってみませんか?」


 見覚えのある微笑を浮かべる。



「まさか......。」



「ええ、そのまさかですよ。見た目は冴えないただの中年ですから。」


 皆一同に首を縦に振る。


 なんだこいつら。上司を使おうってか。



「わかったよ!行きゃあ良いんだろ行きゃあ。だがお前もだ芳田!」



「ぼ、僕は参謀としての仕事が」



「参謀役はバズじいさん。あんたに任せた!」



「ははーッ!」


 うやうやしくこうべを垂れたバズの横に立つ芳田は、落胆で肩を落とした。



 後衛で楽なんかさせてやるかよ!



「ダイ様~!それならばわたくしも連れて行ってくださいな~!」



「スイは目立つから駄目だ!」


 ガーン......。



「お前を危険な場所に連れてはいけないからな。俺の帰りを待っててくれるな?」


 モテる男はつらいぜ。


 この女、美人だけどキレるとヤバいからな。扱いには気を遣う。



「は、はい......。」


 スイは頬を赤らめた。



「ところでだ。」


 全員の注目を集める。



「みんな知っての通り俺は人間だ。異世界から来た。戦闘の経験なんてものは無い。日本じゃ必要なかったからな。


 だけど俺の中には確かに先代魔王の力がある。それに執念も伝わってくるんだ。先代魔王はきっとすごい奴だったんだろうな。


 お前たちの理想の魔王にはなれねーかもしないが、いっちょやってみるかって気になってるんだ。


 そしてお前らの悲願を果たしたら元の世界に帰ろうと思っている。


 一度終わってしまった人生だ。俺が魔王の生まれ変わりなら、全うしてやろうじゃないか!」




 皆のすすり泣く声が聞こえる。


 バズじいさんは人目もはばからずに涙を流している。



「話は終わりじゃない。これは皆にお願いなんだが。」


 全員が息をのむ。




「俺に戦闘の仕方を教えてくれ。」






 翌日から『魔王様の強化特訓』が始まった。



 まずは属性診断。



 ここ教団本部は魔族が多く住む大陸、通称『魔大陸』の中心部アルスハイム地方にある。


 アルスハイムとは文字通り先代魔王の名前から付けられているわけだが、緑豊かな山岳地帯に一際せり立った活火山をベースにして作られている。


 こんな危険なところに作ったのはどんなアホだと思ったら、ずっと昔、始祖の魔王の趣味でこの場所に作られたらしい。


 とんでもない中二病野郎に違いない。かっこつけたくてこんな危険地帯に作ったのだ。



 本部には数えきれないほどの階層があり、アリの巣のように大小の部屋が無数に存在した。


 活火山に作られている構造上、各階層は筒抜けになっていて、大きく開いた火口を入り口として最下のマグマ溜りまで一直線に抜けている。


 魔力により抑えられている為、噴火の危険性こそ無いものの1000度以上のマグマは単純に危険だ。


 もっともマグマに住んでる奴も居るらしいのだが......。



 長年魔力に晒されたマグマは稀に美しい結晶を生み出す。


 見た目こそただの手のひら大のガラス玉だが、魔力を込めたとたん光りだす。


 光の色によって魔力の属性を診断するというわけだ。



 恐らく俺の属性は先代魔王アルスと同じ『闇属性』に区分されるだろう。


 ちなみに「幻影のバズ」、「毒闇のスイリエッタ」も同じく『闇属性』だ。


 他にも、舌の長い妖怪のような風貌をした幹部の一人、「黄昏のサイエン」は『風属性』、


 ゼリー状のスライムの長で幹部の「水龍のモノケル」は『水属性』、


 近衛騎士団長で黒目の大男「鉄壁のグランドラード」やミキは『地属性』、


 そして『火属性』と、魔族には付与されることの無い『聖属性』、


 この6属性が基本的な属性区分だ。





 結晶を握りしめた俺は、目を閉じて魔力を込めた。


 結晶を壊してしまわないように優しく。




 井上は魔力を込めながらこんなことを考えていた。




 今まで、こんなに誰かから必要とされることなんてあっただろうか。


 こんなところで、こんな奴らに囲まれて、こんなことって想像できるか?



 芳田から声を掛けられてから、いろんなことが変わってしまったんだな。


 もしかしたら元の生活に戻ることなんて出来ないんじゃないのだろうか。


 それでも、俺は、俺を頼ってくれる奴らの力になりたい。




 結晶がまばゆい光をあげた。


 そして光量は穏やかになり美しい緋色へと変色しては輝きを放った。



「驚きましたぞ。先代魔王のアルス様は紫色、すなわち『闇属性』の輝きでしたが、魔王様はなんと『火属性』を示された!


 潜在的に『闇属性』をお持ちのダイ様は訓練次第で二つの属性を100%使いこなすことが可能やもしれませんぞ。」



「それって凄いことなのか?」



「属性とは得手不得手を示すものとお考え下さい。常人よりも二倍のアドバンテージを持つという事でございます。」



「ほう、そうなのか。」


 凄いことなのかもしれないが実感は全く無かった。


 それぐらい俺はアルスの力に頼ろうとしていたのかもしれない。




 大袈裟に騒ぐバズじいさんを横目に、武術の先生「鉄壁のグランドラード」との訓練が始まった。


 基礎的な体術の教えを乞う。


 グランドラードは世界大会で二度の優勝経験をもつ実力派の武人。


 鍛え抜かれた肉体と精神力はまさしく師匠!


 男なら誰もが憧れる漢の中の漢!



 こいつの肉体に傷をつけるには並大抵の魔力をぶっ放しても無理そうだ。


 実力なら魔王軍幹部の中でも随一を誇るそうだ。



 そしてこいつ、極端な無口!


 教示はすべてグランドラードの副官であるジャックが担当してくれる。


「オッス!団長は口下手ですので自分が代わりに喋るッス!」



 魔族にも体育会系のノリってあるんだな。




 こいつらと接しているとあまりのギャップに驚かされることが多々ある。


 魔族って怖い、危ない、悪い、そんなイメージがあった。


 だけれど蓋を開けてみたらどうだ?


 良い奴ばかりじゃないか。




 どこの馬の骨ともわからない俺をこんな簡単に受け入れてくれて。


 100年前、こいつらの種族は人族の勇者に酷いことをされたんだぞ?


 いや、酷いなんてもんじゃない。


 人族に対しての恨みが無いわけないじゃないか。



 それなのに......人間の俺を頼ってくれている。



 期待に応えたくなっちまうだろ!





 井上の拳に力が入る。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る