第17話 彼方の黙示録

 教団本部に来て約一か月が経った。



 暫く過ごしているうちに色々なことが分かってきた。


 ここはいわゆる『異世界』共通した呼び名は無い。


 よく漫画やアニメで目にするあれだ。


 この世界には多種族が住んでいる。


 獣人やエルフなんかも居るらしい。


 外を歩けば魔物も沢山いる。


 殆どが知能の低いただの動物だ。だが巨大な者も生息していて、偶然デカいのに遭遇すると結構びびる。


 しかしだ、相手も同じ。野生の本能か、俺を見ると殆どの生物は逃げ出してしまう。


 そんなにも俺は恐怖の対象なのだろうかと疑問に感じる。


 ただの気の良いおっちゃんだぞ?





『教団本部』というのは日本での通称だったことをようやく教えられた。


 日本で活動する上での建前上の名称であって、特に宗教団体ってわけじゃない。


 俺の事を王様かのように崇拝していることを考えると、あながち宗教と言えなくもないわけだが。


 肝心の教祖の俺に何の信念もないからな。


 生活できれば十分なんだぜ。





 だがしかしだ。


 実はそんなことも言ってられなかった。




 俺をわざわざ日本(ここからすれば異世界だ)から引っ張ってきた理由がそれにあたる。


 

 魔王軍にとっての因縁を果たす時なのだ。






 さかのぼること100年前。



 この世界の安寧は保たれていた。


 世界には大きく四つの大陸が海に浮かび、空にはいくつもの浮遊大陸が存在していた。


 浮遊大陸が存在する世界。その時点ですでによくわからない。


 それぞれの大陸には各種族によってたくさんの国が開かれている。




 魔王軍の先代魔王『アルス』は魔族の指導者として民からの信頼を得ていた。


 その一番の要因はその強さにあった。


 太古の時代、魔族とは、突然変異的に強い魔力や特殊な能力に目覚めた者をルーツとしている。


 歴代の魔王の中でも随一の魔力量を誇り、それによる圧倒的な武力、その勤勉な性格がもたらした知力によって、他種族からの畏敬の念を集めた。


 その気になればこの世界を牛耳ることもできただろう。


 しかしそうはしなかった。




 アルスは優しかったのだ。



 この美しい世界を愛し、種族を超え、人々を愛し、小動物たちを愛でた。


 強大な魔力によって王となったが、世界の平和を誰よりも願っていたのだ。




 そんななか、ある勢力の台頭によりアルスの安寧の日々は終わりを告げる。





『魔王討伐隊』


 魔族だって他の種族と変わらない。悪い魔族もいればいい魔族だっている。


 だが一部の者の中には「魔族を根絶やしに」という信念を掲げている者がいる。


 反自然的な魔術自体を邪悪なものと捉え、魔族の存在を許さない勢力だ。


 勇者の素質を持つものが発生し、それを筆頭に武力を行使する輩だ。


 そのくせ自分たちも魔術を戦闘に持ち込んでいる。


 闘いの目的はすり替わり、「魔族こそが絶対的な悪」とするのが奴ら『魔王討伐隊』なのである。




 ある日、その『討伐隊』にカリスマが出現する。


『勇者タリウス』と名乗る人族の若者だ。


 その若者は類まれなる剣術のセンスと、魔術を無効化するスキル『崇光の導き』により最強の勇者と崇められた。


 タリウスは4人の仲間とともに魔王討伐の旅に出る。



 対する魔王軍は1万の軍勢で立ち向かうが、『崇光の導き』により蹂躙されることとなった。



 最後に残った魔王アルスは、勇者タリウスに融和を持ちかける。



「我が軍は絶大な損失を被った。家族も、仲間たちも失った。ここで終わりにしよう。このまま我らが争えば、双方に壊滅的な影響が及ぶことは明白。


 憎しみも悲しみも、我は持たぬ。そう誓おう。


 さすれば勇者タリウス、真に強き者よ。


 我が領土の半分をお主に与える。引き下がってはくれまいか。」



 すべてを失いかけた末の降伏宣言である。




 まだ我ら魔族にも子供たちが残されておる。


 次世代に憎しみの連鎖を残すわけにはいかない。




「魔王!貴様を倒すために俺は生まれた!そしてその使命を果たす時が来た。


 貴様のような恐怖の存在をこのまま野放しにできるか!」




「勇者よ。恐れているのだな。だが案ずるな。われの命が欲しいのならばくれてやろう。


 しかし、残された我が種族は復讐に燃えるかもしれぬぞ。我が恐れているのはまさしくそれである。」




「なにを!戦いはもう始まっているのだ!貴様を討つことこそ、この世界の望みだ!」



「憎しみを捨てろとは言わぬ、だが我々が手を取り合うことこそが真の発展だとはおもわないか?」




 勇者タリウスは混乱していた。


 絶対悪である魔王に和平を唱えられるとは。


 タリウスの中で一つの、それでいて大きな常識が揺らいでいた。



「聞く耳を持つな!!」


 タリウスの仲間の一人が言った。



「騙されてはいけない!!タリウス!!そいつは魔王だぞ!!そいつらと手を取ることなんてできるわけがない!」


「そうよタリウス!今までの旅を忘れたの?世界中が魔王討伐を望んでるのよ!」


 勇者の仲間たちは口々にそう諭す。





」この者たち、洗脳されているのか......?





