第19話 虹ホタルの約束

 


 前回までのあらすじ


 大蛇『ヨルムンガンド』に挑んだサガン達は接戦をくり広げたが、わずかに力が及ばず全滅しそうに......。

 その時、エルフの少年タオは、自身の召喚術を操ることに成功。

 ヨルムンガンドは煙のように消え去った。





 戦いから3日が経った。


 ヨルムンガンドの攻撃により、意識を失ったホノカはいまだに目覚めない。



 俺とリールの怪我も大したことはなく、翌日には動けるようになっていた。



 タオのおかげで俺たちは全滅を免れたわけだが、ホノカが目覚めないことを気にして自分を責めているようだった。



 当然タオが気に病むことではない。


 弱かったホノカ、いや俺たち3人の問題だ。




 あれからタオの召喚術が暴走することも無くなった。タオは完全に魔力を制御することに成功したらしい。


 とても喜ばしいことなのだが、更に一つ重大な問題が起きた。




 リリアスの姿がどこにもないのだ。




 小屋の周辺を3人で探したがどこにもいない。



 ヨルムンガンドとの戦闘が終了した途端に行方をくらましたリリアス。


 どういうことなのだろうか。



 意識を失ったままのホノカを残し、遠方へ捜索に行くわけにもいかなかった。





 ホノカが眠っている間、俺はまともに眠ることができなかった。



 あの長い睫毛も小さな唇も少しも動くことがない。


 ただ胸元に掛けられた毛布が静かに上下するだけ。



 このままずっと目を覚まさなかったら?



 あの細く美しい声、タオを抱きしめた優しい手、ブラウンの大きな瞳。


 目の前のホノカを、記憶の中のホノカを、俺はどうしたいんだ。



 分からない。この気持ちが何なのか......。俺はまだ知らない。



 夢の世界に旅立ったこの美しい少女の右手を俺は一晩中握っていた。







 5日目の夜、ホノカは突然目を覚ました。



 思わず抱き付いた俺の頬を、ホノカのビンタが飛ぶ!


「きゃーーー!!」


 バチンっ



 リールとタオは顔を合わせて笑った。


 俺もつられて笑い、ホノカもつられて笑いころげた。




「ずっと眠ってたのね......。わたし。」


 キョトンとしたホノカの顔色はとてもいい。



「ねえみんな、付いてきてほしいところがあるの!」






 こんな夜にどこへ?


 俺たちは4人は着の身着のままで小屋を出た。


 夜の森はとても静かだ。


 初めて、この森に踏み込んだ時の緊張感はもうなかった。



 この森でリリアスとタオと出会い、たくさんの修業を積んだ。


 ここ森は、俺たちの道場であり、それでいて、俺たちの友達になっていた。





 ブナの群生林を抜けた時、虹ホタルが飛んでいた。



 色とりどりに、緩やかに点滅するホタルのあとを追いかけながら、リールが語りだした。



「虹ホタルはな、アルガリアのにもおったんやで。


 小さい頃から見慣れとったからな、こんなゆっくり見んの久しぶりやわ。


 光り方もな、規則性があるんや。


 暖色から徐々に寒色になってな、ほんでまた暖色になる。


 けどな、たまに不規則に光る奴もおんねん。



 光るのに慣れて無いねんな。



 そいつは、死者の魂やっちゅう話や。」



「ちょっと、リール!」


 ホノカが遮った。




 タオはうつむいている。




「リリアスはんは、もう帰ってけえへんと思うんや。」


「リールいい加減にしろ!」


 俺はリールの肩を掴んだ。




「やめてください。お二人とも。」


 リリアスの声が響いた。



「あ、じいちゃん!どこにいるんだよ!」


 リリアスの姿はどこにも見えない。




 その時、ホノカの側を一匹の虹ホタルが通った。



 虹ホタルはゆっくりと、ふらふらと飛行を続け、赤、青、白、赤、黄色、と光っては不規則に揺らいだ。


 美しい小川に差し掛かった時、岩の上に虹ホタルは着地した。



 リリアスがいつもタオと釣りをし、ホノカが瞑想をした大きな岩だった。



「じいちゃん......。」


「リリアスさん。」



 虹ホタルから青白い光が広がった。


 その光は朧気に瞬いて人の姿を形作った。




「よくぞ見つけられましたな。


 ヨルムンガンドとの戦闘、素晴らしかった。


 よく頑張りましたね。」




「どこいってたんだよ!探したんだぞ!じいちゃん!


