第21節 -私の愛は、あなたの愛よりも深い-
第21節 -私の愛は、あなたの愛よりも深い-
目の前に大海原が広がる。
昨日とは打って変わった曇天模様の中、冷たい波の打ち返す海面を見つめてアルビジアは佇む。
自宅からそう遠く離れていない砂浜からただぼうっと海を眺め、つい先程まで遠い昔のことを思い出していた。
千年も昔の記憶だ。まだ自分が第二王妃の役目を期待されていた頃。当時は豊かだったリナリアの自然の中で何もかも忘れて物思いに耽っていた。
両親は他の子どもたちと積極的に関わろうとしない姿勢をやや気にしていたようであったが、自分にとっては自然との触れ合いの方が気楽でもあり、大切でもあった。
それは今でも変わらない。他人との触れ合いよりも自然との触れ合いの方が大事だ。だからこそ、ずっと昔に比べて環境破壊が進んだ現代を初めて見た時にとても言葉では言い表せない気持ちになった。
加えて、自然再生を人の手で行う為という名ばかりの薬品が用いられているのを見た時、自身の我慢は限界に達したのだ。
昨夜、財団が管理する特別管理区域をこの手で破壊したことに後悔などない。
自然環境を人の手でどうにか出来るなど傲慢な思い上がりだ。他の力の干渉を受けず、自らの力のみで成長、変化、死滅を遂げるものを自然という。薬品の手が加わった時点で “自然” たりえないのである。
さらに言えばあの薬品がもたらす未来は深刻だ。薬品が撒かれた大地は間違いなく “死んでいた”。
そのことに自分以外の誰も気付いていない。いや、財団の人間は気付いていてたのかもしれない。
グリーンゴッドと呼ばれるあの薬品は一度使用してしまえば “見せかけの繁栄” を虚像として構築することはできるが、その実中身は空っぽだ。さらに悪いことにあの薬品の効力は “遺伝する”。
大地へ浸透し他の場所へ伝わることによって効力が広がる。繁栄という名の虚像を作り、
それが尽きることがあれば二度と復活することはない。命を育む土壌そのものが消失してしまっているのだから。
仮定の話ではあるが、薬品の影響で実った果実を野鳥が口にすれば、悪い影響は野鳥たちの子孫にも及ぶだろう。それを本能で感じ取っていたのか、野鳥たちは周辺区域から突如として姿を消した。
大きな影響が出る前に葬り去らなければならなかった。とても人の手で運用して良いものではない。
そう、自分は施設を破壊したことについて後悔は微塵もない。ただ…
そのことで自分を本当の孫娘のように可愛がってくれているあの人に迷惑がかかるというのは本望ではない。
つい先程のことだ。身なりをしっかりと整えた老男性が1人、自分達の自宅へと訪れていた。
彼はきっと財団の人間。そして自分のことについて確認しに来たのではないか。そう思っている。
それが心苦しい。自分の行為によって彼に迷惑をかけている。
アルビジアは口を固く閉じて一文字に結んだ。普段から感情を表すことは無い彼女が手を固く握り苦悩に揺れる。
そんな中、アルビジアは目の前に広がる海から声が聞こえたような気がした。大らかに語り掛けてくるような、それでいて弱々しい声を。
「そうね。」
声なき声に同意する。アルビジアはゆっくりと右手を伸ばすと自然保護区の一画へそうしたように祈りを込めて目を閉じる。
分厚い雲が覆う薄暗い曇りの中、ほんの僅かに海面が光り輝いた。
それはコンマ数秒にも満たない一瞬の出来事。
「もう大丈夫よ。」アルビジアは微かな声で呟く。
一見すると何も変化のないように見える海は、しかしそれでいてつい先程までとは違う穏やかさを感じさせるようになっていた。
* * *
支部の待合室の中、玲那斗はアンジェリカを膝の上に乗せたままぼうっとしていた。
特に何を考えるわけでもない。いや、正確に言えば思考する力を削がれているような状態だ。
玲那斗は視線を目の前の少女の後ろ姿へ向ける。つい先程まではどのようにしてこの場を切り抜けるかということに全力で思考を働かせていたが、逆に考えるとこの少女と2人きりで会話をする機会というのは滅多にあるものではない。先程アンジェリカ自身も似たようなことを言っていたが、まさに千載一遇のチャンスというものだ。
加えて彼女の力が働いている今、ここで話す会話が外部へ聞かれるという心配も一切ない。聞くなら今しかない。機嫌を損ねない程度に、ではあるが。