 聞く耳を持たない討伐隊と魔王アルスとの戦いは一瞬で終わることとなる。


 魔王アルスはすべてを理解した。



 可哀そうな若者たちだ。


 この者たちを救おう。



 魔王アルスは側近の幹部に一言耳打ちをし、勇者たちに自らの首を差し出したのだ





 祖国に凱旋した勇者タリウスたちはそれぞれに領地を与えられ、伝説の勇者一行として未来永劫語り継がれることとなった。


 討伐とは聞こえの良いだけの、ただの殺戮だったとは誰も知らない。












 それから100年。



 魔王アルスは、異世界のまだ何でもない男に転生した。前世の記憶を残すことなく。





 自死の直前、魔王アルスは側近の幹部に最後にこう言った。


「勇者の背後には黒幕がいる。100年後また会おう。」




 そしてその黒幕が、勇者たちを洗脳した黒幕が、いま新たな力を備え世界を我が物にしようとしている。


 アルスは死後、その黒幕の正体を突き止め転生を遂げたのである。




 ある日突然、側近の幹部にの脳内にアルスの意思が清流のように注がれた。


 いまは亡き王の言葉に幹部たちは涙を止めることはできなかったという。




「復讐をあなた様が望まないことは承知しております。しかし、その名を聞いたからには私が進む道は一つ。


 必ずや、新たなる王を導きましょうぞ!」


 バズは涙を拭いながらそう誓ったのだった。





 黒幕の名は「グレイシード」。


 人族の研究者だったが、とうの昔に人であることを辞めている。



 グレイシードは自ら手を下すことはない。


 異世界から勇者の才能を召喚し、自身の研究材料としている。


 グレイシードの名前に、井上は聞き覚えがあるような気がした。



「そうか、俺が魔王アルスの生まれ変わりなのか......。」





 あんた、頑張ったんだな。




 井上ははるかに年上の、正義の魔王様に労いを送っていた。




 これから俺たち魔王軍は、グレイシードを殺しに行くんだな。


 だが依然としてグレイシードの行方は掴めていないらしい。


 もしかしたら死んでいるのかも?


 いや、人を辞めた魔人は老いることもなく、とてつもなく長生きらしい。


 その代わりに命を糧に生きている。


 犠牲者を増やしながら生き永らえているらしいのだが、命を摂取することで自身の能力も向上しているのだと予測されている。


 少なくとも百年以上も命を食べ続けた奴は、一体どんな化け物に成長しているのか、考えるだけで恐ろしい。






「魔王さまっ なにぼーっとしてるんですか?」


 世話係のミキが横から顔を覗いてきた。


「いまいち実感が湧かないんだよな、俺が魔王の生まれ変わりってのが。」


「うーん、ミキもよくわかんないや。あ、でもわかるかも。ちょっとじっとしててー。」


 大きな瞳をしたミキの小さな顔が、井上の無精ひげを生やした顔面に接近した。


 井上は思わず息を止めた。


 ミキは澄んだ瞳でまっすぐと井上を見つめ、


「キスして。」


 そう小さく呟くと静かに瞼を閉じる。


 ミキとの距離は10センチにも満たない。


 この可愛らしい少女の果実のような桃色の唇はすぐにでも触れられる位置にある。


 井上は心臓が不規則に、それも極端に強く弾むのを制御できない。


 なにこんな子供に緊張させられてるんだ!



 キスをすれば何かがわかるんだな?これは診察とか医療行為の類なんだな?


 そう言い聞かせている自分が空しくなる。


 キスをしたら今後どうなるの?なんか変に意識とかしないか?どうなの?


 井上は一旦周囲を見回し、誰もいないことを確認した。



 ええい、どうにでもなれ!


 井上はミキの両肩を掴むと、思い切って唇を重ねた。



 その瞬間、ミキの両肩が大きく震えた。


 ミキの目は大きく開かれ、痙攣している。


 井上は熱い湯に飛び込んだ時のような心地よさを全身に感じた!


 そして少しだけの疲労を感じる井上だった。



 3秒程度の接吻だった。


 ミキは井上から離れると驚いてこう言った。


「魔王様すごかったよー!あたしびっくりしちゃった!!」


「びっくりしてるのは俺の方だ。なんだこの疲労感?」


「エナジードレインだよ!すっごく味が濃くって、甘くてくせになりそう!


 ほらあたし花の化身っていったでしょ?ドレインすれば魔力の質とか色んな情報がわかるの!


 でも本当にキスしてくるなんて、それの方がびっくりだよ。」



 この小悪魔め......ドキドキさせやがって......。


「ん?どーしたのー?もしかして照れてるのー?」


「なんでもねえよ!」


 ミキを追い回す井上。




 と、それを見ていた芳田。



「何やってんですか。」


「ひゃっ!いつからいたの!?」


「今来たとこですよ。ひゃっ、てなんですか。」


「ななな、なんでもねーよ!」


「あたしと二人きりの秘密だもんねー。」


「コラ!余計な事言うな!!」


「そんな事より魔王様。あなたが来てから、止まっていた歯車が動きだした。不思議とそんな気がするんです。」


 芳田の声色が真剣さを帯びた。



「どういうことだ?」


 井上が向き直ると、芳田は今まで見せたこともないような、悲しそうな表情を浮かべていた。


 先代の魔王を思い出している顔だ。




「グレイシードに関する情報が発見されました。」




















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