第51話 窮鼠猫を噛む(最後の足掻き)

ラプラス達の世界―――幻界に於いて最大の都市とは、“人間”の国家の首都である『グリザイヤ』でした。 この首都を防衛するかのように環状に城塞都市が展開、侵略してくる者達を阻む形容かたちは整えられていました。

それに、そう―――それこそが永く“人間”の国家が続いてこられた理由。 グリザイヤ一つでも堅牢なのに、それを囲む防衛衛星都市もまた堅牢とくれば―――…

しかし今、グリザイヤを攻め込まんとしている軍勢がいる―――それは異界の……『魔界』と呼ばれる場所の軍勢でした。

けれどもグリザイヤに住む一般人などは、どうしてか異種属である“魔族”が、自分達の国家を侵略するのか―――判りませんでした。 だから恐怖に脅えた……自分達“人間”とは違う異形の者達が、自分達の平和を―――安寧を崩そうとしている。

そうした見かけのモノだけで判断してしまえば、当然至極“魔族”は「悪者」になって来るのは当然―――でも……真相は知らない。



幻界の人口は天文学的に膨らみ、都市部などではもうこれ以上“人間”が住めない状況が出来てきました。

{*但し、「都市部」だけでの話し、村や集落単位と言った処では今でも過疎化が進んでいると言うのに、やはり利便性の高い都市部に住む事に慣れてしまった存在は、不便性の高い場所に戻る事は躊躇ためらわわれたようではある。}


そこで―――権力を握っている「教会」が内政まで口を出し、膨れ上がった人口の余剰分を『別の世界に移送させてはどうか』の検討がなされたのです。

その際に“神”からの啓示により、“人間”達が元々持っている本来の「名前」と言うものを捧げ、新たに『勇者』『賢者』『司祭』などと言う役職めいた名称を与えられました。

“人名”ではない“役職名”……しかしながらその恩恵は大したもので、役職名を与えられた者達は本来の能力の数倍、数十倍の能力を授かり、異界の悪しき者である「魔族」に対抗すべくの態勢はこうして創り上げられてきたのです。


         * * * * * * * * * * *

一方魔界では、幻界かそれ以上に治まっており、物資も土地も豊かそのものでした。 そこへ―――突如として現れた“人間”の『勇者』達の侵攻に遭い、辛くもこれを撃退する事が出来たのです。

しかもこの出来事は現在から数千年前もから連綿として続き、それまでは軍備力など大したものではありませんでしたが、年月を経るにつれて軍備費も増え、それにつれての税収の増加……いわば第三勢力の介入で魔界の人々達の生活も圧迫し始めたのです。

こうした状況に重い腰を上げたのが先代の魔王であったルベリウスでした。 彼は就任当初からその手腕を発揮し、高い税収にあえぐ庶民達を直接視てきて原因である軍備費を減少させたりだとか、不就労だった者達を特別に魔王軍に迎え入れ、橋や路の建設だとかで使役させたりだとか……と、色々な事を試したのです。

しかし、こうした者達が前線で使い物になるか―――と言えばまた違った話しのようで、訓練でに使えるようになったのだとしても、それは所詮……“神”の加護を得た『勇者』達には敵うはずもなく、とうとう魔王ベサリウスが前線まで出張って『勇者』達と相対峙したのです。


その前線では一進一退―――初回はどうにか撃退出来ましたが、現在の勢力と言うものを知った『軍酒祭謀』がその後の侵攻戦で策略を用い、十分に魔王軍を勝たせたのです。

そうした勝利の美酒に酔う魔王軍……けれどそれは酒の味をした毒でした。 そしてまたしても侵攻して来る『勇者』達……彼ら程度の者達ならば片手間でも勝てる―――そうした穿った見解が蔓延し始めた時、満を持して『軍酒祭謀』の大計が発動しました。 それによって魔王軍の本陣―――大本営に殺到する(その当時の)『勇者』……虚を衝かれながらも応戦する魔王。

しかし既に勝敗は決したも同じ事。 『勇者』の放った“会心の一撃”により重傷を負わされたルベリウス……大本営も『勇者』達に蹂躙され死屍累々の山が築かれていたその時、『賢者』を供なった『軍酒祭謀』の姿が。