玲那斗は霞がかかったような思考の中、彼女に聞きたいことをひねり出し、思い切って問うた。
「なぁ、アンジェリカ。聞きたいことがある。」
「あら、貴方から質問してくれるなんて嬉しいー☆はっぴぃ!何でも…ってわけにはいかないけど、答えられることなら教えてあげても良いよ♪」
甘ったるい声で無邪気な返事が返ってくる。言葉通りに楽しそうで嬉しそうな様子だ。
玲那斗はほっとしながら続けた。「さっき話したとき、ダストデビルの犯人を俺達が既に知っていると言ったね?」
「うんうん。知っているし既に会っているでしょう?最初にこの国に訪れた日にはもう出会ってる。第二王妃様の彼女は見かけによらずとっても大胆だったよー☆」
第二王妃。つまりアルビジアがダストデビルを引き起こしている本人ということで間違いはないようだ。
であれば気になるのはどのようにして件の現象を起こしたかになる。イベリスやアンジェリカが持つような異能をおそらくアルビジアも持っている。そのことを確認する為に玲那斗は言った。
「アルビジアか。彼女はどうやってダストデビルを起こしたんだ?」
「彼女、可愛かったでしょう?強調しないようにしてるみたいだけど、ナイスバディだし。むしゃぶりつきたくなる女性ってあの子みたいな人を指すのかな。」
話の腰を折るようにアンジェリカはまったく関係のない話をする。玲那斗はどうしていいか困り、ひとまず彼女の話を聞くことにした。
「そういえば、玲那斗はイベリスとの成婚に万が一のことがあったらあの子と結婚することになってたんだっけ?絶世の美女2人を正妻候補に持つだなんて罪な男だよね、レナトってば。あはは☆ ねぇねぇ?さっきのお話の続きだけどー、イベリスとアルビジアならどちらが玲那斗のタイプなのかにゃぁ?」
手に持ったライオンを持ち上げつつ、質問には一切答えることなく自分の聞きたいことをアンジェリカは問い掛ける。
“罪” という単語が彼女の口から出たことで一瞬顔が引きつったが、ただの冗談であることを願って流すことにする。
ここで彼女の質問を無下にすれば望む答えは恐らく永遠に手に入らない。玲那斗はそう考え、まずは彼女の質問に答えることに決めた。
「過去のレナトはともかく、俺はまだ彼女と一度も直接言葉を交わしてないんだ。イベリスから聞いた話だと、彼女は昔の俺との婚姻の可能性について口を開いたことはないってことだったけど。」
「あー…アルビジアがどう思っていたかは確かに誰にもわからないんだよね。基本的に無表情、無口、無反応だからさー。奥ゆかしさが好きっていうことなら、ツボにはまるかもねー☆」
レナトは眉をひそめる。この子は何の話をしているのだろうか。いや、おそらくは自分の女性の好みの話に落とし込もうとしている。それはまずい。これ以上話が脱線する前に軌道修正しなくては。
「実際に話してみたいけど機会が無くてね。アンジェリカは彼女と話をしたのか?」
「もっちのろん。昨日の夜もお話したよ。あの子が財団の管理区域をどっかーん☆した後でね?」
「それだ。アルビジアはどうやってそんなことをやってのけたんだろう。」
「塵旋風。ダストデビル。何度も聞いたと思うけど、それそれ。でも一般的に認知されているものとはかなり特徴が違っているんだよね。玲那斗になじみ深い言葉で言うなら、どちらかというと《かまいたち》じゃないかと思う。」
ようやく質問の答えが得られた。ダストデビルではなくかまいたち。なるほど、財団の監視ドローンが切り刻まれたようになっているという理由はそういうことなのだろう。アルビジアの異能というのは風を自由に操ることなのかもしれない。
「かまいたちか。それなら物理的にものを切断したり破壊したりできたというのも合点がいくけど、鋼鉄を切り刻んだり、建物を崩落させるほどのことが彼女に?」
「アルビジアはあぁ見えてとっても大胆だからねー。スケールが違うっていうのかな。多分、怒らせると何も言わない分だけイベリスよりおっかないと思う。んー、ねぇ、玲那斗?テーブルの真ん中に花瓶があるでしょう?少しそこを見ていて。あの子の力っていうのは例えばこういうこと、なんだよ?」
アンジェリカはそう言って花瓶に視線を向けさせるとおもむろに右手を持ち上げて指を一度だけぱちんっ!と鳴らした。