 オイラを置いていくなんて酷いじゃないか!」



 リリアスは答えない。




「オイラ、召喚獣をコントロールできるようになったんだよ!もう迷惑かけなくてすむんだ!」



 リリアスは微笑んでいる。



「姉ちゃんたちとも仲良くなったんだ!サガンの飯は旨くないけど、今日姉ちゃんも起きて、みんなで笑ったんだよ!」



「......。」







 リリアスがようやく口を開く。


「タオ、よく聞くんだよ。」



 俺たちも注視した。リリアスさんからの言葉を待つ。



「じいちゃんはね、ずっと昔に死んでるんだ。」



 全員が驚きを隠せずにいる。タオはだまってリリアスを見つめている。



「でも死にきれなかった。


 願ったんだよ。タオを残して行けない、ってね。


 古い友人に相談していたんだ。


 今や大賢者と呼ばれる、古い友人にね。


 少しだけ、少しだけ命を伸ばしてくれって。


 だけどね、もう行かないといけない。」




「じいちゃん!!いやだ!オイラずっと一緒に居たいんだ!


 もうわがまま言わない!悪さもしないから!


 おいてかないでくれよー!」



「なんとかもう少しだけ!タオと居てあげられないんですか!リリアス師匠!」



「ホノカ殿、


 あなたは本当に強く成長なされた。皆を守ってあげる強い神官になることを期待しています。」



「リリアス師匠!!」



「サガン殿、リール殿、タオが自分の力を制御できたのはあなた方3人のおかげに他なりません。


 北の国シベルに私の古い友人がいます。アイリッシュという男を訪ねてください。


 少々変人ですが、きっと力になってくれるでしょう。



 そして......。



 タオはもう1人でも大丈夫です。


 ですが、たまには、遊びに来てやってください。


 どうか、最後のお願いでございます。」


 そう言い深々と頭を下げるリリアス。




 それに対してキッとした表情でホノカが言った。


「お断りします!!」



 ホノカは、溢れんばかりに涙を浮かべている。



「タオは、タオは私が連れていきます!!」


 俺とリールは顔を見合わせた。




 そうだ、これがホノカだ。


 頑固でお人好し、そして最高に優しい。




「俺たちに任せてくれ!」


「こいつを独りにはさせへんで~!」



 涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、ホノカは笑った。



 とても綺麗だと思った。




「なんと!本当に、本当に、感謝の言葉もございません。」



 リリアスは、今度はタオの目線に合わせるように腰を屈めて言った。


 とても優しい声だった。




「タオや。よく聞くんだよ。


 もう悪さをするのはやめておきなさい。


 好き嫌いはせずに、何でも食べるんだ。


 そして寝る前には、しっかり歯を磨くんだ。


 女の子には優しくしなさい。


 勉強も怠らないように。


 泣きたくなったら泣きなさい。


 もし、辛くなったら助けを求めなさい。



 強く、大きくなりなさい。


 そして、皆さんの力になるのですよ。」




「じいちゃん。注文多いよ。」


 タオは袖で涙を拭って言った。


肺一杯の息を溜めると、大声で宣言するように、タオは力一杯叫ぶ。


「約束する!だから、だから、ちゃんと見ててくれよな!


 じいちゃん!いままで、ありがとう!!!」



 リリアスは暗闇に消えていく。

もう誰も追いかけては行けない世界へ。


 タオの大きな感謝の言葉は、静かなこの森の闇を切り裂いて、遠く響いたのだった。





























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