重傷を負わされたルベリウスは最早虫の息。 本来ならそこでルベリウスの首級を挙げて『勇者』達の勝利を声高に宣言―――――するはずでした。

けれど歴史上の事実を述べるならそうなってはいなかった……敵の総大将の馘を獲れば、めでたく魔界は幻界の属国となる。

けれど『賢者』によって施されたのはルベリウスへの「洗脳」だったのです。

つまり―――もうこの頃では幻界の体制も当初のモノではなかった……戦争ほど利益を産む旨い商売もあったものではない―――そうしたよろしくない情念が『商人』達の間に蔓延してしまっては、「教会」に於いての異変も加速的になってしまうのもまた道理。

いつしか“神”は―――“神”の名を騙る者に取って代わられ、そうした“神”の代弁をする『賢者』の権力は増大するばかり。 そしてその『賢者』の思惑通りに動いてしまっている、かつての魔界の名君―――魔王ルベリウス。

魔界側では極端に変わってしまった体制に疑問を抱き、有志の間で無言での同意がなされ、やがて一人の英雄の下にルベリウスは斃されました。


しかしながら幻界側の『賢者』もそこまで読み切れなかったか…こうした事態の先を見据えて動いていた者がいたのです。 それが“今代”の魔王―――カルブンクリス。

彼女は当初から、名君と謳われたほどのルベリウスの豹変ぶりに疑問を感じ、綿密な調査を続けて行く内に数千年来の混乱を招いた元凶が、異世界である幻界にあると判断したのです。



そして…………数々の戦役を経て、現在ではグリザイヤを臨む位置にまで迫っていた―――



         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ようやく……ここまで来た―――思えば長い時間を費やしたモノね。 それにササラからの助言によれば、“人間”達の首都グリザイヤを護るかのように配置されている防衛衛星都市―――5つ総てを制圧しないとグリザイヤを防御している結界は解かれないとの話し……ここは私も本気を出さないとね。


幻界側の本拠と言って差し支えないグリザイヤ―――この都市一つだけでも城砦並みの堅牢さを誇ると言うのに、この都市を護るかのようにして配置されてある防衛衛星都市、それは最早グリザイヤを防御している結界の「維持装置」としても機能していたのです。 しかも配置してある5つを総て陥落さないとグリザイヤへの路は開かれないと言う徹底ぶり。

そんな防衛衛星都市の一つに竜吉公主は来ていました。

彼女は“神仙”―――それも水を…“水源”を支配する者。 ゆえに水攻めは彼女の得意としていた処でした。 その都市の四方を高い堰で囲み、自身の権能を以て長雨を降らせる……立ち待ちの内に都市の内部は言うに及ばず外部も水浸しにされ、陥落はもう既に目の前にぶら下がっているようにも見えました。


けれど―――「油断大敵」……


これは幻界側も言えた事なのですが、当初幻界側が『勇者』達を使って魔界を侵略した時、“奇襲”“急襲”にも似た処があったから魔界側も苦戦を強いられてきました。 それにこの侵攻が定期的に行われていたらの対処ができる……けれど魔界の事情に合わせて侵攻をするなどと滑稽な話しもなかったもので、そうしたものは常に不定期にして無通達で行われるのが常。 ゆえにこそ初動の遅れは否めないものだったのですが、ある折に“今代”の魔王が部下の『発明王』に命じていた「次元転送器」なるものが完成すると、魔界側からの報復行動―――逆襲は開始され、今度は幻界が完全に虚を衝かれたかたちとなったのです。 しかも、『賢者』も“神”を騙っている者も、魔界側が幻界に来るものとは―――来れるモノとは思ってもいなかった為……やはりこちらでも初動の遅れがこうした事態を引き起こしてしまっていたのです。


ただ―――……このままでは終われるはずもなかった。 それにこの時、竜吉公主には天運が備わっていなかった。 結果論だけを論じるならそう言うしか外はなかったのです。

そう、この防衛衛星都市『アンカラ』には、不運にも『時空魔導士』が駐留していたのです。


        * * * * * * * * * * *

ともあれ、竜吉公主の水攻めの前にアンカラは白旗を上げざるを得ませんでした。 そしてこれは“その為”の―――降伏の調印式……

幻界側からはどう捉えられているかは判りませんが、魔王率いる魔界軍は今回の侵攻で幻界側を領有することはありませんでした。 これは勝手が利かない異世界の地を領有したとしても“どうにもならない”―――つまり、為政者の首が挿げ替えられたとしても、その地に元から住んでいる者達にとっては自分達は「支配される側」という認識があり、そうした処で叛乱に遭おうものなら迅速に対応できない……そうした考えから、その一帯を支配する城砦を陥落おとしたとしても治領権は取り上げなかったのです。