その瞬間、花瓶に飾られていた花の花弁がひとつ木っ端みじんに切り刻まれる。網の目状に鋭利な刃物で切断したかのようだ。刻まれた花びらは宙を舞って落ちていく最中にさらに細かく切断され、やがて目に見えないほどの小ささになって空気中へ消えていった。
それと同時に玲那斗の中にはある疑問が浮かんだ。アンジェリカはつい今しがた《こういうことだ》と言って実演して見せたが、この子にも同じことが出来るというのだろうか。
「これは…それに、君は彼女と同じことが出来るのか?」
「私?アルビジアだけじゃないよ?ロザリーやアイリス、もちろんイベリスと同じことも出来る。本人達には及ばないけどねー。例えばついでに、こういうの見たことあるでしょう?」
アンジェリカがそう言うと、突然玲那斗の後ろから誰かが肩を叩いた。慌てて後ろを振り返るとそこにはもう一人のアンジェリカの姿がある。
後ろの彼女はにこっと微笑むと煙が解けるようにその姿を消した。それはまるでイベリスが自身の投影体を操る時のようである。
「今のはイベリスの?」
「うんー。私は彼女達の持つ異能の全てを限定的に使うことが出来る。全てが謎に包まれているから《エニグマ》って呼んでるんだけどさー。可愛い響きだよね、エニグマ。森のくまさんみたいでさ。これ、とっても便利だよ。そうそう、特別な力って言えばもちろん本来玲那斗が使えるべき力っていうのもある。」
「俺が使えるべき力?」
「レナトが完璧に目覚めていないのなら使えなくても仕方ない、ない。まー使えてしまうと私としてはとぉっても厄介だからー?その前にばいばいしちゃおうっていう魂胆がミクロネシアでのあれだったんだけど。使えないって完璧に分かっているならノープロブレム。なのである!にゃはは☆」
半年前の記憶が蘇る。目の前の彼女に殺される一歩手前までいったときのことだ。ロザリアの助けが入らなければ今ここで彼女と話す自分は存在しない。
そしてまた話が逸れ始めている。アルビジアの話に戻さなくては。玲那斗は自分のことについてはさておき、目的の内容を聞きだす為に言う。
「なるほど。今見せてくれたおかげでアルビジアが何をしたのかはおおよそ理解出来たよ。ありがとう。彼女は風を操る力を持っている。そういう認識で合っているか?」
「すごぉく細かいツッコミを入れると風だけというわけではないんだけどね。単純にそれが分かりやすくてメインだっていうだけで。でも例のダストデビルに関わることはそういう認識で間違いないと思う。」
これで疑問はひとつ解決。残りのひとつも尋ねてみる。
「ちなみに、管理区域以外の自然が異常な再生を遂げたって話は君も知っていると思う。あれもアルビジアが?」
「そうそう。端的に言うと、あの子は時計の針をぐーんと未来へ進めることが出来る。自分が目にした対象、手にした対象、それらが未来に辿る道筋を瞬間的に実現する力っていうのかな?それは明日とか明後日って話でもなく、百年、二百年先までずぅっと。」
時計の針を進めるだって?玲那斗はどういうことか理解するのに一瞬戸惑ったが、つい先日ジェイソンに言われた言葉でその意味を理解することが出来た。
《マーケットで購入してきた果物を彼女が剥いてくれると、どれもとても熟していて甘いのだよ》
ジェイソンは確かにそう言っていた。
それは彼女が “果物が未来に辿る《熟成》という結果を瞬間的に実現しているから” にきっと他ならない。
どこまでの対象について実現できるのかは分からないが、どうやら植物や果物に対しては時計の針をぐんと進めることで成長を促すことが出来るらしい。
「極端な話、きっと人間の年齢だって自在に進めることも出来ちゃうんじゃないかなーって思うんだ。私だったら全盛期の年齢を通り過ぎてよぼよぼのお婆ちゃんにされちゃったり?ね☆」
アンジェリカの答えのおかげで自然の異常再生の理由も判明した。機構が解明すべき科学的なものではないが、結論が分かるのであればそれに越したことはない。
この話を踏まえれば、昨夜のシミュレーションで異常再生区域が数百年後の未来と同一結果になるというデータが導かれたことにも合点がいく。
あれはまさしく国立自然保護区が辿るべき未来の姿そのものだったのだ。
「ありがとう。その話を聞くことが出来て助かった。」
玲那斗が何の気無しにそう言うと、アンジェリカはふと後ろを振り返ってきょとんとした表情を浮かべた。なぜかびっくりした様子だ。
何かまずいことを言っただろうか。玲那斗は少し身構えてしまったが、彼女の口からは意外な言葉が返ってきた。
「うん。どういたしまして。」
彼女らしくない謙虚さと困惑が入り混じったような返事だ。
アンジェリカはそう言うと再び前を向いてライオンのかばんを愛で始める。そして俯きながら言う。
「慣れてないんだ、感謝されるの。まさかそう言われるとは思ってなかったから。」
そういうことか。玲那斗は納得した。
彼女の人生においては、人から感謝されることなど無かったのだろう。どちらかといえば呪詛にも近い怨嗟の声や罵倒を聞き続けてきたはずだ。
与えられた役割をこなすことで両親から褒められたとしても、それが周囲から感謝されることなどはない。それしか知らない彼女は今の今に至るまで自分のしたことに対して “ありがとう” という言葉を受け取った経験がほとんどない。
それ故の今の反応というわけだ。
誰にも愛されず、誰からも必要とされず、誰にも認められなかった。
アンジェリカを見て玲那斗は心の内に憐みにも似た感情を抱いた。
そんなことを思っている内にアンジェリカは玲那斗の膝からぴょんと飛び降りる。そしていつものような無邪気な笑顔を浮かべながら振り返って言った。
「そろそろ行くね。もうそろそろイベリスと当主さんとの会合も終わるだろうしー?たくさんお話してくれてありがとう、玲那斗☆ それじゃぁねー、ばいばーい!」
そう言うと、玲那斗が返事をするよりも先に紫色の煙が解けるようにその場から一瞬で姿を消したのであった。
周囲の景色が僅かに揺らいだが気がする。彼女の〈絶対の法〉による効果がなくなったのだろう。自身の周辺を包み込んでいた意識を奪うほど甘美な甘い香りも消え去っていた。
玲那斗はアンジェリカとの会話で知った様々なことを思い返しながら、複雑な気持ちを抱きつつテーブル中央に置かれた花瓶を見つめる。
そこには彼女がひとひらだけ花びらを散らした美しい花が残されていた。
* * *
応接室ではラーニーとイベリスによる調査報告の会合が終わりを迎えていた。
「なるほど、分かりました。現状までで採集出来たデータ、確かに報告と共に受け取りました。」ラーニーが言う。
「本日も国立自然保護区で継続調査を実施中です。また新たな事実が判明次第ご報告いたします。」イベリスは機構の隊員として言った。
「では、会合はこの辺りでお開きにしましょう。」
ラーニーがそう言った瞬間、応接室の扉が開きシャーロットが入室した。数秒の誤差も無い完璧なタイミングだ。
室内に入ったシャーロットは深々と一礼をし、その場に佇んだ。
それを見取ったラーニーは言う。「帰りも彼女に玄関まで案内させます。」
シャーロットがイベリスへと近付き言う。
「イグレシアス様、帰りもご案内いたしますので私の後に付いてきてください。待合室の姫埜様も迎えに参ります。」
「ありがとう。」イベリスはそう言うとソファから立ち上がる。そしてラーニーへ一礼をすると部屋の出口へと向かってシャーロットと共に歩き出した。
2人が部屋から退室しようとした時、ラーニーが言う。
「イベリスさん、次回の調査報告もお待ちしています。それと、例の件についてのお返事も。」
イベリスはラーニーへ視線こそ向けたが、特に返事を返すことはせず一礼だけして退室した。
シャーロットも表情一つ変えることなく自身の務めを果たすべくイベリスと共に退室する。しかし、後ろを振り返って部屋の扉を閉める間際、ほんの僅かな間だけラーニーに対し、イベリスへ何を言ったのか訝しむような視線を送ったのだった。
シャーロットとイベリスは共に支部の廊下を歩く。2人の間に特に会話はなく、廊下を歩く足音だけが通路に響いた。
応接室からかなり離れた距離まで来た時、並んで歩くシャーロットが言った。
「イグレシアス様、先程は申し訳ありませんでした。重ねてお詫びいたします。」
イベリスはシャーロットへ目を向けたが、2人が視線を交わすことはない。イベリスは言う。
「気にしていません。人として持つべき当然の感情を貴女は抱かれているのでしょう。そのことについて私が何かを言うこともありません。」
「私は責務に対して忠実ではなかった。貴女をお客様としてお迎えするという役目を途中で一時的に放棄したのですから。」
「叱責を受けて当然だと?」
「はい。そうあるべきだと思っています。」