ただしかし、“人間”の支配している地に“魔族”が居座っている……と言う不可思議な図式は出来上がっていたようで。 それがこの度戦勝した竜吉公主の身にも降りかかってこようとは……


うぬ達の意思、しかと聞き届けたぞ。 は言えどもはここを占有しようとは思ってはおらぬ、この地はこのままうぬ達が治むるがよい。}

「ははあぁ~~~っ、り、竜吉公主様の温情身に染みてござりまする。」


{それにしてもうぬ達が擁する『勇者』とやらは大したものよ…達と同じ様な“”を持たずとも一騎当千の振る舞い。 しかし目に余る処があったがため、我等が魔王様もこうした決断を下さざるを得なかった、判ろうなその事情は。}

「ははあぁ~~~っ、まこと、まこと竜吉公主様の仰られる通りにございます。」


ていよく地に伏せ許しを乞う……そこにはプライドも何もあったものではない。 こうした態度に大凡おおよそは気を好くするものでしたが、竜吉公主だけは違いました。 彼女は自身が属する『聖霊』の重鎮(NO,2)ながらも下々の事をよろしく勘案出来る存在。 ゆえに彼女に取り入ろうと媚び諂ってこびへつらってくる者達の仕草なども熟知していました。 それに悪い事には、このアンカラの城主もと似たような対応をしてしまった―――だからこそ、警戒をしていたものでしたが……


{まあ、よい―――これからは民達に寄り添った政を為するがよいぞ。}


そう言って、一つ高い座より下りようとしている竜吉公主―――……



もし――――これが――――仕組まれた罠だったなら?



そう、別に竜吉公主を責めるわけではありませんでしたが、この時ばかりは彼女らしくなかった……と言うべきか。 結論から言えば今ひとつ注意が足らなかった。

一つ高い座から出入口の扉までの僅かの距離に、『時空魔導士』によって組まれた魔法陣が発動してしまったのです。

そう……竜吉公主はアンカラの城主の動向に傾注をしていた―――それであるが故に『時空魔導士』が仕込んでおいた「魔法陣」にまで気が回らなかったのです。


{(な…ッ!)こっーーーこれは!!}

「フフフフ……かかりおったな!魔族め!! 貴様によってこの城砦は陥落おちてしまったが、ここに『時空魔導士』がいたのを知らないか!!」


{な・に?『時空魔導士』だと!?}

「今回は不覚を取って貴様達の軍門に下ったが、我等高潔な“人間”が貴様達の言い成りになると思うなよ……いずれこの借りは返してやる。 その初めに竜吉公主とやら、貴様はこの幻界でもなければ貴様らの故郷である魔界でもない―――そうした不明瞭且つ不確かな世界に跳ばしてくれるわ!!」


{お、おのれ……何と言う愚かな事を―――うぬは魔王様の温情すらも蹂躙ふみにじりおるか!!}

「今の内に、ほざくだけほざいておけ―――その世界に私並の時空魔法を操れる者がいる事を願ってなあ!」



そんな―――……こんな結末になってしまうだなんて……ごめんなさい魔王様、ごめんなさいウリエル、ごめんなさい……シェラザード、ごめんなさい―――…



          * * * * * * * * * * *

『時空魔導士』が仕掛けた「次元転送術」によって、何処いずこかの異世界に飛ばされてしまった竜吉公主。

しかしてこの事態は見聞していないながらも、絆の深かった者達には伝わったようで―――



「(むッ!? これは……公主様の気が一瞬大きく膨らみ、弾けるように消えてなくなった?)なにがあったのだ……」



「(公主様……?)なんだろう―――なぜか異様に胸が騒ぐ……」



「(公主?)まさか……あなたほどの方でも?」



「(この雰囲気……まさか何者かが「次元転送術」を?)あっッ―――総参謀??」



防衛衛星都市の一つにて、今回出師した魔界軍の重鎮の一人の気配が不穏な空気の中消えて行った。 その事を心配する声もあったものでしたが、今現在は攻略の真っ最中と言う事もあり―――しかしながら自分が担当する処が落着すれば、急いでアンカラへと急行するようにしたようです。

……が―――ここに一人。 自分の持ち場を放り出し、遮二無二駆け付けようとした者が一人。

それが、竜吉公主がその才を認め、剰えあまつさえ可愛がっていた魔王軍総参謀ベサリウス―――その彼が、最大の支援者スポンサーを失ってしまってはと、矢も楯もたまらなかったか、いやそれも最早詭弁。


彼も彼女の事を同様に―――だったならば?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る