「誠実なのね。」シャーロットの言葉に対してイベリスはそう答えた。
イベリスには理解出来ていた。彼女が謝ろうとしているのは純粋に自分に対してだけではない。それも含まれているのだろうが、おそらくはラーニーが言い渡した指示を忠実に実行できなかった自分自身に対しての後悔からくる懺悔なのだ。
敬愛する人物からの言いつけを守ることが出来なかったことが何よりも辛抱できないのだろう。
そうした心情は察することは出来ても、それに対して自分が出来ることはない。イベリスはそう思っていた。
イベリスの言葉の後からは2人の間にそれ以上の会話は無かった。
やがて玲那斗の待つ応接室の扉に辿り着く。シャーロットは扉を軽くノックして入室した。
「姫埜様、会合が終わりましたのでイグレシアス様をお連れ致しました。玄関までご案内しますのでどうぞこちらへ。」
椅子に座っていた玲那斗は席を立ち入口へと向かう。そしてイベリスの元へ歩み寄った。
玲那斗が退室した後にシャーロットは部屋の扉を閉めると玄関に向けて歩き出す。
シャーロットとイベリスの間に何か言葉に出来ない空気が漂っているのを感じ取った玲那斗はここでは敢えて何も言葉を発しなかった。
後でゆっくり話しの内容を聞こう。おそらくはヘルメスによるモニタリングもしていたはずだ。そう考えた。
3人は揃って支部の玄関を抜け外の庭園へと出る。祝福された三方の彫像が建てられた噴水の横を通り抜けるとシャーロットは言った。
「それでは、私の案内はここまでとなります。本日は貴重な時間を我々財団の為に割いて頂きありがとうございました。」
そう言って彼女は深々と礼をした。
「こちらこそ、案内ありがとうございました。では、失礼します。」
玲那斗はそう言うと電気バイクの方へと歩き出し、イベリスもそれに続く。
おもむろに顔を上げたシャーロットは2人の後ろ姿を見ると、すぐに踵を返して支部へと戻るのだった。
玲那斗と並んで歩く最中、イベリスは彼から香る独特の匂いに気付いて言う。
「とても甘い匂い。玲那斗、待合室にお香でもあったの?」
イベリスの言葉を聞いた玲那斗はどう言おうか一瞬迷ったが、この場では何も話さない方が良いと思い煙に巻いた。
「いいや、お香は無かったよ。テーブルの上に綺麗な花が生けられた花瓶はあったけどね。」
不思議そうな表情をするイベリスを見て玲那斗は少しだけ周囲を見回し小声で言う。
「今は話すべき時じゃないと思う。また後でゆっくり話そう。」
玲那斗の言葉を聞いたイベリスは待合室で何かがあったのだと感じ取りつつも、今は彼の言うことに従うことにした。
「分かった、行きましょう。隊長とルーカスが待っているわ。」
「そうだな。」
こうして財団との会合を終えた2人は電気バイクへと乗り、ジョシュアとルーカスの待つ国立自然保護区の合流ポイントへと向かったのであった。
*
一方、支部の屋上からは1人の少女が額に右手を当てて日差し避けを作りながらシャーロットと玲那斗、そしてイベリスが外に出てくる様子を窺っていた。
「ほほぉー☆険悪ぅ!なムード。イベリスとシャーロット、出会う場所が違えば仲良くなれたかもしれないのにねー。残念賞。でもでも、私としてはそういう険悪な関係でいてもらった方が楽しめるから良いんだけど☆ ただし、イベリスは別に嫌いとか思ってないんだろうなー。うんうん。」
アンジェリカはいつものように1人で会話して1人で頷く。そして左手にもったバニラアイスをスプーンですくうと美味しそうに一口食べて満面の笑みを咲かせる。
さらに様子を窺いながらシャーロットが2人から離れた後も玲那斗とイベリスに観察の目を向ける。
そしてイベリスをじっと見据えて言った。
「すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい…ねぇ?イベリス。アスターの花言葉って知ってる?」
そう言うアンジェリカの目に光は無く、まるでこの世とあの世を繋ぐ境界を映し出すような仄暗さで満ちていた。
宝石のように輝くアスターヒューの瞳で、獲物を視界に捉えた蛇のようにイベリスを見つめたまま呟く。
「《私の愛は、あなたの愛よりも深い。》」
その言葉を残すとアンジェリカは紫色の煙が解けるようにその場から姿を消した。
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